1.尾行命令
エヴァンがアナベルと外出をしてから数日が経った日の朝食後、騎士ハロルドはエヴァンの部屋に呼び出されていた。
「それで、私に話というのは?」
――今日のエヴァンは機嫌が悪い。というより正しくは、朝食の最中から機嫌が悪くなった。
その原因は十中八九、妹のアメリアが婚約者であるウィリアムと遊びに出かけることを知ったからだろう。
そう。アメリアは今日、まさにこれから、ウィリアムと外出することになっている。その予定が決まったのは二週間以上も前のことだった。
けれどエヴァンはその事実を知らされていなかった。当主のリチャードがエヴァンに隠し続けていたからである。
今自分が呼び出されていることは、きっとそれに関係しているに違いない。
そう考えたハロルドは、この主人がまた面倒なことを言い出さなければいいのだが……と、内心大きなため息をついた。
「ハロルド、お前……知っていたな?」
自分に背を向け、窓の外を見下ろすエヴァンの声は怒りに震えている。
「知っていて俺に黙っていたんだろう!?」
「……旦那様のご命令でしたので」
「――っ」
ハロルドが平然と答えると、エヴァンはハロルドの方を勢いよく振り向いた。その瞳はやはり、怒りの色に染まっている。
「そういう問題じゃない! あの男の側は危険なんだぞ! それなのに外出だと!? 許せるわけがない! お前はアメリアが心配じゃないのか!?」
「…………」
――ああ、やはり面倒なことになった。
エヴァンはきっと反対するだろうと思って、屋敷の皆がエヴァンには伝わらないようにしていたのに。
アナベルと出かけてからここ数日、機嫌がいいなと思ったら、こんな些細なことで悪くなる。
確かにアメリアが心配なのはハロルドにとっても同じだが、昼の間出かけるだけだ。危険もなにもないだろう。
それに――だ。
「お言葉ですが、本日の外出は二人きりではなく、王太子殿下もご一緒になられると聞いております。殿下には護衛の騎士がついていらっしゃるでしょうし、危険どころか世界一安全な外出になると思いますが……」
「それはそうかもしれないが、ファルマス伯――あの男には黒いモヤが付きまとっているんだぞ! あれは人の手でどうこうできるものではない、何が起こるかわからないんだ! 騎士が何人ついていようが危険なことに変わりはない!」
「それは重々承知しております。私だってその言葉を疑っているわけではありません。ですがお嬢様とファルマス伯は婚約を正式に済ませております。これからはパートナーとして数多くの夜会に出席することになるでしょう。それをすべて止めるというのは、現実的ではないと思いませんか?」
「だから何度も言っている! 俺はそもそも婚約自体が反対だと……!」
「…………」
引く気を見せないエヴァンの態度に、ハロルドは「はぁ」――とこれ見よがしに息を吐き、エヴァンを見据えた。
「エヴァン様、よくお聞きください。本日の外出はもう決まっているのです。子供のように駄々をこねるのはおやめください。理由がどうであれ、大の男が……見苦しいですよ」
「何だと!? ハロルドお前、無礼にもほどがある!」
「そうかもしれません。ですが屋敷中の者がそう思っておりますよ。アナベル嬢とお出かけになられて、ようやく少しは大人になられたかと思ったのに……」
「――なっ、お……お前……!」
「とにかく、この話はこれでおしまいです。私は持ち場に戻りますので、エヴァン様もそろそろお支度なされては? 本日は旦那様の補佐として議会に出席なさるのでしょう?」
このままでは埒が明かない。そう考えたハロルドはこの場を離脱しようとエヴァンに背を向けた。
だがその刹那、エヴァンがハロルドを呼び止める。そして、こんなことを言い出した。
「――なら、お前が今日一日アメリアを尾行しろ」
その内容に、顔を引きつらせるハロルド。彼はゆっくりとエヴァンに向き直る。
「……今、何と?」
「俺は今日議会で忙しい。だがハロルド、お前は一日暇だろう? アメリアを尾行し、何も起こらないことを確かめてくるんだ」
「……無理だと言ったら?」
「俺がアメリアについて行く」
「正気ですか? 議会は? どうなさるのです」
「腹痛とでも言っておけばいいだろう」
「…………まったく」
エヴァンはわかっているのだろう。議会を欠席すると言えば、ハロルドが断れないことを。体調不良で議会を欠席すること自体は、特に問題にはならないのだから。――そして、議会を欠席したエヴァンは本当にアメリアについて行こうとするだろう。
仕方なく、ハロルドは決意する。
「わかりました。ですが一回きりですよ。そして今日一日何も起こらなければ、今後このような我が儘は言わないと約束してください」
渋々こう伝えると、エヴァンは数秒考えて答える。
「わかった、それでいい」
――こうして不本意ながらもハロルドは、今日一日アメリアを尾行することが決まったのだった。




