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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第二章
15/24

ゴキブリを殺す時に苦しまない方法を考える必要はない

 ◆


 それから二日。結論からいうと、由香里はストーカーと会う約束を取りつけた。ゆっくりと、慎重に、そして確実に。ライオンが狩りをするように、由香里は相手を巧みに籠絡(ろうらく)してみせた。


「もともと相手が由香里に気があったとはいえ、よく上手くいったよね」

「悠はお子ちゃまね。あたしの手練手管(てれんてくだ)にかかれば訳ないわ」


 助けを求めてたくせにいつの間にか偉そうにしてる。まったく呆れた奴だけど、今の方が由香里らしくて良いと思える。友人が落ち込んでるのは見たくない。



「へぇ、ストーカーも間抜けな奴だな。どんな殺し文句に誘われたんだ?」

「細かいやり取りは見せてくれなかったけどね。相手も積極的な返事が来て驚いたんじゃない? 追いかけられるうちに気になってきたとか、ストックホルム症候群がどうとか。最終的にはスカートをいつもより短く巻き上げた写真で蹴りをつけたみたい」

「笑えるなそりゃ。でも元々性欲丸出しの男子高校生だしな。うまく弱点突いたもんだ」


 その夜僕は電話で春樹に事の推移を報告していた。電話と言っても、メッセージアプリの音声通話機能なので料金は掛からない。昔は電話するのに分刻みで金を取られていたというから驚きだ。そんなシステムだと料金が気になって会話にならないんじゃないか。


「で、会うのは文化祭前日の準備日か。きっちり話つけてやるから任せとけ」


 にひひ、と春樹が笑った。春樹がきっちり話をつける場合、暴力もいとわない。改めてこいつが敵じゃなくて良かった。


「それで実は、春樹にお願いがあるんだ」


 僕はストーカーと話をつける上での懸念を説明し、それをクリアする為に必要な作業(・・)について話した。


「なるほどな。確かに保険は必要だ。どんだけ痛い思いしたところで、そいつが反省する保証なんてないからな。しかし……えげつないこと考えるねえ」

「由香里は仲間だよ。仲間をあんな方法で苦しめるやつはどうなってもいい」


 僕は本心からそう言った。ゴキブリを殺す時に苦しまない方法を考える必要はない。求められるのは確実性だ。


「それはそうと今日はどこ行ってたの? ストーカー野郎がいつ現れるかわからないし、なるべく学校には居てほしいんだけど」

「いや、ちっとな。んん……でもサティには言ってもいいか」

「秘密の理由か? もちろんバラしたりしないよ。口の固さなら自信がある」


 恋話を引き出せるかと思って軽く水を向けたのだけど、春樹が話し始めたのは想像以上に重い話だった。


「実はその、ウチのばあちゃんそろそろヤバくてよ。自宅で介護してたんだけど、ウチは親が離婚してるから、お袋もばあちゃんの面倒見てばかりいられないわけだ。何しろお袋が家計を支えてるからな。

 本当は入院しちゃった方がいいんだけど、機械に生かされるくらいなら畳で死ぬってのがばあちゃんのポリシーなんだよ。

 ってわけで、昨日みたいに調子が悪い日は俺がウチで様子を見てたんだ」

「…………!」


 親が離婚してることぐらいは聞いたことがあったけど、最近学校に来ない理由がまさかそんなことだったとは。てっきり香織さんとイチャイチャしてるんだと思っていた自分が恥ずかしい。僕はすぐに言葉を返せなかった。


「そんな事情があったなんて全然知らなかった。苦労してたんだな、春樹」

「苦労っつーか、そういう家ってだけだぜ。どうしても同情したいなら、今度坦々麺おごってくれ」


 ジョークを飛ばす余裕もある。タフな男だ。

 真帆さんといい春樹といい、家庭環境は様々だ。これを不幸と言い切るのもまた違うのかもしれないけど、両親の夫婦仲が良好らしい我が家に何の不満があるのか。平凡過ぎると嘆いていた自分が恥ずかしく感じる。僕はもう少し大人になった方がいいのかもしれない。


「悪かったね。そういうことならおばあさんを優先した方がいいと思う」

「ああ。もちろんストーカーを叩く時は俺も行く。それは約束するぜ」

「ありがとう。決戦は文化祭前日だ。由香里を救おう。大丈夫だと思うけど、用心してよ春樹」

「安心しろよ。この学校に俺より強い奴はいねえから」

「それは相手が素手の場合だろ。ナイフとかスタンガンとか、変なもん持ってたらどうすんだよ」

「なるほど、その手があったか。怖いこと考えるね、サティ。でもま、なんとかなるだろ」


 笑っている。楽観的というより、圧倒的な自信の表れだ。ここまで余裕を見せられると、いっそ頼りがいがあると感じる。



 春樹との通話を切ると、僕は冷蔵庫から取り出したコーラをグラスに注いで飲んだ。家族共有の大型ボトル。炭酸が少し抜けて飲みやすい。開栓したばかりの強過ぎる炭酸は苦手だ。少しでも痛みの少ない人生を送りたい。


「そのくせ刺激を求めてるのは、矛盾だなぁ」


 自嘲を込めて呟いた。でもきっと誰だって矛盾を抱えて生きてる。自分の気持ちすら上手く理解できないのが人間だ。



 不意にスマホが振動してメッセージを受信した。


『遅くにごめんね。昼間言えばよかったんだけど、直接言いづらくて。文化祭、よかったら一緒に回らない?』


 真帆さんからの嬉しいお誘いだ。即答したいところだけど、文化祭当日どう過ごせるかは前日の首尾による。うまく片付けばよし、ダメなら引き続き由香里の警護が必要になるかもしれない。


 ストーカーのことは真帆さんには話していなかった。由香里の秘密に関わることだし、何より話したら計画を止められるような気がしたからだ。「危ない真似はしないで大人に相談するべきだ」と言われることが嫌だった。僕らはこの問題をグループ内で解決したかったし、それが難しいことじゃないと考えていた。真帆さんを巻き込む必要はない。


『あ、やっぱり樋野君とかと行動するのかな。だったら無理しないで大丈夫だよ』


 既読から返事が無かったからか、真帆さんがメッセージを続けてきた。相手の表情が見えないと、なんでもない間が不安をあおることもある。


 作戦は上手くいくに決まってる。それ以外の可能性は必要ない。逡巡して、僕は結局こう返した。


『僕から誘おうと思っていたところですよー。よろしくです!』


 メッセージだとつい『!』や『ー』を多用するくせがある。こうしないと真顔で話しているように見えるんじゃないかと気になってしまうのだ。ちなみに絵文字は選ぶのが面倒であまり使いたいと思えない。


『よかった。じゃあ当日連絡するね。楽しみにしてる』


 一方真帆さんの文は実に落ち着いている。それでも彼女の優しい笑顔が浮かんでくるのは何故なのか。ただただ不思議だなと僕は思う。

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