6.ルイスの素性
フクロウを見て真っ先に声を上げたのはルイスだった。
「――べネス、どうして」
「……べネス?」
「ええ、彼は僕のフクロウで……」
アナベルの問いに、ルイスは頷き席を立つ。急ぎ窓を開け、べネスを左手に止まらせた。
その光景はまるで一枚の絵画のようで、アナベルは思わず見とれてしまう。
この国では滅多に目にすることのないルイスの漆黒の髪と瞳。それと対比する、純白の羽毛のべネス。
その羽は窓から降り注ぐ陽光に煌いて、思わず息を呑んでしまうほどだった。
――にしても、フクロウをペットにするなど珍しい。
それにフクロウは夜行性な筈。こんな明るい時間に飛べるものなのだろうか?
アナベルは内心首を傾ける。
それに気になることはもう一つ。
それはべネスの足にくくりつけられた、手紙のようなものについてだった。
アナベルの視線の先で、ルイスはべネスの足から帯状の紙を解く。遠目で内容はわからないが、そこには確かに文字がしたためられていた。
いったい誰からの手紙なのかも気になるが、手紙を運ぶフクロウなどおとぎ話でしか聞いたことがない。
驚きを隠しきれないアナベルに、アルバートが優しく声をかける。
「驚きましたか?」
「ええ。そもそもフクロウって人の言うことを聞くものなのですの? 手紙を運ぶフクロウだなんて、おとぎ話の中だけだと思っていました。それもこんなに明るいうちに」
この国ではフクロウをペットにすること自体が珍しい。
普通貴族がペットに選ぶ生き物と言えば、血統書付きの犬や猫、色彩鮮やかなインコやカナリアと相場が決まっている。ときたまヘビやトカゲを収集しているコレクターもいるが、アナベルの知る限りフクロウは初めてだった。
その問いに、アルバートは柔らかく微笑み返す。
「そうですね。フクロウは夜行性ですし、貴族のペットとしてはあまり相応しくないかもしれません。――ですがこと配達という点については、昔は珍しくなかったのですよ」
「……? 昔はフクロウに手紙を運ばせておりましたの?」
「ええ。といっても戦時下に限ってですが……闇夜に乗じて味方と連絡を取るためには、なくてはならない存在だったのです。けれど昨今は平和そのもの。ここ百年ほどは大きな戦争もありません。その為フクロウを手懐ける術はすっかり廃れてしまいました。どちらにせよフクロウは夜行性ですから、ああして昼間に飛ぶことはありませんが……。べネスが特別なのですよ」
「……そう、なんですのね」
アルバートの丁寧な回答に、アナベルは感嘆の声を漏らす。
まさか昔はフクロウに手紙を運ばせるのが珍しくなかったとは……。
「あの……べネスはルイスにとても懐いているように見えるのですが、彼がしつけたんですの? 普通、世話やしつけは使用人の役目ですのに」
アナベルはルイスのことを、男爵家や子爵家など下位貴族の次男や三男だと考えていた。侯爵家の子息の付き人をしているのだから、当然貴族の家のものであろうと。
だから、アナベルの疑問は当然のものだった。
彼女はべネスを見つめる。
ルイスの腕に行儀よく止まり、くちばしで器用に羽を手入れする白いフクロウを――。
だから彼女は気付かなかった。自分の問いに、眼鏡の奥のアルバートの瞳がほんの一瞬揺らいだことに。
「……べネスを躾けたのはルイス本人ですよ。彼は貴族ではありませんから」
「――え? 貴族ではないのですか?」
「ええ、彼はもともと孤児なのです。侯爵家に引き取られるまではずっと教会に……。引き取られたのは確か……彼が九つのときだったでしょうか」
「――っ」
刹那――降って湧いて出たようなその情報に、アナベルの顔が強張った。
それはルイスが元孤児であったことに対する差別的感情のせいではなかった。ただ、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではという、一種の罪悪感のようなものだった。
考えてみればルイスの話し方や所作は夜会で会った当初から、貴族と言うよりは使用人のそれだった。丁寧でへりくだりのあるしゃべり方も、その態度も。
アナベルはそんなルイスの態度は、自分が高位貴族であるからだと思っていた。けれど違ったのだ。
「そんな顔をなさらずとも大丈夫ですよ。侯爵家で古くから働いている者は皆知っております。それに彼はそのようなことで自分を卑下するような人間ではありませんから。先ほどの私とのやり取りを見ていたでしょう? 彼は誰が相手でもああなのです。――そうですよね、ルイス?」
「――!」
アルバートから出た「ルイス」の名に、アナベルはハッと顔を上げる。
するとそこにあるのは、どこか不機嫌そうに眉をひそめるルイスの姿だった。




