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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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21・〔幕間〕従者は主が分からない

ムスタファの従者、ヨナスのお話です。




 マリエットとレオンが去り、部屋は普段の平穏を取り戻した。

 まだ晩餐には時間がある。ムスタファ様は長椅子に座り足を組んだまま動かない。何を考えているのか、眉間にはシワが寄っている。


 グラスに冷えたお茶を注ぎ、ムスタファ様に出す。

「マリエットは相変わらず、無防備ですね。警戒しているようで、していない」


 ムスタファ様の目がより険しくなる。

「あの喪女はアホ過ぎる」

「アホですか」

「アホと言わずになんと言う」

「分からないでもないですけどね。レオン・トイファーは美男の騎士と人気ある青年です。あんな風にひざまずかれたら、大抵の娘は舞い上がるでしょう。それに彼の言う通りにマリエットが『守ってくれる』男が好みとなると、彼は最適でしょうね。レオンは均整のとれた頼もしい身体つきですから」

「……私だって前世ならシックスパックだったし」


 拗ねたようにムスタファ様が言う。


「なんですか、それは」

「腹筋が六つに割れていること」

「それなら私もそれですね」

 ぐるりと激しい動きでムスタファ様は私を仰ぎ見た。

「あなたをどんなことからもお守りできるよう、鍛えていますからね」

「……今、私は発展途上中だ。近いうちになるからな」

「レオンと張り合いたいのですね」

「前世ではあいつのほうが細かったのだ」


 果たして彼が引っ掛かっているのは、そこだろうか。絶対に違うと思うのだが。


「あなたはそのたおやかなところが魅力なのですから、筋肉なんて必要ないと思いますよ」

「……栄養は足りているから、酒を飲む必要はないと言われたら?」

「……分かりました。前言は撤回致します」

「それにしても綾瀬はどうして急に、切羽つまっているなどと言い出したのだと思う? 確かに今日の馬車は良くなかったかもしれないが、背水の陣などとのセリフに繋がることではない」

「それは私も違和感を覚えましたが、とんと分かりません」

「……シュヴァルツが気のあるそぶりでも見せたかな」

 さあと答えると、ムスタファ様はまただんまりになった。今日のシュヴァルツ隊長を思い返してでもいるのだろうか。私の知る限り、マリエットと話していたのは行き帰りの挨拶だけだし、それも余分な会話はなかった。


「気になるのでしたら隊長を呼びますが」

 ムスタファ様が目を上げ私を見る。「そこまでではない」

「いっそのこと本人にズバリと言えばいいではないですか。『マリエットと交際してやってくれ』って。隊長は王家への忠誠心が厚いですから、王子に頼まれたら断らないかもしれませんよ」

「……それではダメなんだ」

「そうですか」


 ダメなのか嫌なのか。


「だが最終的にはそうするしかないのか?」

 ムスタファ様は空を睨んで考えている。どうやらこれは彼の中ではアリの選択肢らしい。我が主のことが、よく分からなくなってくる。


「宮本に確認するか」

 ムスタファ様は他の男が彼女に触れるのが酷く嫌そうなのに、自分の感情をどのように捉えているのだろう。頭の中を覗いて見たい。


 ふうとため息をつくムスタファ様。そうですよね、やっぱり彼女には交際してもらいたくないですよね。


「もう少し宮本と話を詰めたかったのだがな。綾瀬のせいで何も進んでいない」

「そっちですか」

 私もため息がこぼれる。

「そっちとは?」

 何でもないですと答えてから、傍らの椅子に座る。

 確かに、ろくに検討ができなかった。夫人の話を事実と捉えると、謎ばかりが増える。たとえばファディーラ様は、夫と魔族の仇であるバルシュミーデの子孫と本当に愛し合っていたのか、とか。


 それはともかくとして。

「レオンには全てを話さないのですね」

「綾瀬は信用しているが、今の彼はレオン・トイファーだ。可能性が低いとはいえ私が討伐される未来もある。近衛のあいつは、上から命令をされれば私に不利なことでも明かさなければならないだろう? 今はどうだか知らないが、綾瀬は腹芸のできる奴ではなかった」

「そうですね。万が一に備えるのがお互いの為でしょう」


 ムスタファ様がうなずく。

「物語では、母が魔王であり人間に殺されたことを私に明かす者がいる。それが善意なのか悪意なのかは分からない。慎重であるべきだ」


 この件は何度か話し合った。今まではファディーラ様の秘密を知る者が死の真相も知っていて、ムスタファ様に教えると考えてきた。

 明かす者が私という可能性もあるけれど、どのみちそれならば私に真相を教える者がいることになる。


 今日の公爵夫人の話だと、ファディーラ様の秘密を知っている可能性が高いのはフーラウム陛下だ。だがあの人がファディーラ様の死について知っているならば、妻が殺されたのに沈黙しているということになってしまう。

