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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第二章
23/24

残響

 ◆


 真帆さんと別れてから、僕は市内の病院へ向かった。春樹は来なくていいと言ってたけど、どうしても今日のうちに見舞いをしたかった。


 受付で案内された病室の入り口に〈八潮春樹〉と書かれてることを確認して入室する。


「八潮春樹くーん。生きてますかー?」

「生きてるよ。不謹慎な奴だな。サティ、なんだよ来てくれたのか」


 入院患者らしくブルーの病衣を来て横になっている。片手に読んでいたらしい文庫本を持っている。


「身体を起こすと傷が痛むんで、寝たまま話すぜ。悪いけど近くに来てくれ」


 そう言って春樹は本を横に置いた。

 僕はベッド脇に備えられた丸椅子に腰かけて、部屋をぐるりと見回した。他のベッドはカーテンが開いていて、誰も居ない。


「四人部屋なのに、春樹一人しかいない」

「ああ、昨日は三人いたけど一人は昼間退院した。あと一人はしょっちゅうリハビリとかでいなくなる」

「そっか。怪我は大丈夫?」

「すげえ痛い。でもまあ後遺症が残るわけでもないみたいだし、不幸中の幸いってところか。——サティ、昨日はさすがの瞬発力だったな」


 そう言って春樹はニヤリと笑う。今日は髪の毛を逆立てていないので、いつもよりも大人しく見える。


「あの時は春樹を見捨てたわけじゃなかったからね? わかってると思うけどさ」

「ああ、わかってる。危ない賭けだったけどな。マジで助かったよ」


 朝比奈が挑発に乗ってこない可能性もあった。廊下で僕が追いつかれる可能性も。すべて完璧な選択肢なんて、現実には思いつかないことがほとんどだ。その中で少しでも良いものを選んでいくしかない。


 カチカチと秒針を刻む音がする。

 当たり前だけど、病室は静かだなと思う。図書室とどちらが静かだろう。


「そういえば、朝比奈の名前、(きよし)っていうんだよね。今まで忘れてたけど」

「なんだそりゃ、あいつのどこが清いんだよ。朝比奈の親はネコにアルジャーノンって名前をつけたようなもんだな」

「わかりにくいたとえだよ、それ。でも名は体を表す、なんて言葉が当てはまるのはマンガとプロレスだけだよね」


 ベッドサイドのキャビネットに乗っている時計を見ると、午後六時を過ぎたところだ。もう外はだいぶ暗くなっている。


「……春樹、その、香織さんのこと——本当になんて言っていいか」

「そうだな。怪我よりも何よりも、正直それが一番ダメージでかいぜ」春樹はそう言って病室の天井を見た。


 朝比奈が逮捕されて万事解決というわけじゃない。とりかえしのつかない大きな犠牲。亡くなった人は帰らない。

 春樹が受けた傷は肉体だけじゃない。心も深くえぐられているはずだった。


「サティ、俺はさ——多分香織さんのことが好きだったよ。会社の悩みを聞くのも、新しいお菓子の感想を言い合うのも、公園のガゼボで雨宿りして映画の話をするのも。全部……好きだったよ」


 春樹のザラついた声に嗚咽が混じる。僕は窓の外に目を向けた。


「そうだね。春樹がそこまで想うなら、きっと素敵な人だったんだろうね」

「前に付き合ってた男から復縁を迫られてるって話は少し聞いてたんだ」

「その相手が——朝比奈?」

「多分な。俺と出会う前からあいつはとっくに振られてたんだ。なのに付きまとった挙句に……香織さんを……。嫌な奴なら俺がぶっ飛ばしてやりますよって、言ったんだよ。そしたら香織さん、ありがとう、頼りにしてるけど、危ないことはしないでねって……。俺は、何も出来なかった。守れなかった……」


 春樹と香織さんが築いてきた関係の、ほんの一端しか僕は知らない。それでも朝比奈への怒りと、春樹に対する同情と、そして会ったことのない香織さんを悼む気持ちで心が張り裂けそうだった。


 春樹は強い。この辺りの高校生で春樹に勝てる奴は居ないかもしれない。でもその強さがあるからこそ、今は余計に自分の無力さを感じているのかもしれない。


「春樹のせいじゃない。そんなふうに落ち込むのは香織さんもきっと望んでない。——だろ?」


 この世の中には自分のことしか考えられないやつが多すぎる。朝比奈に少しでも相手を思いやる心があったなら、こんな悲劇は起きなかったはずだ。


 春樹はひとしきり涙を流すと、「よし!」と気合いを入れて身体を起こした。


「おい大丈夫なのか。傷に障るぞ」

「俺を誰だと思ってんだよサティ。全然大丈夫だぜ。まあ最後はオイシイとこをお前に持ってかれたけどな、昼間カフカをぶっ倒して藍澤を救ったのは俺なわけだ。こんだけ活躍してりゃ、香織さんもきっと褒めてくれる」

「……そうだね、その方が春樹らしいよ」


 今は空元気かもしれないが、春樹はきっと立ち直るだろう。心の傷が癒えるまではみんなで支えればいい。僕はそう思った。



 病院のエントランスから出て携帯を見ると真帆さんからメッセージが届いていた。


『実は文化祭の日が来るのが少し憂鬱だったけど、きみのおかげで楽しい一日になりました。ありがとう』


 相変わらず絵文字の一つもないシンプルなメッセージだ。なのにこんなにも心があたたかくなるのは何故なんだろう。


 この数日間、本当に色んなことがあった。そしてその残響は今も僕らの心を揺さぶっている。様々な感情を整理し切れずに、僕は少し笑って——そして少しだけ泣いた。

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