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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第一章
6/24

来生真帆

 ◆


 その日の昼休み。僕は独り図書室へと向かった。

 本を借りに行ったわけじゃない。昔観た恋愛映画で、図書室が出会いのきっかけとなるものがあった。それを思い出したからだ。


 物静かな女子には図書室が似合う。エンカウントする場所。……少しこじらせつつある気もするけど、行動することで人生は変わるものだ。新しい展開の扉がそこにあれば、僕は何枚でも開けていくつもりだ。


 図書館や書店にはまるで及ばないが、本棚がいくつも並んでいるこの場所は実に文化的だ。『図書室では静かに』というストレートな要求が書かれた紙が壁に貼られている。筆で書かれたシンプルなメッセージはインパクトがある。そのおかげかどうかはわからないけど、室内は驚くほど静かだ。昼休みに図書室を利用する生徒はやはり多くはなく、人影はまばらだ。


 なんとなく辺りを見回してから、ひとまず美術・デザインの棚を探す。せっかく来たのだから、文化祭の看板作りに使える資料を借りていこう。

 そしてこれはアリバイ作りにもなる。後で春樹あたりに「あんなとこに何しに行ってたんだよヤラシイやつめ」と、あらぬ嫌疑をかけられては面倒だ。あくまでも文化祭を成功させるために僕はここに来た。よし、完璧。


 高校の図書室など広さは高が知れている。目当ての棚を物色し、目ぼしい本を三冊持って読書テーブルに広げる。レタリングの本、レイアウトの本、そして効果的な広告についての本だ。

 まずは方向性を定めようと思って開いた広告についての本だけど、文章の多い内容に出鼻をくじかれる。正直なところもっと画像多めの直感的な本を期待していた。僕はメニューも立て看板も作ったことがない。果たしてうまく進められるのだろうか。


 腕組みをして唸っていると、向かいの席から視線を感じた。顔を上げるとそこに居たのは――眼鏡を掛けた女の子。少し癖のある黒髪を後ろで緩く束ねている。見覚えはない。独りで文庫を読んでいたようだが、たまたまこちらを見た瞬間に目が合ってしまったらしい。すぐに視線は外れた。


 昼休みに図書室で独り文庫本を読む女子高生。どんな子なのだろうか。さりげなく様子を伺ってみる。

 細い金属フレームの眼鏡。その奥の優しい瞳。長いまつ毛が印象的だ。髪の量が多いせいか少しモッサリして見えるが、それでいて清潔感がある。その姿はどこかアルマジロを想起させた。


 待て待て。これがまさか、求めていた新たな出会いってこと? 話しかけたりすべきなのだろうか。しかしそれじゃまるでナンパじゃないか。高校の図書室ですることじゃない。

 しばし逡巡(しゅんじゅん)していると、突然僕の肩に手が置かれた。


「早速お勉強してるのか。殊勝(しゅしょう)なことだ」


 その面倒くさい言い回しに、振り返るまでもなく正宗だとわかる。


「殊勝? 難しい単語をわざわざ使うなよ。高校生らしくないぞ」

「何言ってるんだ。日頃から色んな言葉を使わないと語彙(ごい)がとぼしくなるぞ」

「それは確かに」僕は苦笑いする。「言いたいことはわかるよ」

「今時の高校生は『やばい』『わかる』『ありえない』の三つで一週間は会話ができるからな」

「きっとイルカの方がボキャブラリー豊富だ」


 無駄に深刻な顔でくだらない会話をしながら、正宗は隣に座った。

 ふとさっきの女子を見ると、また一瞬目が合う。まずい、少しうるさかったかもしれない。


「正宗、向かいの席の女の子、知ってる?」


 声を潜めて耳打ちする。


「いや、わからないな。だって二年生だろ? ——青だぞ(・・・)

「上級生か。気付かなかった」

「イルカの話とかしてるからだ」


 僕らの高校では上履きのゴム部分の色で学年ごとのカラーが示されている。即ち、一年は緑。二年は青。三年は赤といった具合だ。

 向かいに座っているから見えなかったが、上履きの色が青だったらしい。


 部活に入っていない僕らにとって、上級生との繋がりは存在しないに等しい。教室は階が異なるし、イベントで競うことも無い。なにより歳が一つ違うということ自体が高校生にとっては大きな壁だったりする。


