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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第二章
14/24

反撃

 ◆


 正宗の話によると、僕が教室を後にしてしばらくしてから由香里のツイッターにDMが届いた。学校に居る時間帯にメッセージが来たのは初めてだという。


『文化祭、君のクラスはカフェか。今から楽しみだ』


 教室に残っているのは由香里、平山、正宗、そして僕の四人。それぞれメッセージを回し読みして黙り込む。窓に当たる雨音がうっとうしい。


「客に紛れて会いに来るつもりか。こいつ、いよいよ画像見てるだけじゃ我慢できなくなってきたんじゃないのか」

「だろうな」沈黙を破った僕に正宗が同意する。「ふん、ストーカーにありがちな心理だ。追いかけているだけの現状に不満を感じて、自分を認知して欲しくなる。そしてアピールし始める」

「それは犯罪心理学の本にでも書いてあったの?」


 正宗を揶揄(やゆ)するように由香里が言ったが、その眼は真剣だ。


「いや、声優ファンとしての俺の心理だ。まぁストーカーの心理も大して変わらんだろう」

「ちょっと、雑な分析しないでよね……信じちゃったじゃない」


 由香里が正宗の背中をはたく。


「だけど由香里はウェイトレスをするわけじゃないから、どのみちこいつは空回りだね」

「そうだな、俺たちは看板とメニュー作成で、当日の店番は免除されてる」


 背中をさすりながら、正宗が僕の言葉に返す。


「となると犯人は別のクラスか」


 空回りならこのメッセージもスルーしていいのだろうか。いや——


「反応したら相手が喜ぶだけだよ。無視した方がいいんじゃないかな」


 さっきから泣きそうな顔をしていた平山が口を開いた。

 心配なのはわかるけど、お前がこういう時にしっかりしなくてどうする。心の中で突っ込んでから僕は言った。


「——いや、無視するのはまずい。相手はすでにこっちの弱みを握ってるんだ。動画をばら撒かれたら元も子もない」


 守りに徹して長期戦になるのは由香里の精神的な負担も大きい。短期決戦に持ち込むべきだ。


 「こいつの行為はエスカレートしてる。それならいっそ積極的にレスして、犯人をおびき出さないか?」

「おい、どういうことだよ。おびき出して叩きのめすってことか?」


 正宗の疑問に、僕は考えながら答える。


「もちろん暴力は最終手段だけどさ。敵の姿が見えないから怖いってのは大きいと思うんだよね。そいつの顔が見えちゃえば、何とかなると思わない? ——もちろん由香里がイヤなら別な手を考えるけど」そう言って由香里の表情をうかがう。

「おびき出す、か」いつの間にか由香里はいつもの勝気な笑みを取り戻している。「それってレシピ無しでブッシュドノエル作るのとどっちが難しい?」


 正宗が「フッ」と不敵に笑う。

 僕もまた、口の端をニヤリと持ち上げた。「OK、反撃だ」


 警察なんかに頼らなくてもみんなで立ち向かえば仲間一人守ることぐらいできる。由香里に手を出したことを後悔させてやる。僕ら全員の心に火がついた。ブッシュドノエルが何なのかは後で真帆さんに訊こうと思う。



「つまり、ちょっと乗り気な感じで返事して、最終的に会う方向に持っていくわけよね」

「うん、やってみてよ。そういうの得意でしょ?」

「ちょっと悠、私のこと何か誤解してない? でも得意か苦手かで言えば——得意かも。やってみる」


 スマホを手に持った由香里がいそいそとメッセージを打ち始める。


「藍澤、あまり刺激的すぎるのはやめとけよ。釣り針がデカ過ぎると獲物はかからない」

「わかってるわよ。……ねえ、おびき出した後のことだけど」由香里が髪をかきあげて眉をひそめる。「まずは話をつけるわけよね。迷惑だからやめて。動画も消してって。でも、仮にその場でスマホから消してもコピーがあるかもしれないし、あたしとしては不安が残る」

「やっぱり春樹にシメてもらったらどうだ? 痛い思いをすれば大人しくなるんじゃないか」正宗がさらりと怖いことを言う。

「あたしも八潮にメシアのカタキを討ってもらうつもりだった。でも、暴力振るわれたとか被害者面して周りを巻き込んできたら、余計面倒なことにならない?」


 それについては僕も懸念していた。本人が「反省した、悔い改めた」と言っても、何の保証にもならない。


「僕も考えてみたけど、まず性善説に頼るのはリスクが大きいよね。反省したフリを確実に見抜く術はない。だから、今後二度とこいつらに関わりたくないって思わせるのが良いと思う」

「だから、それは、どうやって?」


 由香里の目は真剣だ。自分の未来がそこにかかってる。そりゃ必死にもなるだろう。僕もそれに応えるべく、真剣に考える。


「相手の弱みをにぎる。そして『バラされたくなければ由香里に関わるな』って脅す」

「……脅迫し返すわけか。お前も存外、考えが冷酷だな」僕の言葉に正宗が反応する。「だがそんな都合よく弱みをにぎれるのか? 相手が誰かを探って、そいつの秘密まで嗅ぎつけるなんて。やつと対面するまでにできるはずがないだろ」

「すでにある弱点を探るのは無理があるね。でも、新しい弱みを作り出すことならできるかもしれない」

「えっと、それってどういうこと……?」理解できない様子で由香里が腕組みする。

「その辺は、春樹と相談してうまくやる。実はあんまりキレイな方法が思いつかなくて。できれば知らずにいてほしい」


 案の定、三人は不安げな表情をしている。そりゃそうだ。恋人とのデートじゃあるまいし、作戦の肝心なところは内緒って言われて安心できるやつは居ない。


「さ、佐藤君、そんなのないでしょ。藍澤さんの安全がかかってるんだよ? 作戦があるなら——ここで全部説明するべきだよ!」


 平山がいつになく興奮して身を乗り出してきた。普段大人しいやつが荒れると少し怖い。


「落ち着け平山。悠は藍澤や俺たちに気をつかってそう言ってるんだ。汚れ役をやろうとしてる。無意味に隠してるわけじゃない。話の意図を理解しろよ」


 正宗のフォローが入り、平山は困ったような顔をする。正宗は付き合いが長いだけあって、こういう時に頼りになる。


「悠が任せろって言うなら、あたしはそれで構わない。八潮も協力してくれるなら尚更ね。平山もありがとう。でも大丈夫だから」

「藍澤さん……。藍澤さんがそう言うなら。でも佐藤くん、絶対に大丈夫なんだろうね?」


 絶対なんてものはない。そう思ったけど、火に油を注ぐ必要もない。僕は自信たっぷりに見えるよう眼と腹に力を入れて「勝算はある」と言った。

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