3.アルバート・ハドソン
――何というか、お医者様じゃないみたいね。
それがアナベルの、アルバートに抱いた第一印象だった。
アルバートは年齢性別共に不詳――という言葉にピッタリな外見をしていた。
身長こそ高いけれど体の線は細く、顔立ちは中性的。美形とも美人とも言える。
女性のように白く透明な肌。髪と瞳は深い紺色。背中まである長いストレートの髪を首の後ろでくくっている。
男性にしては長すぎる髪のせいか、彼の顔面的特徴は一見すると眼鏡以外には見当たらず、それが彼の年齢や性別といったものを一層ぼやかしているように思えた。
「お待たせして申し訳ございません。私がアルバート・ハドソンです。オールストン家のご息女にこのような場所まで足を運んでいただき、大変恐縮にございます」
「こちらこそ、お時間を取っていただき感謝申し上げますわ」
アナベルは簡単な挨拶を交わし、アルバートに促されソファに腰かける。
それに伴い、アルバートもゆったりとした動作で腰を下ろした。
アナベルはそんなアルバートの一挙手一投足に、無意識のうちに注目する。その所作が実に優雅だったからだ。
彼の動作は洗練された淑女のソレによく似ていた。と同時に、騎士の剣筋の如く一切の無駄がない。
まるで計算しつくされたような彼の動きは、アナベルの知る医師たちのものとは明らかに違っていた。
――ルイスと言いアルバートと言い……それにさっきのメイドも、貴族と言われた方がしっくりくるわね。
そう思ってしまうほど、彼らは気品のようなものを漂わせている。
するとそんなアナベルの視線に気づいたのか、アルバートが微笑んだ。
その穏やかな笑みに、アナベルの中に沸き上がる形容しがたい高揚感。先日初めてルイスに出会った際に感じたのと同じ――その不思議な感覚に、彼女は思わず息を呑む。
それは決して恋などではなかった。けれどそのたった一瞬で相手の心を掴んでしまうような何かが、アルバートにあるのは確かだった。
――何だかとても妙な気分だわ……。
アルバートの穏やかな表情、物腰。見る者の心を癒す柔らかな笑み。
こんな風に感じるのは、彼が精神科医であるからなのだろうか……?
アナベルはそんなことを考える。
すると彼女の考えを見透かしたかのように、アルバートは笑みを深くした。そしてこう言った。
「アナベル嬢、どうか落ち着いて聞いていただきたいのですが、私は精神科医ではないのです」――と。
「――え……?」
予想外の言葉に、アナベルは困惑する。
なぜって、彼女がここに来たのは“精神科医”に会うためなのだから。
それなのにアルバートが精神科医ではないとなれば、何をしに来たのかわからないではないか。
「私が医師免許を取得しているのは事実です。ですが専門は内科――とは言え実務経験は浅く、まして精神科医と名乗れる要件など一つも満たしてはおりません」
「…………」
「騙すようなことをしてしまい、本当に申し訳ありません。心からお詫びします。――ルイス、あなたも」
アルバートに呼ばれ、「はい、先生」と答えるルイス。
その二人のやりとりに、アナベルはハッとした。
ルイスがこの部屋に入ってから一言も口を聞いていないことに気付いたからだ。
彼は最初の目礼以降、部屋の入口付近で立ったまま微動だにしない。
どうしたのだろうと思っていたが、きっと彼は嘘をついた手前後ろめたかったのだろう。
――でも、どうして嘘なんて……。
夜会でのルイスの私を心配する言葉に、嘘は感じられなかったのに。
どう返事すべきかわからないアナベルに向かい、ルイスは頭を下げる。
「アナベル様、深くお詫び申し上げします。私はあなたに嘘をつきました。いかような罰でも受ける所存でおります」
そのままの体勢で、彼は続ける。
「ですがこれだけはお伝えさせてください。私の言動は全て、私の師――アルバートであればお嬢様のお悩みを解決する一助になると確信した上でのこと。先生は精神科医ではありませんが、これまで数多の人々の悩みを解決してきました。先生の能力はウィンチェスター侯爵家が保証します。ですからどうか、先生にあなたの悩みを相談してみてはいただけませんか?」
その言葉には確かにルイスの感情が込もっていた。
嘘をついた――そのことは問題だけれど、それでもルイスの真心が伝わってくる。彼の嘘は、私を思ってのことだったのだ、と。
「アナベル嬢、私からもお詫び申し上げます。私はかつてウィリアム様の家庭教師をさせていただいておりました。その傍らルイスにも同じように知識を与え指導してきた。彼はその当時から、此度のように私の元へ迷い人を連れてくるのです。そんな彼の行動を、私は良しとしてきました。つまり、今回の責任は全てこの私にある」
アルバートは続ける。
「身勝手なこととは自覚しております。ですがどうかルイスをお許しいただけませんか。そしてあなたに心を尽くすチャンスを、彼に与えてやってはくれませんか」
彼はゆっくりと視線を上げる。
アナベルをじっと見つめ、眼鏡の奥の紺の瞳をゆっくりと瞬いた。
それはまるで深い海の底のように鎮まっていて……アナベルは理解する。
微動だにしない眼差しの奥にある、何事にも動じない強い心こそが、アルバートの本質であるのだと。
この人ならば、もしかして……。そう思わせる強さが彼にはある。
――そんなアルバートの瞳に、アナベルは……。
*
結局、アナベルはルイスを咎めなかった。
ルイスに悪意が無かったことは明らかだったし、騙されたのはアルバートについてろくに調べもせずに出向いた自分の責任でもある。
それに何より、夜会でルイスに助けられたのは事実。そのときの彼の優しさに応えたい、その気持ちが大きかった。
アナベルは、クレアとルイスに見守られながらアルバートに打ち明けた。
婚約者のエヴァンがその妹アメリアに、親愛以上の想いを抱いていることを。
その想い故に、ウィリアムとアメリアの婚約を破断にしようとしていることを――。




