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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第一章
9/24

その日は驚くことばかり起きていた


 高校の入学式当日。四月の風が少し肌寒かったのを覚えている。そんな晴れの日に、早速もめごとを起こす不遜(ふそん)な輩がいた。


 式が終わり、オリエンテーションを済ませた新入生は、これから始まる高校生活への期待に胸をふくらませて教室を後にした。


 入学式の後からずっと謎の腹痛を我慢していた僕は速やかにトイレに向かった。そして謎の腹痛の原因物質を排泄し、誰もいなくなった校舎の外へ出た時、不運にもその現場に出くわしてしまった。


「いいから遊ぼうぜ」「絶対楽しいから」といった、なにやら香ばしいセリフが聞こえてくる。まさかナンパだろうか。よりによって学校の敷地内で。


「でも……」

「はいはい、もうそういうのいいから。早く行こうぜ。ほら」


 かなり強引な進行をしているようだ。少し気になって、声のする方へ顔を覗かせたのが失敗だった。


「あ? なんだお前」


 出会い頭で身を隠すこともできず、男の一人とガッツリと目が合ってしまう。


「テメ見てんなよ、あっち行けや」


 そう言われると余計見てしまう。女の子は黒髪のミディアムロング。短めのスカートがキュートだが、見るからに怯えている。

 一方、男は二人組。それぞれ身長が高く、僕とさほど変わらない年齢でどうしたらこうなるのか不思議なほどヤンチャに仕上がっている。二人とも制服のくたびれ方から見て明らかに上級生だ。なにより顔が怖い。黒髪短髪の団子鼻と、茶髪ロン毛のコンビが威嚇するように睨みつけてくる。


「いや、その……」


 せめて仲間が居れば。さっきまで同じ中学出身の正宗と教室で一緒だったが、トイレを待たせるのも恥ずかしいので先に帰らせてしまった。多勢に無勢だ。

 実は僕は小さい頃から空手をやってた……なんてことはまるでなく、多分人並みの戦闘力。不利にも程がある。


「聞こえねえのかよボケ。すっこんでろよ。この先ずっとイジメられてえかよ」


 嫌過ぎる。入学初日に断じて聞きたくないセリフだ。見ず知らずの女の子の為にそんなリスクを取るべきだろうか。メリットとデメリットで考えると、明らかに天秤はデメリットの大きさをアピールしている。でも逃げたくはない。負けるかもしれないけど、逃げるのだけは嫌だ。

 正義感というよりは負けず嫌いな性格が引き起こした葛藤の末に、僕は叫んだ。


「先生ー! カツアゲされてまーす! 助けて!」

「は? 居ねえし。こっちはちゃんと場所選んでんだよ」

「おう、ヤキだヤキ。ナメやがって」


 上手く嘘をついて逃げてもらおうという僕のとっさの謀略は残念ながら通じなかった。迫真の演技だったのに。

 スタスタと近づいてきた男の一人が回し蹴りを僕のももに叩き込む。一発、二発。ガードが間に合わず、痛みに思わず謝りそうになる。


「見た目通り弱ぇクセして調子こいてんじゃねぇぞ」

「謝れよオラ。泣かすぞコラ」


 途中から膝蹴りに切り替えてきたので両手で抑える。一人でも勝てそうにないのに、二人相手じゃ逃げることもできない。でも謝るのは死んでも嫌だ。痛い。困った。どうしよう。


 パニックに陥りかけた時、不意に後方からザラついた声が聞こえた。


「ねぇセンパイ、ナンパ失敗した挙句に下級生イジメるなんて死ぬほどカッコ悪いっすよ」

「あ? 誰だテメェ」


 近づいて来たのは派手な金髪の男だ。髪を逆立てていることを抜きにしても、とにかくデカい。一八〇近くありそうだ。でも、ブレザーの胸元に造花が付いてる。——ということは、僕と同じ新一年生?


