表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

乙女はナルシスへと至る

 

 高校受験が終わったら、華々しい学園生活が始まると思っていた。煩わしい勉学から解放されて、ファッションやメイクを楽しみ、放課後にはお洒落なカフェに行き、クラスのあの男のコが気になるだの、芸能人の誰某くんが好きだのと異性の話に興じる。その後はプリクラを撮りに行き、カラオケ店へ梯子する。


 そんな理想の女子高校生としての生き方が、私にもあるのだと期待した。私が合格した高校は学力もまあまあは悪くない。大学進学や就職するのに困る事は無いだろう。

 そんな事よりも、私が一番嬉しかったのは制服が可愛かった事だ。中学生の頃の制服はそれはそれは、とてもダサかった。こんなにダサい制服が他にあろうか、と思っていた。なんなら、学校名でさえダサい。ダサいものから脱却したい願望が強かった。


 しかし新しい制服を着て、いざ学校に通い出すと、私はそんなあまい夢は現実に存在しないのだと気が付いた。可愛い制服が似合うのはやはり可愛い女の子で、千円カットの美容室で髪を切り、分厚い眼鏡の私にはびっくりする程似合っていなかった。メイクは当然禁止なので、すっぴんで勝負するしかない。そんなの無理だ。──後で分かった事だが、イケてる女の子達は全員、すっぴんメイクなるものをしているらしかった。先生にバレない程度にうすくBBクリームを塗り、色付きのリップクリームをつける。生徒指導が無い日にはアイプチもして来ていた。


 私は良くも悪くも真面目で、真のすっぴんを貫いていた。こんな事なら私もやれば良かった。とはいえ、無垢なる中学生上がりのおいも少女にお化粧の知識がある筈も無かった。


 この頃の私の関心事は、アニメや乙女ゲーム、時代小説だった。オタク気質で、渋い本を読んでいる私は当たり前のようにクラスから浮いていた。今時の女の子達と話が合おう筈も無い。それこそメイクなんてする年齢では無いと思っていた。

 土方さん、近藤さん…新撰組ってなんて格好良いんだろう…司馬遼太郎先生、ありがとうありがとう!!

 新撰組を思えばクラスの男のコなんてカスである。どちらかと言えば少し草臥れた中年の先生の方が大人で素敵だ。


 キラキラしている女の子達とお話してみたいけど、流行語、略語が全く分からない私には宇宙の言語を話している様にしか聞こえない。

 中学時代はオタク気質な女の子達とアニメやゲームの話をしていた筈だが、私の周りにはキラキラな女の子達しかいなかった。キラキラな女の子しかいない高校へ、迷い込んでしまったらしかった。


 いや、別に、コミュニケーション能力が低い訳では無いのだ。普通にクラスの子と会話は出来る。気負い無く自分から話しかけられる。友人としての会話が出来ないだけで…。


 そんな中でも、一応は友人と呼べるレベルの子が出来た。時間こそかかったが、アニメが好きな天然パーマが可愛い、大人しめな女の子。

 ある日、その子がある場所へ私を誘い出した。


『angelic pretty』


 アニメグッズが売っている、アニメイトというお店に行った後。


「ここのお洋服、ちょー可愛いの。私のあこがれ。吉良ちゃんにも見てほしい!!」


 なんとなく、自分が立ち入ってはいけないと思っていたお洋服屋さんだ。アニメイトは同じ建物内にあるので、その存在だけは知っていた。店内はピンク色に統一されており、リカちゃん人形が着ている様なお洋服。ファンシーで、キラキラ。可愛い女の子の為のお洋服だ。私が入ろうものなら、鼻で笑われて入店拒否されると本気で思っていた。


 もじもじとしている私を引っ張って、中へ入っていく。


(なにこれ、これが本当に人間が着るお洋服なの…?)


 可愛くて、怖くて、直視する事さえ出来なかったお洋服。大好きなアニメの中から飛び出してきたような。こんなものが、存在するだなんて。


「この間私も買ったんだ。パステルカラーは恥ずかしいから、黒いワンピースだけど。でも、本当はピンクが一番好きなんだ…」


 友人は少し恥ずかしそうにそう話してくれた。彼女もこの世界に足を踏み入れたばかりのようで、誰かとこの感情を共有したいと思っていたのだろう。


「いらっしゃいませ。ゆっくり見てくださいね」


 はちゃめちゃに可愛い店員さんが、私なんかにそう微笑みかける。ああ、私も着ていいのか…。緊張しながら、私と、友人と、店員さんで狭い店内を見て回る。とても優しくお洋服の説明をしてくれて、胸がいっぱいになった。


「あ、このお洋服好き…」


 私がある一着の前で立ち止まる。ミントの生地に、ピンク色の小さな薔薇が縦に整列した柄。薔薇の色と合わせたピンク色のリボンに、はしごレース。『stripe rosey』という名の、ジャンパースカートだった。


「吉良ちゃん、絶対似合うよ!!着てみようよ!!」


「勿論、ご試着出来ますよ。着てみるだけでも全然構いませんよ〜!」


 学校の制服ですら似合わない私に、こんなに可愛いお洋服が似合う筈も無かった。お世辞というか、私にも買わせたいのだろうという気持ちがありありと分かったが、夢みたいなお洋服が着られるチャンスは、今しかないと思った。


