65 神料理人が来た!
オムレツ、じゃなかった、エゲケだっけ、をたいらげて、俺は水を飲んだ。
タクミさん、アセウス、そして料理人、と視線を送る。
最後の料理人だけ、皿から目を上げなかったが、俺には願ったりだった。
「エルドフィン・ヤールです。アセウスの幼馴染みです。一緒に旅してます」
言い終えて、俺は大皿の薄焼き煎餅に手を伸ばした。
匂いを嗅ぐ。
パンみたいな穀物の香りだ。
結構硬い。
手で折り曲げたらなかなか曲がらずに、パリッと音を立てて勢い良く割れた。
「これパン? ジャムつけて食べる感じ? ですか?」
小さめに砕いてから、赤いジャムの上ですくう仕草をしてみる。
「クネッケ。パンの一種、そのままでも食える。ジャムつけた方が好まれるけど」
アイフレッドは顔を上げずに答える。
見た目は煎餅だけどクラッカーみたいな感じか。
ジャムをたっぷりのせて口に放り込む。
パリパリッザクッザクッ
うぉおーっ
思ったより軽やかな食感に甘酸っぱいジャムがたまらんっ!
クネッケにはほんのり塩味がついていて、これまたジャムの甘味とのマリアージュがいい。
懐かしい、洗練された旨味だ。
「うっまぁ~~。エゲケ残しとけば良かったな。一緒に食べても美味かったよな~」
そう後悔を漏らすと、顔を上げた料理人と目が合った。
パッとすぐ目を逸らされる。
過剰だろってくらい俯いているが声は聞こえた。
「あぁ、一緒に食べても美味い。俺は歯が弱いから今日は食べないけど、言うの忘れてた。エゲケだけでも良いし、エゲケとジャム両方を合わせてもイケる。それを考えて味付けはしてある」
「ぐぅぁ~っ。やはりかぁ~~っ」
「エルドフィン、俺ので食ってみる?」
アセウスが皿にわずかに残っているエゲケを差し出してくれた。
一瞬迷った。(ほんとか?)
だが、次はいつ食えるかわかんねぇから、甘えることにした。
友よっっ、なんて気持ちに応える男っ。
お前の分まで食っちゃうことになるけど、すまねぇ。
アセウス優しいっ、好きだぁーっ
俺は新たにクネッケを手に取って、割らずにアセウスの皿からのエゲケをたっぷりのせた。
それからもう一枚クネッケを取って、そっちにはたっぷりジャムをのせた。
こぼさないように二つを合わせて、一気に頬張る。
バリパリッパリッッ
最高の音が響く。
口の中は幸せでいっぱいになる。
まるで交響曲だ。
「ど? 美味い? 正解?」
アセウスが聞いてくる。
答えは分かってるっつー半笑いだ。
俺は口をもぐもぐさせながら目で精一杯答えた。
美味いです。正解です。俺、生きてて良かったです。(一度死んだけど)
堪えきれなかったのか、アセウスは吹き出した。
タクミさんも続いて笑い出す。
「ぷっっ!!!! はははっっ、わかったっっ、言わなくてもわかったよっっ。大正解なんだろ? 幸せそーに食べちゃってっ。俺も食おっっ」
「くははっっ!! どんな自己紹介だよ、最高なんだけどっ! ほんっと、エルドフィンって面白いなー。俺もやってみよぉーと思うんだけど、クネッケはこれが全部か? ジトレフの分を残して俺達で食っちゃっていーのかな? アイドはいーの?」
えぇ、どーぞ笑ってください。
俺で笑えるならいくらでも笑ってください。
皆に幸せになって貰いたいくらい、美味しくて俺は幸せです。
「あ、あー。もう一人の分は別にとってある。ここに出てるのは三人で食っちゃっていーよ。あのさっ」
アイフレッドはタクミさんにだけ聞かせたいといった素振りで話し始めた。
なんだか一人だけ気まずそうだ。
いや、あなたは神です。
最高の料理人です。
あなたにこそ幸せに笑って欲しい、何か俺にできることは?
「居ないもう一人の分ってどーすんの。作って置いてく? それとも、今回はなし?」
「作って置いてくって、何言ってるんだー? アイド、今日泊まってくんだろ? あ、アセウス! エルドフィン! こいつ今日うちに泊めるから!」
クネッケで塞がってない方の手でアイド神の頭をがしがし撫でると、タクミさんはそのままアイド神の肩を組んだ。
「部屋は別に用意するからお前達は心配しなくていーけど、夜更かし付き合えよ! 居間で友好を深めよーぜっ。それで、オジサンも仲間に入れてくれーっ」
ちょ~っと待った~っっ
ん? この声、この芝居臭い言い回しと展開は……。
エルドウィンが来た!
(は? エルドウィンって誰だよ?! 俺はエルドフィン! いやいや、これはNHKの……)
『あれ~まさか来ちゃいましたか』
『そりゃあ来ますぞ!』
『アイド神が泊まるなんて聞いては、放ってはおけませんものね』
『そ~なのじゃ!』
『アイド神のお泊まり? そんなの、喜んでです』
『なんなら夕食も、夜食も作って貰いたいくらいじゃぞ~っ』
『あらあら、エルドフィンじい、すごーくずぅずぅしいですね!』
突然俺の中で教育番組が始まっていた。
食という根元的な幸せに満たされて、童心に帰ったのかもしれないな。
「いや、ちょっと待って、タクミ。あの、俺さ、用事があって帰らなきゃならなかったんだ。忘れてて、だから」
「?? まーさーかっ、アイド、シャイボーイかぁーっ? 昼食作りに来いって頼んだら、しばらく泊まるとこないから泊めてくれるならって言ったのお前じゃないか。別人みたいに声ちぃーさくしちゃって、忘れててって何をだ? 帰らなきゃってどこに帰るんだよ。お前家なんてなかったよなー?」
『なんと、そうだったのですね。アイド神』
『シャイボーイじゃとは、親近感しかわかないのう~』
『どーぞ、どーぞ。いくらでもお泊まりください。なんなら、タクミさん家を我が家にしちゃいましょーよ』
『それはアイド神だけに、GoODアイドィアですぞ~!』
『エルドフィンじいは黙って!
でも、本当の話、部屋ならご用意できます! (きっとタクミさんが)
な~んてね!』
「違、そんなんぢゃっ」
顔を完全にしかめたアイド神が周囲を窺う。
そして固まる。
タクミさんの快活なしゃべりは神の意に反して俺とアセウスの注目を集めていた。
アイド神の顔から力が抜けて、諦めの表情へと変わる。
俺もアセウスも、ちょっと同情の照れ臭い笑いを混じらせながら、そんなアイド神に向かって頷き続けていた。




