心ここにあらず
◆
次の日。
教室を前にして昨日の出来事を思い返す。みんなと会う前に頭を整理しなければならない。
真帆さんとの連絡先交換。それは自分史上前代未聞の大胆な行動だったと云える。これがもし正宗や由香里にバレたらどうなるんだろう。話しかけただけであれだ。容赦なくいじられることになるのは想像に難くない。
言えない。少なくとも真帆さんとの友情がもう少し確かなものになるまでは、伏せておくべきだろう。後々バレたとしても、その時はその時だ。目の前の面倒事は出来る限り先送りしようじゃないか。取るべきスタンスを固めてから、腹に力を入れて教室の入り口をくぐる。
——何か空気が違う。気のせいだろうか。平山は、いつも通りの無害な顔をしている。珍しく朝から春樹がいるが、それはあくまで確率が低いだけであって事件とまでは云えない。正宗はというと、最近始めたというスマホゲームに夢中だ。これも別段イレギュラーなことではない。そこで由香里に目を向ける。
「なあ由香里、今日って——もしもし? 由香里さん?」
「え、ああ、なに? どうかした?」
心ここにあらずといった様子でゆかりが鈍い反応を返してくる。どうやら違和感は、この娘だ。
「どうしたの、また寝不足? ほんとゲームは程々にしといた方がいいと思うよ」
「いや、寝不足っていうか、まぁそうなんだけど。うん」
「歯切れが悪い」
「べ、別に。いつも通り。何もかも……普通」そう言う由香里の目が泳いでいる。これはもう、どこからどう見ても何かある。
追求しようと身を乗り出したところでホームルーム開始のチャイムが鳴り出した。なんだかこのチャイムはいつもタイミングが悪い気がする。
◆
「絶対なんかある。春樹、気づかなかった?」
「んん、俺は別に。あ、でも言われてみれば確かに、いつも以上にスマホ見てるような気がしたかな」
昼休み。春樹と正宗に声を掛けて、屋上へ集まった。購買に並んでゲットした菓子パンをかじりながらの作戦会議だ。
「あいつのことだ。どうせネトゲで死んでレアアイテムなくしたとかそんな話じゃないのか」
「うーん、もしそうなら速攻愚痴ってきそうなもんだけど」
「確かに。しかし、それならなんだっていうんだ?」
正宗も心当たりが無いようだ。しばらくお互いの顔を見合わせるが、三人とも唸るばかりで言葉が見つからない。各々同じようなタイミングでパンをかじり、飲み物で流し込む。
「ところでサティ、年上の女ってどう思う?」
「ブハッ!」
春樹の一言に思いっきりコーラを吹き出す。盛大に咳き込み、正宗を睨む。
「いや、俺じゃないぞ、悠。春樹にはまだ言ってない」
「本当かよ……春樹、なんで知ってるの?」
春樹に視線を戻すと、何やら困惑した顔をしている。
「俺は年上の女をどう思うかって、そう訊いただけだぜ。何よサティ、お前好きな子がいるの? そしてそれが上級生なのか?」
これはもしかして墓穴を掘ってしまったらしい。これ以上ない程に深々と。
やむを得ず、全てを話すことにした。中途半端にしてしまうとボロが出そうなので、友達になった昨日の出来事まで二人に説明する。
「ふん、そんなことがあったわけか。なんだよ俺だけのけ者にして」
「違うって、春樹が学校に来ないからだろ」
「しかし連絡先まで交換したのは知らなかったぞ」正宗がにやりと笑う。
「いや、それはその。勢いというか」
「すげえなサティは。やっぱり、いざって時の瞬発力があるよな」
「やっぱりって、何かあったっけ」
「そりゃお前、入学式の日のことだよ。俺が停学になった事件の時」
春樹停学事件。それは高校に入って真っ先に経験することになった、中々にバイオレンスな出来事だ。僕は久しぶりに一連の流れを振り返ってみた。




