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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第二章
22/24

文化祭

 ◆


 明くる日。


 悪夢のようなトラブルを潜り抜けて、文化祭は無事に開催された。事件のあった校内は現場検証がされたが、犯人が現行犯逮捕されていることもあり、夜の内に立入禁止は解除されたそうだ。


 自校の教員が逮捕された翌日に文化祭を開催すべきかどうか。おそらくそれは学校側も悩んだことだろう。しかし楽しみにしていた生徒たちには何の落ち度もなく、中止するべきではないという意見が最終的に多数を占めたらしい。英断だ。



「本当に大変な一日だった」


 校内の喧騒を避けて、僕は真帆さんと中庭に来ていた。ここには出店もないので、お祭り騒ぎから見逃されたように静かな一角だ。


 少し気恥ずかしかったので、自分のクラスへ案内するのはやめておいた。みんなで作った作品は今頃しっかり役に立ってるはずだ。


 ちなみに立て看板は慌てた誰かが乱暴に倒したせいで接合部分が壊れていたが、事情を知った向井先生が丁寧に修復してくれたおかげで、むしろ直す前よりクォリティが上がっていた。朝比奈を始末してもらったことといい、重ね重ね頭が上がらない。


「そうだね。でも友達が助かったのは悠くんの機転のおかげだと思う。お疲れさまでした」


 出店で買ったポッキーを一本差し出して、真帆さんがねぎらってくれる。口で受けようかと一瞬思ったけど、さすがにその勇気はないので手で受け取る。


 昨日と同じ東屋(あずまや)のベンチ。そこに腰かけて僕らはまったりとした時間を過ごしていた。ここで昨日起きたことを思うと恐ろしいまでのギャップを感じるが、憩いの場として使われる今の姿こそが、この場所の本来あるべき姿のはずだ。


「ありがとうございます。真帆さんがそう言ってくれると頑張った甲斐があります」

「えらいえらい」


 そう言って笑う真帆さんはとてもあたたかくて、この人と友達になって本当に良かったと思える。優しい人だ。



 春樹からは朝のうちに連絡が来ていた。曰く『俺のことは気にせず文化祭をまっとうしろ。高一の文化祭は一度だけだ』とのことで、僕はそれに感謝のスタンプで応えた。


 由香里と正宗、そして平山は三人で文化祭を回るはずだったが、あろうことか平山が朝から高熱を出して急遽欠席。前日から継続して正宗が由香里をエスコートする不測の事態となった。


「おかしい、どうしてこうなった」と繰り返す正宗に、「ぶつぶつ文句言わないでよ。とりあえず映研の自主制作映画は外せないからね」と由香里が完全に主導権をにぎっている。平山には悪いが、春樹の言う通りこの二人は意外と噛み合うんじゃないかという気がしてきた。


「元気に見えるけど、由香里はまだ精神的に参ってるはずだ。今日ぐらいはケンカしないで接待してやれよ」と伝えると、正宗は渋々受け入れた。正宗も根は優しい男なので、きっとうまくやるはずだ。



「そういえば真帆さんは昨日、技術工作室で何してたんですか? まさか居ると思ってなかったからビックリしました」

「ああ、そのことね。——知りたい?」


 真帆さんは少し意地悪な笑みを浮かべている。なんだ? ここでワンクッションあると思ってなかったのでドキリとする。


「うーん、綿あめ屋さんで使う割りばしを作ってたとか? ——んなわけないか。だめだ、全然わからない。もったいぶらないで教えてくださいよ先輩。いいでしょ?」

「ふふ、いいよ。実はね——おじいちゃんに用があって」

「え? おじいちゃん?」


 向井先生のことをそんな呼び方してるギャル系の生徒が何人か居る。しかしそれを真帆さんが言うと違和感がある。


「うん、おじいちゃんなの、向井先生って。私のお母さんのお父さん。わかる?」


 苦笑いしながらそう説明する真帆さんをぽかんと眺めて、遅れて理解する。


「えええ! 向井先生の孫なの?」

「うん。でもそこまで驚かなくてもいいのに。別に教員に親族が居ちゃいけないわけじゃないよ」

「そりゃそうだけど、ビックリした……。へえ、そうだったんだ」

「用事っていうのは買い物のことで、別に大したことじゃなかったんだけどね。それで、きみは病院に付き添って行ったでしょ。私は警察の人に事情を説明した後おじいちゃんと家に帰ったんだけど、おじいちゃん複雑そうだったよ。佐藤くんは勇敢で良い子みたいだが、一体何故あんなものを持ってたんだってね。私、答えられなかった」

「ああ、その——色々あって。そ、それより! こないだ借りた本だけど、少しずつ読み進めてるよ。面白そうです」

「そ、そう? それはよかった。ちゃんと最後まで読んだら感想聞かせてね」


 ごまかそうとして強引な話の変え方をしてしまった。真帆さんが少し引いている気がする。

 あんなもの——特殊警棒のことは説明できない。なんで持ってたか? そりゃ疑問だろうな。僕だって不思議だ。一体何故あんな物を持ち歩いてたのか。しかし経緯を話せばカフカのことまで紐づいてしまう。真帆さんには教えられない。

 でもあれがかばんに入ってたから〝煉獄〟向井は殺人犯相手に無双できた。結果的には平山に感謝しないといけない。


「そうだ、真帆さん。今度僕の友達を紹介してもいい? みんないい奴だからきっと気にいると思うよ」


 会ったことがあるのは正宗だけだ。特に由香里は女子同士仲良くなれるかも、と思いついたのだけど——


「それは、君たちの仲間に入れてくれるってことかな。……気持ちはありがたいけど、私は二年だからね。一人で一年生のグループには入れないよ。多分、悠くんの友達っていう立場で居る方が自然だし、私も気が楽かな」

「そうですよね。すみません、押し付けがましいこと言って」

「こちらこそごめんね。私の気が向いたら、いずれそういうのも悪くないかもね。でも今はまだ、心の余裕が足りないみたいです」


 真帆さんは、心に傷を負っている。いくら癒されたとしても、その全てが元どおりになることはないのかもしれない。僕だけでもこうして同じ時間を過ごせることを感謝すべきかもしれないと思う。


「悠くん、これ見て。手作りドーナツだって。食べに行かない?」


 文化祭の案内冊子を広げて真帆さんが目を輝かせる。


「いいですね。僕、ドーナツには目がないんですよ」


 ストロベリーリングは売ってないだろうけど、真帆さんとなら何でもきっと美味しい。そんな気がした。でも、そういえば——


「あれ、女の子が好きそうなものは興味ないんじゃなかったっけ?」

「うん。女の子らしくするのも悪くないかなって。最近はそんな気になってるの。——なんでだろうね?」


 そう言った真帆さんの目は魅力的で、僕は何故か恥ずかしくなってしまって答えられなかった。高校生の一年差は大きい。真帆さんの方が何枚も上手(うわて)だ。


 そんな風にして、初めて女子と二人で過ごす文化祭は無事に終了した。もちろん僕たちは恋人同士ではないので手を繋いだりはしていないけど、それでも最高の時間だったと僕は思う。

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