14.幼き日の記憶:ミシェルの記憶
鬼になった彼女は、マリーが部屋のどこかに隠れたのを確かめてこっそりと部屋を出た。
その目的は、マリーへのプレゼントを用意するためだった。
――ミシェルは、去年の自分の誕生日パーティーでのマリーの様子を覚えていたのだ。たくさんのプレゼントをもらう自分を、羨ましそう見つめるマリーの顔を。
だからミシェルは、自分へのプレゼントを一つ減らすかわりに、マリーへのプレゼントを用意したいと両親にお願いしていた。
当然、両親はいい顔をしなかった。「子供だからといってマリーだけを特別扱いするわけにはいかない」――そう言った。
けれどミシェルの強い懇願に、「皆の前ではなく、こっそり渡すならば」と最後には了承してくれたのだ。
ミシェルはマリーに何を渡すべきかとても悩んだ。玩具屋から取り寄せたカタログを、マリーがお昼寝をしている間に何度も何度も見返した。
そうして一カ月かけてようやく選んだ、"赤いドレスを着たお人形"。悩みすぎたせいで注文がギリギリになってしまい、昨日やっと届いたばかりだ。
人形は母親の部屋に置いてもらっている。早く取って戻らなければ。
ミシェルは母の部屋へと急ぎ、ドアを叩いた。
「お母さま、マリーのお人形を取りにきたの。開けてもいい?」
そう声をかけると、返事がするより先にドアが開く。
そこには母親の侍女が立っていた。侍女はミシェルを中へと招き入れる。
「奥様、お嬢様がいらっしゃいました」
「――ああ、やっと来たのね」
侍女に声をかけられて、部屋の奥から母親が姿を現した。――どうやら着替えの最中だったらしい。
「箱は窓際のテーブルに置いてあるわよ。早く渡していらっしゃい」
「うん!」
母親に言われ、ミシェルはテーブルへ駆け寄る。――が、どういうわけだろう。そこにあるはずの人形の箱がない。
ミシェルの顔が青く染まる。
「ない! マリーのお人形がないわ!」
「――ええ?」
ミシェルの悲鳴にも似た声に、母親と侍女が駆け寄ってくる。
すると確かに、ミシェルの言葉どおり人形の箱はどこにもない。
「おかしいわね。さっきまでここにあったのに」
「そうですよね……さっきまで確かに……。――あっ!」
刹那――侍女が何かを思い出したように声を上げた。
「トマスが持っていっちゃったのかもしれません。さっきお嬢様用のプレゼントを取りに来ていましたから、間違えたのかも……」
「そうなの? じゃあ居間に持っていっちゃったのかしら」
「おそらく……。――私、すぐに行って確かめてきます!」
そう言い残し、侍女は慌てて部屋を出て行く。――その背中を、ミシェルは……。
*
それから先の一部始終、ミシェルの全ての記憶を見たエヴァンは、奥歯をぎゅっと噛みしめた。
侍女を追って一階へと降りたミシェルの耳に真っ先に届いた、「火事だ!」という使用人の声。
「ダイニングから煙が!」「早く消せ!」「灰だ! 地下から灰を持ってこい!」――そんな怒号が飛び交う中、身体の弱かったミシェルはショックのあまり気を失ってしまった。普段走らない彼女が、階段を駆け下りたことも原因かもしれない。
そしてその夜、彼女が目を覚ましたときにはマリーはこの世からいなくなっていた。
マリーが死んだと聞かされたたときのミシェルの悲しみは、あまりにも大きかった。
自分のせいでマリーが死んでしまった。自分がいらぬことを言ったせいで、マリーは逃げ遅れてしまった――そう信じるミシェルの苦しみと悲しみが、強い痛みとなってエヴァンの中へと流れ込む。
『マリー……、マリー……! ごめんね、マリー!』
エヴァンの胸に縋り付き、嗚咽交じりにマリーの名を何度も呼ぶミシェル。
その姿はあまりにも痛々しい。
エヴァンは彼女を少しでも慰めようと、抱きしめる腕に力を込める。
「……君のせいじゃないよ」
ミシェルの耳元で、彼は囁く。
「君は何も悪くない」――そう、何度も繰り返す。
「ミシェル、聞いて。マリーが死んだのは事故だったんだ。君のせいじゃないんだよ」
『違う! わたしが悪いの! だって、トマスはちゃんとマリーを助けに行ってくれたもの! かくれんぼをしていなかったら、トマスはマリーを助けられたはずだもの!』
「…………」
『わたし、ちゃんと知ってるの! わたしが出てきちゃだめって言ったから、マリーは出てこなかったのよ! だから……、だから……っ!』
確かに、ミシェルの言葉に間違いはなかった。
屋敷から避難する際、マリーが部屋にいることを知っていたミシェルの母親は従僕のトマスにマリーを助けに行くよう指示をした。
けれどマリーがかくれんぼをしていることを知らなかったトマスは、部屋にマリーの姿が見えなかったために「マリーはもう逃げ出した」と勘違いしてしまったのだ。
結局、マリーは煙を吸い込んだことによる中毒で死んでしまった。
――その事実を知りながら、エヴァンはそれでも首を振る。
「違うよ。違うんだよ。それを言ったら、マリーが死んだのは火の不始末をした使用人のせいってことになる。あるいは、全員の無事を確かめなかった君の父親に責任があるってことになるだろう?」
『そんな……っ! お父さまは悪くないわ!』
「そうだよね、僕もそう思うよ。――でも、でもね、ミシェル。それなら君も同じように悪くないんだ。本当に君のせいじゃない。君は何一つ悪くない。マリーが死んだのは、彼女の運が悪かった……ただそれだけなんだよ、ミシェル」
『……っ』
それはともすれば、あまりにも冷たい言葉と取られても仕方のない内容だった。
「運が悪かった」――そんな一言で片づけられては、マリーは浮かばれないではないか。ミシェルはそう思った。
けれど、だからこそ冷静になる。
自分を見つめるエヴァンの悲し気な瞳に、自分のこの態度が、エヴァンにそんなことを言わせてしまったのだと――彼女はようやく気が付いた。
「あなたのせいじゃない」「お嬢様は何も悪くないんです」「不幸な事故だったんだ」――生前、周りが口を揃えて言ったのと同じように――。
「辛かったね、悲しかったね。でも、もういいんだ。こんな風にマリーを探し回らなくていいんだよ。ここで彼女を待つ必要はないんだ。だって彼女はここにはいない。本当は気付いているんだろう?」
『……ッ、わたし――』
全てを悟ったようなエヴァンの言葉。――それが、ミシェルの中の最後の記憶を呼び起こす。




