雪宮町の殺人
エピローグ
今夜は満月のはずだけど、あいにくの曇り空で月は見えない。もっとも、今の私に月を愛でる余裕があるわけじゃないけれど。
最近ずっと偏頭痛がする。元カレからしつこいメッセージと留守電。高校生の頃は年上の先生がカッコよく見えた。でもそれは幻想だったって、社会に出てからやっと気付いた。ただそれだけのことなのに、あいつにはわかってもらえない。
コツコツと響く自分のハイヒールの靴音さえうっとうしい。この痛みが和らぐのは、春樹くんと一緒に居る時だけだ。
もちろんわかってる。五つも年下の、まだ少年みたいな男の子とどうにかなろうなんて思わない。あいつが私にしたのと同じことは——絶対にしない。
だけど、それでも。春樹くんと一緒に街を歩いて、食事をして、映画の話をしてる時、世界がとても綺麗に見える。頭の痛みがどこかへ消える。
こんな関係、都合が良すぎる。春樹くんが嫌がってないからって自分に言い聞かせてるけど、きっと彼の自由を、未来を奪ってる。本当なら同じくらいの歳の子と恋をして、青春を楽しむべきで、私との関係はいつか負担になる。だから、私は春樹くんを解放しなきゃいけない。
でも、もうちょっとだけ、この関係の心地よさにすがりたい。せめてこの痛みがなくなるまで。
商店街を抜けて路地裏に入る。この道は暗くて人通りも少ないから、夜遅くに通るのはいつもちょっと怖い。——別に治安が悪いわけじゃないのだけど。
ふと、視界の端で何かが光った気がした。ミラーか何かが反射したのかもしれない。立ち止まって確認してみたけど、何も見えなかった。
「気のせい、か」
そう呟いた時、突然後ろから羽交い締めにされた。声を出そうとした時には遅かった。胸に激痛が走って、頭の奥が急激に冷たくなるのを感じた。痛い。身体がしびれていく。
叫び声が聴こえた気がする。私の声なのか、それとも犬の遠吠えだったのか、それもよくわからない。
いつの間にか月が出てる。私、倒れてるの? 身体が動かない。
刺されたんだ。あいつに。どうしてこんなことになったんだろう。私が悪かったの?
痛いよ。寒いよ。暗いよ。
怖いよ。春樹くん。
——春樹くん。
終
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