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愛しのあの方を思い慕って十五年 〜婚約者エヴァンの秘め事〜  作者: 夕凪ゆな
第2章

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16.セントラルパーク


「エヴァン――、エヴァン……!」

「…………ん……」

「起きて、着いたわよ。ねぇ、エヴァンったら」


 アナベルがアルバートの邸宅を訪れた日から、丁度一週間が経った今日。

 アナベルはエヴァンと共にセントラルパークへと来ていた。


 そもそもの発端は、エヴァンが子爵邸での夜会でアナベルを置きざりにしたことだ。

 エヴァンはそのお詫びに、何かさせてくれとアナベルに提案したのである。


 アナベルはそれを快く受け入れた。そしてその「何か」に、エヴァンの時間を要求した。

 

 その提案にエヴァンは驚いた。詫びは「プレゼント」か何かを想定していたからだ。だがアナベルがそう言うなら受け入れるほかない。

 エヴァンはアナベルに、それで気が済むのなら一日だろうが一週間だろうが付き合うと応えたのだった。


 そういうわけで、二人はここ王都で最も広大な敷地面積を誇るセントラルパークを訪れている。


 現在の時刻は午前十時半。天気は快晴。

 公園を散歩するにはもってこいの日和(ひより)である。


 ――なのだが、どうやらエヴァンは寝不足のようだ。

 アナベルの屋敷に迎えにきたエヴァンの馬車にアナベルが乗り込み、走り出すや否や、エヴァンはすぐに眠り込んでしまった。


 昨日まで謹慎を食らっていたはずなのに、いったいどうして寝不足に? ――アナベルはそう思ったが、普段人前では決して眠ることのないエヴァンの寝顔は久しぶりで、その顔を眺めているうちに現地まで来てしまった次第である。


「ねぇ、エヴァン……起きてったら」


 アナベルがエヴァンの肩を揺り動かすと、エヴァンはようやく気が付いた。


「……ア、ナ……? なぜ、君が俺の――」

 部屋に……? と言いかけて、彼はカッと目を見開く。


「……まさか……俺は寝ていたのか……?」

「ええ、それはもうぐっすりと」


 エヴァンは、ここが自室ではなく馬車の中であることに驚きを隠せない。

 肩をワナワナと震わせて、右手で自分の口元を覆う。


「そんな……この俺が居眠りだと……?」

「珍しいわよね。もしかして体調が良くないのかもしれないわ。自分では気付いてないだけで」

「……体調? いや、それは問題ない」

「そう? でも、疲れているなら出直してもいいのよ」

「いや、せっかく来たんだ。それに明日からは予定が立て込んでいる。今日でなければ次はいつ時間を取れるか……」


 エヴァンはそう言うと、肺から大きく息を吐きだし表情を引き締める。

 そして先に馬車を降りると、アナベルに向かって手を差し出した。


「――行くぞ、アナ」


 その言葉は、表情は、アナベルのよく知る不愛想なエヴァンのものだった。

 けれど、それでもその奥には、きっとアナベルへの愛情が少なからずあるはずだ。


 ――今日こそ、彼の本当の気持ちを確かめるのよ。


 先週のルイスとアルバートとのやり取りを思い出し、アナベルは今日何度目かの決意をする。

 そしてエヴァンの手を取ると、ゆっくりと馬車を降りた。


 *


 セントラルパークは大きく三つの区域に分かれている。

 一つは芝生の広場、もう一つには季節の花が植えられた庭園と温室、そして最後が、林と湖の区域である。


 どの区域も身分問わず利用することができるが、庭園と温室だけは有料だ。料金はそれほど高くないが、中産階級以上の利用が多い。


 ――公園の入り口は広場の丁度正面に位置していた。

 敷地は生垣やフェンスで覆われているが、外からでも公園内の賑やかさが感じ取れる。


 二人が中に入ると、広場では学生や小さな子供たちがボール遊びなどをしていた。広場の周りに等間隔に置かれたベンチでは、日傘をさしながら談笑する若い女性たちの姿や、新聞や本を読む男性の姿もある。