「どうも、通りすがりのスーパーサイヤ人です」

「テメェも一年かよ。ちっとデカいからってイキってんじゃねぇぞ」


 茶髪ロン毛が近づいて金髪男の胸ぐらに手を伸ばした瞬間、カウンターで金髪男の強烈な張り手が炸裂した。

 ロン毛は勢いの余り、後ろ向きにでんぐり返しをする形で吹っ飛んでいく。


「何触ろうとしてんの? 馬鹿なの?」


 信じられないパワーだ。これはヤバイ奴が来た。


「クソがよ!」


 残った短髪ヤンキーが殴りかかるが、あっさりかわされてバランスを崩したところに金髪男のボディブローがめり込む。


「ごふ!」


 腹を抑えてよろめく男の顔面に右拳が吸い込まれていくのを、僕はスローモーションのように感じていた。


「あぶあ!」


 今度は動物みたいな悲鳴とともに吹っ飛んだ。二人とも倒れたまま動かない。秒殺。まるでアメコミのヒーローだ。こんなことってあるの?


「あ、ありがとう。ホントに、助かった」


 太ももの痛みをこらえながら礼を言うと、彼は人なつこい笑顔になって言った。


「大丈夫か? わりいな、手柄を横取りしちゃったみたいで」

「な、何言ってんだよ、あのままじゃ僕はサクッとやられてこの子は連れてかれてたよ」


 魔の手を逃れた女の子は既に落ち着きを取り戻した様子でこちらを見ている。


「……ありがとう。助かった。でもちょっと、やりすぎかも。あの二人、白目剥いてるよ」女の子が指差す。

「うわ、本当だ! でも全然かわいそうじゃないけどね。超タチ悪いこいつら。信じられない」唾を吐いてやりたいぐらいに僕はムカついていた。まだ足が痛い。

「それはそうなんだけど、先生に見られたらちょっとまずいんじゃない?」


 彼女がそう言ったまさに次の瞬間だった。


「おいお前ら何やってんだ!」


 校庭からジャージ姿の教師が走ってきた。お前タイミング最悪だな! さっき僕が叫んだ時はどこにいたんだよ! と心の中で毒づく。


 近くまで来た教師は色付きメガネ越しに金髪男の顔を覗き込むと、えりをつかんで言った。


「入学初日からケンカか、どうしようもねぇな。ヤンキー漫画の主人公にでもなったつもりか? あ? 調子に乗りやがって。——おい、学生証出せ」


 嘘みたいに短絡的な判断に僕は言葉を失った。一体、教師ってどういう頭してんだろう。


「あ、あの、先生、この人はあたしを助けてくれて」女の子が動揺しながらも助け舟を出す。しかし。

「そういう問題じゃないんだよ。いいか、どんな理由があってもリンチってのは許されない。こいつは暴力を振るった。それがすべてなんだよ」


 暴論にも程がある。僕がボコボコにされずに済んだのは彼のおかげなのに。僕は怒りの余り、震えてきた。


「じゃあ……どうすればよかったっていうんです? ガンジーみたいにやられてろってことですか? 弱い奴が我慢して……それで終わり?」


 言葉がうまく紡げない。理不尽過ぎて気持ち悪くなってきた。

 すると、金髪男が僕の肩に手を置いて首を横に振った。「もういい」「言っても無駄だ」そんな感じだろうか。


 実際その日は驚くことばかり起きていたが、なにより驚愕したのはそこで彼が取った行動だ。

 ジャージ姿の教師に向けて、渾身のボディブロー。それが彼の答えだった。教師はその場に崩れ落ちた。


「意味わかんねーんだよハゲ」金髪男が言った。

「あんた滅茶苦茶ね……」女の子は信じられないものを見たという顔をしている。「でも——スカッとしたわ」僕も同じ気持ちだ。



 案の定、彼は入学式翌日から二週間の停学となった。

 これが僕と春樹、そして由香里の三人が出会った日の出来事だ。

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