 試着するだけなら…。


 着慣れない私の為に、店員さんが紐を整え後ろでリボンを結んでくれる。お洋服とおそろいのヘッドドレスも頭に乗せて、顎の位置で結んでくれた。


「よくお似合いですよ!」


 垢抜けないすっぴんの、眼鏡の、短髪の、地味な私。目だって大きくない。


 ──ああでも、お洋服のなんて美しい事だろう!ふんわりと広がるスカート、その形状はまさしく完璧。Aラインの流れる曲線美。動く度に揺れるレース。360度、どこを切り取っても文句のつけようが無く、可愛らしい。


 この瞬間は自分への顔面への劣等感は無く「可愛い…」と声に出してしまっていた。


 このお洋服を着れば、顔のことなんてどうでもよくなった。


「────あれ?」


 気が付けば、お年玉でそのお洋服を購入していた。どうやってお会計をしたのか、二人と何を話したのか覚えていない。


 私達はロリータ服を手にした。

 この時まだ、このお洋服を着るための作法やマナー、その精神が複雑怪奇な事を知らなかった。

 可愛い!の衝動だけで、お洋服を買ってしまった…。

 親に、なんて説明するのか。いつ着るのか。そんな悩みなんてちっぽけなもので、可愛いの前には為す術が無かった。


 下妻物語風に言うならば、私は亡き者にされてしまったのです──。


「今度、一緒にロリータ服でお出かけしようよ」


 こんな田舎の町で着る勇気が無かった私達は、高校を卒業して大学への進学を待ってロリータでのお出かけを果たした。幸いにもお互い関西の大学を志願していたので、賑やかな町でなら許されるだろうと決行した。

 それまでは狭い部屋の中の鏡の前で、誰に見られもせず──。


 初めての外出は、とてもとても恥ずかしく落ち着かなかった。メイクの練習を沢山したが、やはり可愛くなっていない気がした。友人と居る時は幾分かましだが、待ち合わせの場所へ行くまでが拷問のように感じられた。

 ブスの癖に、あんなひらひらなお洋服を着てると笑われているような気がして。


 初めて買ったプリティのジャンパースカートとヘッドドレス。innocent worldの福袋に入っていた生成色のブラウスとオーバーニー。アベイルで特価だったピンク色のフラットシューズ。黒色の短髪は、金髪でカールがかかったウィッグで隠した。


 私のロリータデビューはとても稚拙だった。アイテムも合っていたとは言い難い。本当に笑われていたかもしれない。


「ねえ、私のお洋服も、可愛いでしょ。こうしてロリータのお友達と遊びに出かけるのが夢だったの。」


 私の友人は可愛いかった。しかしそのコーデやメイク技術も、私と似たり寄ったりなもので。

 そんな彼女が屈託なく、幸せそうに堂々と歩いている姿を見て、今日は来て良かったと心の底から思えた。


「またロリータで遊ぼうね」


 そう、約束したと思う。しかし大学での生活や全ての新しいものたちに揉まれ、二度目のお出かけは叶わなかった。


 私は大学で多くの友人に恵まれた。世の中には私と同じ趣味の女の子が多く居るのだと分かった。そして、価値観さえ合えば趣味を介さずとも友人になれる事もやっと分かる様になってきた。


「ね、今度遊ぶ時ロリータ服で行ってもいいかな?」


 私は新しい友人に、そう問いかける。


「えっ!?ロリータ!?見てみたい!!勿論着てきてよ!!」


 私があの子に救われたように、私もだなんて、烏滸がましいかもしれない。




 大学を卒業し、社会人になった今も私は『ロリィタ』だ。

 二次元や歴史が好きなのも相変わらず。


 しかしコスメを販売し提案する立場となったり

 スナップでささやかな賞をもらえるようになったり。

 ロリィタファッションでお出かけする仲間も多く出来た。


 あの頃の私が今の私を見たら驚くだろう。


 もう自分が冴えないだなんて思っていない。

 誰がなんと言おうと、大好きなお洋服を纏い心から楽しんでいる私は美しい。

 それは、顔の造形、見た目じゃない。

 内から滲み出る乙女の心の輝きこそが、お洋服の魅力を最大限に引き出すスパイスだ。


 可愛い子しか着てはいけない。

 もう若く無いのに痛々しい。

 もう、やめるべきか。


 一度袖を通せばそんな感情は無くなったも同然。ロリータ服に殺された私は、その身を一生このお洋服達に捧げるしか無いのです。

 ロリィタ服を着ている瞬間が一番私が輝いているのだから仕方がないよね。




 ロリィタ服は、いきなり手を出すには高額です。しかし、一歩店内に踏み入れれば夢の中。気付けばその手の中に、可愛いショッパーが握られている事でしょう。


 可愛いに理性なんていらないの。


 似合う?似合わない?

 こんなのどこで着るの?

 周りから笑われる!

 そんなもの買うくらいなら他に買うべきものが?


 考える余裕なんてありません。

 可愛いお洋服達は、常に乙女の心臓を狙って襲いかかってきますからね。





 私達は貴方を彼岸でお待ちしております。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