 まだ早い時間帯だが、ベンチは全て埋まっているようだ。


「人が多いな」

「あら、休日はもっと多いわよ。今日はまだ少ない方だわ」

「君はよくここに来るのか?」

「そうね。王立図書館も近いし、クレアと二人でよく来るわ。ベンチに座って本を読むのが好きなの」

「……そうか」


 二人は腕を組み、広場内の遊歩道を進んで行く。

 そこを抜けると、その先は林だ。林の真ん中には湖がありボートに乗ることができる。釣り竿も貸し出されていて、釣りをすることも可能だ。


 林の中は広場と違い、人の姿はほとんどなかった。

 平日の今日はほとんどの者が働いているし、貴族たちは時間に融通が利くが、大抵領地に狩猟場を持っているので、わざわざ公園に来ることは少ないからだ。


 ――林の中は澄んだ空気で満たされていた。

 都会の喧騒の中、ここまでの静けさは珍しい。貴重な場所である。


 アナベルが林の景色を堪能しながら進んでいると、湖まであと少しのところでエヴァンがふと足を止めた。


「……?」


 アナベルがエヴァンを見上げれば、エヴァンもアナベルを見下ろしている。木々の隙間を抜けた風が、エヴァンの前髪をさらりと揺らした。


「どうしたの、エヴァン?」


 アナベルが尋ねると、どういうわけかエヴァンは眉を寄せる。


「なぜ君は今日この場所を選んだ? いつも来ている場所なのだろう? どうせならもっと違う場所の方が良かったんじゃないか?」

「…………」


 その問いかけに、アナベルは目を丸くした。けれど次の瞬間には、「ふふっ」と笑い声を上げる。


 エヴァンが外出先に配慮してくれることなど今まではなかったことだ。――それが何だか可笑しくて、彼女は笑みを深くする。


「好きな場所だからこそ、あなたと来たかったのよ。それにここには、たくさんの思い出が詰まってるもの」

「…………」


 あなたと来たかった――その言葉に、エヴァンの瞳が大きく見開いた。

 彼はアナベルの顔を凝視したまま、表情を固まらせる。

 それが更に可笑しくて、アナベルはクスクスと笑った。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない? ねえ、覚えてる? わたしたち、子供の頃ここでよく遊んだわよね。お兄さまと三人で、この小道を走り回ったり、かくれんぼしたり……湖で魚釣りもしたわ」

「……ああ。確かに、そんなこともあったな」

「雨の次の日に来たときは、水たまりに足を取られて転んじゃって。ドレスを汚して、お母さまにこっぴどく叱られたわ」

「…………」

「ねえ、エヴァン? あれは何歳ごろのことだったかしら?」

「……そう、だな。寄宿学校(パブリックスクール)入学以前だから……十歳とか、それくらいだったと思うが」

「ならわたしは七歳ね。――あの頃のエヴァン、とっても優しかった」

「…………」

「あら、そんな顔しないで。別に今のあなたが優しくないって言ってるわけじゃないのよ」

「……優しくはないだろう」

「自覚があるの?」

「…………」

「ふふふっ。ごめんなさい、意地悪なこと言って。――ねえエヴァン。わたし、ボートに乗りたいわ。よく考えたらわたしたち、二人で乗ったことないじゃない? お兄さまと三人では乗ったけど」


 アナベルが微笑むと、エヴァンは少し考えて頷く。


「確かに。ボートには散々乗ったが、いつもサムが一緒だったな」

「でしょう? 三人も悪くないけど、わたし、実はずっとあなたと二人で乗りたいと思ってたの」

「……そう、か」


 恥じらいもせずに自分を真っすぐに見つめてくるアナベルの眼差しに、直球すぎるその言葉に、エヴァンの顔が赤く染まる。

 さすがのエヴァンも、ここまで言われてアナベルの好意に気付かないわけにはいかなかったのだろう。


「行きましょう、エヴァン!」

「――あ……ああ」


 アナベルはエヴァンの腕を引き、満面の笑みを見せる。

 エヴァンはそんな、いつになく積極的なアナベルの態度に戸惑いながら、アナベルと共に湖へと向かった。

 

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