11.幼き日の記憶:いざ、幽霊屋敷へ
三人が林を抜けそのまま進んでいくと、ちょうど屋敷の裏手へと出た。塀の鍵は開いており、錆びた鉄の門がぎぃぎぃと不気味な音を立てている。雑草は好き放題に生えていて、その高さは彼らの背丈を超えるほどだ。
「雰囲気あるな……」
「……そうだね」
三人は門を通り抜け、荒れ放題の裏庭を横切っていく。するとようやく目の前に“幽霊屋敷”の全貌が現れた。遠目からではわからなかったが、屋敷の地上部には放置された庭から伸びた蔦がはびこり、そのさびれ方といったら想像以上だ。
その様相はまさに――“幽霊屋敷”の名にふさわしい。
三人はそんな屋敷をじっと見上げていた。
しばらくの沈黙ののち、最初に声を漏らしたのはサミュエルだった。
「……ちょっと想像以上だな」
古びた洋館くらいに思っていたのに、と彼は続ける。
この屋敷の規模は、侯爵家である彼らの屋敷と比べれば当然小さい。けれどそうはいっても、サイズ的には立派な貴族の屋敷である。地上三階に屋根裏部屋付き――地下も含めればさらに広い――つまり幽霊屋敷は十分広く、薄暗い邸内を足場に気を使いながら回るとなると、少なくとも一時間程度は必要だろう。
サミュエルはそんなことを考えながら、やや腰を引き気味にエヴァンを見やる。
「つーかこれ、マジで幽霊とか出るんじゃ」
そう声をかけるが、けれどエヴァンはサミュエルの声には反応を示さず、じっと屋敷を見上げたままであった。
「……おい、大丈夫かエヴァン。何なら今からでも引き返して――」
それはエヴァンへの配慮でもあった。が、それと同時に、恐怖心から出た言葉でもあった。
もしエヴァンが“帰る”と言ってくれたら、自分もここから離れることができる――そんな下心から出た言葉。
けれどサミュエルの期待に反し、エヴァンは頷かない。
「大丈夫だよ。確かに不気味だけど……多分、悪い霊じゃないと思う。それにギルからランプまで預かっちゃったし。っていうかもしかしなくても、帰りだけじゃなくここで使えってことだったのかも」
エヴァンはそう言いながら、右手にぶら下がるランプへと視線を落とす。
「中は暗そうだし、灯りなしで回るのは危ないと思う。このランプ、ありがたく使わせてもらうのはどうかな」
「……お、おう。……使うか、ランプ」
サミュエルは正直驚いた。困惑を隠せなかった。
帰りたいそぶりを少しも見せないこともそうだが、それ以上にエヴァンの言葉が引っかかった。
それは、“悪い霊じゃないと思う”――その言葉に。
「サム? どうかした?」
「――い、いや。何も……」
けれど同時に、そこには追及してはいけないような気がして、サミュエルは口をつぐむ。きっと聞き間違いだったのだ。そう思い込もうとする。
彼は頭を切り替えるため、二三度首を大きく首を振った。
「うしっ! じゃあまずは勝手口を探すか。キッチンならマッチがあるはずだ。ギルたちもランプ使ってたなら、鍵も開いてるだろ」
「そうだね、そうしようか」
「アナ、行くぞ」
「うん!」
三人はほどなくして勝手口を発見した。
結論、二人の考えは正しく――三人は施錠されていない勝手口から――屋敷の中へ入ることに成功したのだった。
*
「おっ、マッチ結構残ってるぞ。これだけあれば途中で火が消えても平気だな」
「うん。にしてもこのマッチ新しいね。全然しけってないし」
「そうか? 普通だろ?」
キッチンで無事マッチを発見した二人は、ギルに渡されたランプに灯りをともす。そしてそれを頼りに、廊下へ出ようとドアノブに手をかけた。
するとそのとき、エヴァンがあることに気づく。扉に何か文字が書いてあるようだ。
「待ってサム。開けないで。ここ、何か書いてあるよ、見て」
「――ん? 本当だな、落書きか? へったくそな字だな。……えーっと、『汝の勇気を証明したくば、屋根裏部屋にて銀の皿を見つけよ』――なんだこれ」
「“銀の皿”? ――というかこのやたら大振りな文字、どこかで見たことある気がしない?」
「……大振り? 筆跡ってことか? ……、あっ」
二人は顔を見合わせる。このメッセージが誰からのものかわかったのだろう。
彼らは状況を把握できないアナベルをよそに、クスクスと笑い始めた。
「あいつ……やってくれるな。なんも知らねーふりしてさ」
「うん……いやでも面白いよ。これだからやめられないんだよね。彼らと付き合うの」
そう、つまりこれはギルからの挑戦状なのだ。
“俺抜きで最上階まで行ってみせろ”――という、二人への挑戦状。
ギルからのこのメッセージに、二人は――特にサミュエルは、先ほどまで感じていた幽霊屋敷への恐怖心をすっかり消し去り――その瞳に闘志を燃えあがらせる。
相手が庶民であろうと貴族であろうと、売られた勝負は買うのが男というもの。
「見つけてやろうじゃねぇか。“銀の皿”ってやつをさ」
「そうだね。ここまでされて黙ってるわけにはいかないし。アナ、僕たちちょっと探し物しなきゃいけなくなったから、しっかり着いてくるんだよ」
「……? うん!」
アナベルの返事を皮切りに、サミュエルが今度こそドアノブに手をかける。ギギッと音を立て開いた扉の先に、暗闇が広がった。
内廊下には窓がない。それは暗いトンネルさながらだ。
けれど闘志に燃えるエヴァンとサミュエルは、その暗闇に少しも恐れをなさなかった。
「行くぞ、アナ」
「足元に気を付けて」
彼らは躊躇うことなく、確かな足取りで一歩を踏み出す。
そんな二人の背中を追いかけるように、アナベルもまた――一度だけごくりと唾をのみ込んでから――闇に足を踏み入れた。




