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2.いざ、夜会へ


 それから三日後のすっかり日の暮れた頃――アナベルはエヴァンと向かい合い、例の夜会へ向かう馬車の中で揺られていた。天気はあいにくの雨である。


 アナベルの服装は、やや胸元が開いた臙脂(えんじ)色のドレス。首元には髪色と同じガーネットの首飾りを身に着けている。

 髪はフルアップにするのが一般的で(夜会のような公式な場で髪を下ろしてよいのは成人前か未婚の女性のみである。彼女はまだ未婚であるがエヴァンという婚約者がいるため、既婚女性の身だしなみをするのが通例)、彼女もそれに習い頭の高い位置で髪をまとめている。髪飾りとイヤリングは、首飾りとお揃いのデザインだ。


 一方エヴァンの方は男性の一般的な正装スタイルで、黒の燕尾服に白のタイ、髪はきっちりとしたオールバックである。


 今日の夜会が催されるのはエンバース子爵家の邸宅だ。

 王城や公共のホールで行われる舞踏会とは違い、貴族の邸宅で行われる今回のような夜会は比較的小規模なものである。参加できるのは招待された客のみのため、ファルマス伯爵――ウィリアム・セシルと接触するのは容易(たやす)いだろう。


 ――馬車の中は静まり返っていた。

 燕尾服を身にまとったエヴァンは既に臨戦態勢だ。先日アナベルのもとを訪れたときとは違い、社交モードが発動している。それは紳士のマナーをわきまえつつも、どうにも不愛想なエヴァンの姿だった。


 とは言え、彼は素顔の方も決して愛想がいいとは言えない。

 けれどそれでも、社交モードのエヴァンに比べれば素の彼の方が何倍も表情豊かである。社交モードのエヴァンは、感情が全くと言っていいほど表に出てこないのだから。


 それに今日はアメリアの婚約者、ファルマス伯爵に接触する日。エヴァンとしては色々と思うところがあるだろう。

 そんな訳で、彼がいつも以上に取っ付きにくいオーラを放ってしまうのは仕方がないことだった。


 そんなエヴァンだったが、馬車が道を半分過ぎたあたりで、思いだしたように口を開く。


「そう言えば、サムは今どこにいる。また当日……と言っていた筈だが」

「……お兄様?」


 三日前、アナベルの屋敷を出る際、エヴァンは確かにサミュエルからそう言われていた。「また当日会おう」と。だが、今さらながらここにサミュエルの姿はない。

 そんなエヴァンの問いに、アナベルの方もようやく思い出した。そう言えば言っていなかったわね……と。


「伝えるのを忘れていたわ。今日、お兄様はシャーロット様のパートナーとして参加するのよ」

「シャーロット……。ああ、サムの婚約者の……」


 エヴァンはその名を聞いて、合点がいったと言う顔をした。

 今回の夜会の招待状は、一通につき二名までしか参加ができなかったはずだ。どうやって三名参加するのかと思っていたが、サミュエルがシャーロットと同行するというのなら納得だ。


「招待状はレディ・シャーロットを通して入手したものだったか?」

「ええ、彼女の家も慈善事業に力を入れていらっしゃいますから」


 今日の夜会の主催であるエンバース子爵は慈善事業家で有名だ。サミュエルの婚約者であるシャーロットの家も同じく慈善事業に力を入れている。同じくそこに招待されたファルマス伯爵。――つまり、今夜の夜会は慈善家の集まりと言うわけだ。


「そんなところに俺が出席してもよいのか。我が家は慈善事業とは無縁だが」

「問題ありませんわ。シャーロット様とあなたはいずれ親戚になる関係ですもの」

「まぁ、それもそうか」


 話の区切りがついたところで、今度はアナベルの方がエヴァンに尋ねる。


「それ以降、アメリア様のご様子はお変わりなく? 何か心境を聞き出せましたか?」


 三日前までの話では、アメリアは婚約後、何度かファルマス伯爵――ウィリアムと手紙のやり取りをするのみで、対面で会うようなことは一度もなかったという。屋敷での過ごし方や服装の変化もなし。

 食事の席で父親であるリチャードからウィリアムのことを尋ねられても、「心配ない」「上手くやっている」というような言葉を返すのみで具体的な話はまったくでてこないという。


「様子は変わらんな。変わったところで俺ではその変化に気付けないだろうが。昔から家族にさえ隙一つ見せない奴だから」


 エヴァンは冷静な口調で続ける。


「――が、一つだけわかったことがある。これは執事から聞き出したことだが、あいつはスペンサー侯主催の夜会に出席する少し前、ファルマス伯について調査していたらしい」

「あら、婚約相手を調べるのは当たり前のことではなくて?」

「ああ。だがあいつが最も気にしていたのはファルマス伯本人ではなく、その付き人だったそうだ」

「付き人ですって? どうしてまた」

「それはわからん。が、名は確か……、そう、〝ルイス〟と言っていた」

「ルイス……。ありふれていると言えばそうですけれど……頭には入れておきますわね」

「ああ」


 ――こうして、馬車はエンバース子爵邸へと到着した。


 エヴァンはアナベルをエスコートするために先に馬車を降り、背後を振り向くと慣れた様子で右手を差し出した。

 アナベルは微笑み、その手を取る。


 そして二人は腕を組み、会場内へと入っていった。


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