5.アルバートの提案
最初に意見を述べたのはアルバートだった。
「そもそも、本当にサウスウェル卿はアメリア嬢に恋慕の情を抱いているのでしょうか。確かに古今東西いわゆる近親相姦の例は数知れませんが、サウスウェル卿がアメリア嬢を女性として愛していると判断するのは時期尚早では? お二人の仲は客観的に見て、あまりいいものではなかったのですよね?」
アルバートのその声は、先ほどとは打って変わって冷静である。
「愛情を隠すために敢えて遠ざける……という考え方は確かに間違ってはいないかもしれませんが、もしそうならウィリアム様との婚約を反対するのは矛盾しておりませんか? 婚約を反対したタイミングが、仮面夫婦の契りを知った後だったというのならまだわからなくはないのですが……そうではないのですよね?」
その問いにアナベルは考える。
確かに、エヴァンは最初から婚約を反対していたな……と。
「もしも相手がろくでもない男であれば反対するのもわかります。けれど相手はウィンチェスター侯爵家の嫡男。家格で言えば何の不足もない。貴族令嬢が生涯未婚でいられるはずもありませんし、そのようなことはサウスウェル卿も理解しているはずでしょう。ならば、アメリア嬢に対する愛情が深ければ深いほど、少しでもいい家に嫁がせてやりたいと考えるのが普通では?」
それは至極真っ当な意見だった。
確かにアルバートの言う通り、エヴァンが本当にアメリアのことを大切に想っているのなら婚約をぶち壊すなどとは考えないだろう。
ウィンチェスター侯爵家との婚約を蹴るなどとなったら、その後一生結婚の機会に望まれない可能性だってある。
そんなアルバートの意見を、ルイスも援護する。
「私もその意見には同意です。ウィリアム様は侯爵家の跡取り。契約内容は褒められたものではありませんが、反対したタイミングには疑問が残ります。それに夜会でのサウスウェル卿の態度や反応は明らかに過剰だったとか。アメリア嬢を愛するが故と言われればそれまでですが、私には愛情以外に反対しなければならない理由があったと思えてなりません」
ルイスは顎に右手を当て少しの間考え込むと、再び流暢に言葉を続ける。
「もしや、サウスウェル卿は元々、ウィリアム様に対して良くない感情をお持ちなのでは? ウィリアム様は初対面だと仰っておりましたが、実は以前どこかで会っていて……何か問題が起きていただとか」
その言葉に、アナベルの瞳が大きく見開く。
ルイスが上げた理由……それが予想外なものだったからだ。
「初対面ではなかったですって……? でも、彼はそんなこと一言も……」
アナベルは困惑する。
「あくまで可能性の話です。が、“ウィリアム様をどうしても受け入れられない個人的な理由がある”ならば、これほど拒否感を示す理由に説明がつきます。それは家格や人格ではない、もっと別の原因が」
「……別の原因……ですか? それっていったい……」
「現状は何とも……。ですがもしそうならば、それはサウスウェル卿がアメリア様を女性として愛しているわけではない、ということになりませんか? サウスウェル卿はあなたとの婚約を破棄したいなどとは考えておられないご様子ですし、あなたへの愛情も十分にあるのでは……。聞くところによると彼はなかなか強情な性格だと言うではありませんか。余程のことがない限り謝罪はしないそうですね。ですが、先日彼から受け取った手紙には謝罪が綴られていたのでしょう?」
「……それは……確かに。エヴァンが謝るのなんて……幼少期以来かもしれませんわ」
「でしたら、少なくとも彼は“あなたに嫌われては困る”と考えていることになる」
「……っ」
ルイスの瞳は怖いほどに真剣だった。その言葉の内容も的確すぎた。
――エヴァンは、私に嫌われたくないと思っている。
たったその一言に、心が救われた気がした。
「アナベル様、あなたはとても聡明な方だ。思慮深く、情に深い魅力ある女性です。そんなあなただからこそ、相手の心を察するあまり踏み込むことができずにいた。――ですが本当の気持ちは言葉にしなければ伝わらない。男女の仲なら尚更です。私や先生に言えた義理ではありませんが、もう一歩踏み込んでみませんか? あなたの気持ちを、はっきりと伝えてはみませんか?」
ルイスは続ける。
「あなたはあなたの本心をいまだ彼に伝えてきれていないご様子。ですから、ここは勇気を出して――」
「……っ」
それはアナベルにとって図星以外の何ものでもなかった。
確かにアナベルは、いまだかつてエヴァンに伝えたことがないのだ。“愛している”と、一度たりとも。
拒絶されたらと思うと、怖くてどうしても言えなかった。「俺はそう思っていない」などと言われてしまったら……絶対に立ち直れないとわかっていたから。
俯きかけるアナベルに、アルバートが優しく微笑みかける。
「アナベル嬢、考えてもみてください。サウスウェル卿は自分の好まない相手と婚約を結ぶような方でしょうか? 彼は好き嫌いがはっきりしているのでしょう? そんな方が、いくら幼馴染みだからと言って興味のない相手と婚約するでしょうか」
「でも……婚約を決めたのはお互いの両親ですわ。エヴァンからすれば、他に無難な相手がいなかったから承諾したにすぎないかと……」
「でもそれは裏を返せば、あなたが誰よりも無難な相手だったということです」
「……っ」
――確かにそうだ。
自分以外にエヴァンと親しい女性はいない。兄を除けば、エヴァンと最も親しいのは自分である。
彼女はそう自負していた。――けれど。
「…………わたくしの方から……だなんて」
「怖いですか?」
「……ええ」
怖い。怖くないわけがない。
だって、今までのエヴァンの態度が証明しているではないか。エヴァンが自分を恋愛対象と思っていないことは、今までの彼の態度が示している。
――確かにここに来たのは現状を打破する為よ……。でも……。
まさか気持ちをはっきり伝えろ……などと言われるとは思ってもみなかった。
初対面同然のルイスや、そしてアルバートに、ここまで的確に心の内を言い当てられるとは予想していなかった。
けれど、こんな状況ではそれしか方法はないのだと、そう思う気持ちもあって。
アナベルは考え込む。――すると、そのときだった。
突然コツコツ――と叩くような音に振り向けば、そこには一羽の白いフクロウが、窓の向こうからこちらをじっと見つめていた。




