ストーカー
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いつの間にか僕らのホームグラウンドと化したミスドはそこそこ席数に余裕があり、座れなかったということがあまりない。その日も僕らは上手くソファー席を確保することができた。
新商品に惹かれつつも、いつも通りのストロベリーリングとコーヒーを買って席につく。これはもうキャラ作りの一環のようなものだ。安易に別なものを買えなくなってしまった気がする。
「さて、早速本題に入ろうぜ」
「って、どうして八潮が仕切ってるのよ」
「理由が必要か? 別に誰がやっても構わないんだけどな。じゃあヒラリー、お前やるか?」
突然振られて慌てた平山は「いやいやいや、八潮くんお願いするよ」と、あっさり権利を放棄する。
「な? こうなるんだって」
「……わかった、じゃあいい、それで」と言って軽くため息をつく。「確かに今、問題を抱えてるの。そして正直に言って——助けが必要」
由香里は紅茶に口をつけると、スマホを取り出した。いくつか操作した後に、本体をテーブルに置いてみせる。
「これ」
僕らは顔を見合わせてから、四人で同時に画面を覗き込んだ。
表示されていたのはツイッターらしき画面だ。画像が貼られている。少し遠いけど、写っているのは、制服姿の由香里だ。
「隠し撮り……かな。これは一体?」
「DMで送られてきたの」
「あぁ、SNSってやつか。俺そういうの疎いんだけど、マサムネくん説明してくれない?」春樹がヘルプを求める。
「DMって、ツイッターのか? ダイレクトメッセージ——簡単に言うと、どこかの誰かが藍澤に直接連絡してきてるんだよ。他の奴には見えない形でな。藍澤、そいつリアルの知り合いなのか?」
「ううん、知らない人」
「え、でもこれ写ってるの、由香里だよね……?」
知らない人間がどうして由香里の画像を……そう思った瞬間、寒気がした。ネット上の、年齢も性別もわからない謎の人物が、由香里の写真を撮っている。
「これってまさか……ストーカー?」驚きの余り、僕の声はうわずっていた。
由香里は認めたくないというように、ためらいながら頷いた。「アカウント名はナナシ。多分捨てアカ。フォローしてるのはあたしだけ。それと、これも見て」と言って由香里は別の画面を開いた。再び男四人で覗き込む。
ディスプレイに映っているのは、キーホルダーの画像だ。ブルーグレイの猫のようなキャラクターが招き猫のようなポーズを取っている。それを見て、見覚えがあると思ったが、いつどこで見たかはっきりしない。
「それ、メシア!」平山が小さく叫んだ。
「メシアって——そうか! 由香里のカバンに付いてたキーホルダー」
由香里がなくしたと言っていた。それをたまたま拾ったのか、それとも盗んだのか。どちらにしても、まさかストーカーの手に渡っていたとは。犯人が想像以上にそばに居るように感じて鳥肌が立つ。
平山は泣きそうな顔で由香里を見ている。そりゃそうだ、好きな女にストーカーが居たら、ショックもでかい。
正宗は腕組みをして画像を注視している。何かそこにヒントがあると期待しているかのようだ。
ズルズルと音がしたので見ると、春樹が坦々麺をすすっている。昼食も済んでいるというのに凄いものを食べてる。
「でも……なんで……?」平山が声を絞り出す。
ネット上だけで粘着するタイプのストーカーも世の中には存在するが、これは違う。SNSを利用した、現実のストーカーだ。
由香里は再度紅茶を一口飲んでから、頭痛に苦しむように眉をしかめて話し始めた。
「ネットゲームってさ、ジャンルにもよるけど、基本的には男の子ばっかりでしょ。女子ってだけですごく優遇されるわけ」
「なんの話だ?」と正宗。
「まぁ聞こうぜ」と春樹。
「レアなアイテムくれるおっさんとかもいるから、私も自分が女だってことぐらいはわかるようにしてたのね。でも知っての通り、あたしそんなに女らしくもないから。ホントは男じゃないかって疑う人も出てきてね」
「女のフリするやつなんて居るのか?」
「画面越しには相手の顔見えないからね。だまして遊ぶやつが居てもおかしくない」春樹の問いに僕が答える。
「なるほど。続けて」
由香里は思考を整理したのか、それとも打ち明けることをためらったのか、数秒置いてから一気に説明した。
「例えばボイスチャットするだけでも女だって証明出来たかもしれない。でもそこでちょっと欲が出たのよね。ここであたしが現役女子高生ゲーマーっていう情報を出せば、さらにチヤホヤされるんじゃないかって、そう思ったの」
ゲームのことはピンとこないけど、チヤホヤされたい気持ちはよくわかる。そして女子高生というステータスが一部でブランドのような価値を持っていることも、それが良いかどうかは別にして理解している。
「深夜のテンションって本当怖いんだけど、わざわざ制服着て、動画を撮ってアップしたの。当然、顔は写してない。ゲームのキャラクターネームを名乗って、ネカマ疑惑晴れた? とか、こないだの戦争やばかったよね、とか他愛のない話をして。ユーチューバーとかがやってるような感じ。……少し、媚びてたかもだけど」
絵面を想像してなんとも言えない気持ちになる。画面の向こうのおじさん達はさぞかし喜んだことだろう。由香里は媚びたりするのは嫌いな性格だと思ってたけど、人間誰しも人に見せない側面があるものだ。ネットでそれが発現することは不思議じゃない。
「藍澤お前……ネットリテラシーなさすぎるだろう。制服から学校がバレることだってあるのに」正宗の顔に呆れが浮かんでいる。
「今となっては反省してるし後悔してる! ……顔出さなければ大丈夫だと思ったのよ。すぐ消すつもりだったし。実際、何人かは純粋に好意的な反応をしてくれた。そんな風に色んな人から褒められることってなかったから、悪い気はしなくて。不定期に何度か同じようなことしてたの」
承認欲求が満たされる喜びだろうか。僕にもその気持ちは分からなくもない。
「たまにおかしいやつからセクハラみたいなメッセージも届いたけど、そんなのはスルー&ブロック。楽しい方が遥かに大きかった。だけど昨日——」
由香里の目が少し潤んでいる。滅多に人に見せないその表情に、心がズキっと痛む。
「さっきの写真付きメッセージが届いたってわけか」正宗がほほを掻く。
「それだけじゃないの。あたしがほんの一時間公開してた動画。そのデータを保存されてたの」
なるほど、制服で媚びた喋りのムービー。顔が写ってなくても周りの人には知られたくないだろう。
「それって、どのくらいヤバいの? 別に顔が写ってなければ、知らぬ存ぜぬで通せないかな」
僕の提案は残念ながら由香里の意にそぐわなかったらしい。
「結局周りにアレをバラされたら最悪。キャラ違いすぎて死ぬ。もう学校行けない。あたしを知ってる人には誰にも見られたくない」
「誰にも?」
「そう。それが今みんなに動画を見せられない理由でもある」
「まさかそいつ」春樹が由香里に視線を送る。「動画をネタに何か要求してきてるのか?」
由香里の表情が答えになっていた。
「そうよ。バラされたくなかったら写真を送れって」
「写真って、つまり」平山は口をぱくぱくさせる。
「エロい写真か」正宗が引き継いで言った。
由香里は泣きそうな顔で頷いた。




