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残響リヴァーバレイション  作者: 齋藤睦月
第一章
10/24

綱渡りのエブリデイ

 ◆


 屋上には少し肌寒い風が吹いている。あの日のことをダイジェストで思い出してから、はてと首をひねった。


「ねえ春樹、僕の瞬発力って、どのこと言ってるの?」

「そりゃお前、先生ー、カツアゲされるー! ってやつだよ。思いついても出来ないよ、あんな作戦」

「褒めてないだろそれ! 大失敗したし。どう考えてもあの日のヒーローはお前だろ」

「いや、俺は自分が強いこと知ってたし。でもサティはそうじゃないだろ。なのに由香里を助けようと頑張ってた。それって計算する前に動いてたってことだと思うんだよな。そこがお前の凄いところだ」


 本気で言ってるんだろうか。しかし春樹にそう言われると、なんの特徴もないと思っていた自分を少し好きになれそうな気がしてくるから不思議だ。


「俺がその場に居なかったのが心底悔やまれるな。くっ、このチカラを開放していれば」正宗は左手で右腕をつかんで何か言っている。



「でも真帆さんのことじゃないとしたら、年上が好きかなんてどうして聞いたの?」

「ん、ああ、それな。いや、実はさ……俺最近、年上の女の人と仲良くなってて」

「ええっ!」正宗とユニゾンで叫ぶ。

「春樹も? 二年生?」

「いや、っていうか……OL?」

「なにー!」再び正宗とハモる。


 オーエル。オフィスレディ。それってつまり、社会人のお姉さんと仲良くなったってこと?


「春樹……前からぶっ飛んでる奴だとは思ってたが、やることが本当に普通じゃないな」


 正宗がポジティブなのかネガティブなのかよくわからない感想を述べる。


「仲良くなったって……春樹、それは彼女ってこと?」

「彼女じゃねぇよ。でも、ああいう人と付き合えたら楽しいだろうな」


 春樹も僕も、まだ高一だ。相手が二十歳を超えてたとしたら、性的行為をした時点で淫行条例に引っかかる。


「確かにそんな大人の女性と付き合ってしまったら、自分を抑えるのはしんどいだろうな。綱渡りのエブリデイだ」正宗がうんうんとうなずく。

「いいなぁ、大人の女性。言わなくてもわかると思うけど、年上の女性は僕も嫌いじゃないよ。それにしても——どうやって知り合ったの?」

「俺もそれを知りたい」正宗の目が、マジだ。


 春樹は食後のお茶をごくりと飲んでから、ゆっくりと立ち上がった。


「そう、あれはある夏の午後。何日もずっとうだるような暑さが続いていたが、その日は久しぶりにどこか涼しげな風が吹いていた」

「待て待て待て。なんだその面倒くさい導入は。これからフィクションが始まるぞと言わんばかりじゃないか」


 正宗のツッコミに激しく首肯する。またいつもの無意味な嘘が始まったらかなわない。


「嘘なんてついたことねえよ……。仕方ないな、イントロは端折ろう。手短に言うと、祭りの日にナンパされて困ってた女の人を助けたんだよ」

「またナンパか……春樹は何かそういうの持ってるよね。呼び寄せるというか」

「それがよ、ナンパしてたのもあいつらだったんだよ。入学式の時のセンパイ」


 団子鼻と茶髪ロン毛のヤンキーが、ぼわわんと頭に浮かぶ。


「ウソ! 偶然にも程があるだろ!」

「マジマジ。で、俺の姿見たらあいつらビビって逃げちゃって。そしたらお姉さんがお礼にコーヒーご馳走してくれて。そこからだな、仲良くなったのは」

「そんなドラマみたいな話があるってことに驚いた」


 僕の人生とは何かが違う。しかしそれも当然か。春樹は高身長だし強いし何より優しい。そんなハイスペックな男なら、チャンスも人一倍巡ってくるということなのかもしれない。


「それは、俺にはマネできんな。くっ」正宗は落胆を隠せない。

「全然知らなかった。そんなことがあったなら教えてくれればよかったのに」

「何言ってんだよ。お前だって図書室の子と仲良くしてるの隠してたくせに」

「え、あ、そりゃそうか。あはは。……えーっと、その人は名前なんていうの?」

「ごまかしたな。名前は、香織(かおり)さん。歳は二十一。見た目は、そうだな……本田翼に似てる」

「女優の? いいなぁ、超美人じゃん。ずるい。その系統はずるい」正宗のキャラがぶれてる。本音だ。心の叫びだ。


「ただ、一昨日からメッセージの返事が来なくてよ。既読にもならない。だからもしかして嫌われたんじゃないかってビクビクしてるわけよ。別にエロいことしてねえけど、淫行疑惑かけられちゃうかもしれないし。友達関係でも続けるのは難しいとは思ってたけどな」


 確かに、キスもハグもソフトタッチもなしで十八歳までの二年間を過ごすというのは、青春真っ盛りの男子高校生にとっては相当な生殺しだろう。と思ったところで真帆さんの顔が頭に浮かんだ。……いやいや、友達友達。彼女は友達。


「っていうか春樹、それにしても夏から隠してたってのは長すぎない?」

「いや、夏祭りじゃなくて秋祭りだよ。今月の頭に雪宮であった奴」

「最近かよ! さっきの夏の午後のくだりはなんだったんだよ!」

「ああ、だからそれはほら、イントロだろ。導入。見ろ、お前らが急かすから話がわかりづらくなったじゃねぇか」


 僕が悪いらしい。春樹の話はどこまで鵜呑みにしていいのかわからなくなってきた。相変わらずつかみどころのない男だ。



「それより、問題は藍澤のことじゃなかったか?」


 正宗が軌道修正のきっかけを投げかける。そう、目下の議題は由香里のことだ。どうやら誰にも心当たりは無いらしい。


「……やっぱり、本人に確認するしかないよね」

「そうだな。そして悩んでるなら助けよう。藍澤は仲間だからな」


 正宗がカッコよく締める。それともすべってるか? きっとそれは主観的な問題だ。今のところ僕はこんな正宗が嫌いじゃない。


 ◆


 授業後のホームルーム。朝比奈先生が学校からの伝達事項を伝えると、各自下校となった。クラスメイト達はそれぞれの部活やバイトへと解き放たれていく。


「由香里、ちょっといい?」

「……なに?」


 返事ひとつ取ってもいつものキレがない。


「これから春樹達とミスド行くんだけど、由香里もどう?」

「ああ……ドーナツか。それも悪くないかも」

「悪くない、か。——由香里、なんか悩みでもあるんじゃない? 相談乗るぐらいなら僕らにもできると思う」

「悠……。はは、あたしそんなに顔に出てた?」

「出てるなんてもんじゃない、悩んでますって書いてあるぞ。極太フォントでこれ見よがしにな」


 正宗が由香里の肩をぽんと叩く。


「ヒラリーも気になるってよ。放課後は短い。さっさと行こうぜ」


 春樹の声に平山がうなずく。「行こう」



 ゲームやドラマだったらここで画面が切り替わってミスドに移動するんだろう。でも僕らは現実に生きているので、教室を出て、廊下を通って、昇降口で靴を履き替え、校門をくぐり、ドーナツ屋への道のりをぺたぺたと歩いた。

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