「本のラインナップを見るに、悠は看板作りの下調べか。偉いな」

「ある程度やることが決まっていた方がやりやすいからね。正宗は何しに来たの……って、愚問か。ラノベ借りに来たんだな」

「む、決めつけるのか? そんな雑でいいのか? 調べ物かも知れないというのに」

「わ、悪かったよ。何しにきたの?」

「ラノベ返しに来た」


 ほとんど同じだろうが。あきれたジェスチャーをしてみせる。

 すると、クスリと笑う声が確かに聞こえた。見ると、文庫本を持った眼鏡の女の子がこちらを見て笑っていた。その瞬間、直感した。話しかけるなら今だ。


「あの、うるさかったですよね。すいません、読書の邪魔をして」


 二年生の女の子は微笑んで首を横に振った。そのまま視線を落として読書に戻る。


「お、おいどうした。話しかけると思わなかったぞ。心臓ドキドキしたじゃないか」ボソボソと正宗が囁いてきた。

「状況を変えるには行動あるのみだよ。やるしかないって」

「やるってまさか——作ろうとしてるのか、彼女を」

「別にそこまでダイレクトじゃないけどな」


 僕だってドキドキしている。というかそもそも初対面のこの子に一目惚れしたわけでもないし。でも、自分の変わらない毎日をちょっと変えてみたくなった。まずは友達になれないだろうか。


「その本、何を読んでるんですか?」


 追撃。悪手か? 引かれたら引くつもりで。探りのジャブだ。

 彼女は少し意外そうに顔を上げると、メガネの位置を直してゆっくりと言った。


「これは推理小説。クイーンって知ってる? ロックバンドじゃない方の。あ、でもこんなのばかり読んでるわけじゃなくて。たまたま図書室でミステリを読みたい気分だったの」

「わかります。ありますよね。僕もこないだどうしてもお店でお好み焼きが食べたくなって食べた。あれは家じゃダメだった。多分絶対」

「それはちょっと、違う話かも」


 そう言いながらも笑ってくれている。愛想笑いだとしても引かれてはなさそうだ。よし、もう一歩踏み込もう。


「二年生ですよね。僕は一年の佐藤です」

「おい、一年だけで佐藤は五人いるだろうが。名乗るならフルネームにしとけよ」


 横から正宗が的確に突っ込む。ナイスサポート。


「確かに。佐藤悠です。悠。よろしく」

「私は来生(きすぎ)真帆(まほ)。来る、生きると書いてキスギ。二年に来生は私だけ。よろしくね」


 そういって彼女はクスリと笑った。優しい眼だな。キスギマホ、うん良い響き。などと考えていると正宗も流れに乗ってきた。


「俺は正宗。……樋野(ひの)正宗」

「お前、下の名前だけ先に言うのやめろよな。漫画のキャラみたいだ」

「そう! たったそれだけの工夫でかっこよくなるんだ。俺はこの名乗り方を一度やってみたかった」


 それを聞いてまた来生さんが笑う。

 感無量といった表情の正宗を放置して、来生さんを今一度観察してみる。

 制服の着こなしは控えめだ。学校指定のスカート。学校指定のリボン。派手な連中がやっている上履きへの落書きは見当たらない。


「来生さんのクラスは文化祭何やるんですか?」

「うちは綿あめ。青とピンクの二色だって。でもあんまり興味無い」

「そうなんですか? そんな可愛いスイーツ、いかにも女子が好きそうだけど」


 すると来生さんはパタンと文庫を閉じて立ち上がった。


「いかにも女子が好きそうなものって、あまり惹かれないんだ。それに私、友達居ないから」


 その言葉を待つようにして、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。立ち去っていく来生さんの背中は、どこか寂しげに見えた。


 失敗した、か。正宗が慰めるように僕の肩をポンと叩いて図書室を出て行った。

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