 ムスタファ様もそのことは考えているだろう。


 マリエットに聞いて以来、どのタイミングで話すか迷っていたパウリーネとそれに付随したファディーラ様の自死の噂を伝えることにした。侍従長に確認したところ、当時からその噂があり、だけれど事実ではないと思いたい、との返答だった。多分だが『思いたい』という言葉のチョイスには、事実でないと言いきれないという意味を含ませてあるのだろう。


 聞き終えたムスタファ様と幾つか意見を交わし、結局のところ私たちの知る情報が少な過ぎて何も考えようがないという、いつもの結論になったのだった。


「それにしても」とムスタファ様。「私の母を優先でとのことなのだが、宮本の母親もなんとかならないだろうか」

「今日の彼女の話は、ちょっと……」

 言いかけて、口をつぐむ。ムスタファ様がなんとも言えない顔をしていた。


 孤児院で育つというのは、私が考えていたよりもずっと厳しいらしい。


 ムスタファ様がはっと表情を変えた。

「もう彼女と私に繋がりがあることを皆、知っている。ロッテンブルクを呼んでくれ」



 ◇◇



「マリエットの給与ですか」

 ムスタファ様の向かいに姿勢正しく座った侍女頭はそう言ったあとに「八割天引きの件ですね」と続けた。


 運良くロッテンブルク殿をすぐに捕まえることができ、王子の私室に来てもらった。ムスタファ様が思いついたのは、マリエットの酷い給与についてだった。天引き額が多すぎないかと尋ねるつもりのようだった。


「マリエットには秘密にしていただけますか。実は彼女のための対策ですから」と侍女頭。

「どういうことだ」

「実際に衣服費の返金に充てているのは八割の半分です。残りは私のほうで貯蓄しています。というのもマリエットは給与を全て孤児院に渡してしまうらしいのです」


 全て、というのは穏やかでない。


 侍女頭によると、マリエット採用時に公爵邸の執事から内密の連絡があり、それは彼女が給与全額を孤児院に渡してしまっているようだから、対策を考えたほうが良いという内容だった。

 執事調べによると以前働いていたレストランの給与も同様で、彼女は必要な買い物があるときは孤児院に頼んで金をもらっていたようだという。


「私もこの件について彼女と話しましたが、当然のことと思っています」と侍女頭。「彼女の意識を変えるには、ある程度の時間が必要でしょう。ですから侍従長と相談をし、この方式をとったのです」


 ムスタファ様が難しい顔をしている。

「孤児院に搾取されているのに、彼女は気づいていないというのか」

「あちら側に悪意があるかは不明です。通常は働き口がみつかると同時に院を出なければならないそうで、マリエットは特殊なケースのようですから」と侍女頭。


「院はもう出ている」とムスタファ様。

「現在の彼女の中では仕送りという意識のようですね」

「二割しかない給与をか」

 はい、と侍女頭。

「……孤児院に対して恩義を感じすぎているのだな。複雑なようだ」

 そう言っているムスタファ様が複雑な表情をしている。きっとショックを受けているのだろう。

「状況は理解した。下がっていい」


 だが侍女頭は、

「殿下。私のほうからもひとつ、よろしいでしょうか」

 と毅然とした口調で尋ねた。

「何だ」

「マリエットをどうしたいのでしょう?」

 ムスタファ様が目をまばたく。


「彼女は見所があります。良い侍女になるでしょう。侍女頭としては、その芽を摘まれたくありません。殿下が彼女を重宝するのは結構ですが、気に入っているならばなおのこと、影響も考えていただきたい。

 パウリーネ様はおかしな勘違いをしてらっしゃいますが、その原因は殿下です。それとも周囲に勘違いをさせたいのですか」


 畳みかけられる言葉にムスタファ様は目をみはっていたが、侍女頭の言葉が切れたところで、

「違う」とキッパリ答えた。

「彼女の才能に見合った仕事をしてもらいたい。その為に多少の誤解は仕方ないとは考えている。が、それで彼女の立場が悪くなるのは、無論、あってはならないことだ」

「……そうですか。無礼なことを申し上げたこと、お許し下さい」


 さっと立ち上がった侍女頭は、膝を曲げて頭を下げた。


「……ロッテンブルクもレオン・トイファー推しか?」

 ムスタファ様の質問に、顔を上げた侍女頭は「『推し』とは」と、戸惑っている。

「マリエットに様々な者が彼との結婚を薦めているそうだ」

 侍女頭が首肯する。「現在名前が挙がっている方の中では、彼が一番良いと思います」

「そう」


 侍女頭はじっとムスタファ様の顔を見て、それから再び頭を下げた。




 ◇◇




 再び訪れた静寂の中で、ムスタファ様は身じろぎもせずに黙り込んでいる。

 自分のことを考えているのか、マリエットのことを考えているのか、私には分からない。今日はあまりに多くのことがあった。


 やがて吐息したムスタファ様は立ち上がり、

「プランクでもするかな」と言って、続き部屋に入って行った。


 そんなに腹筋を鍛えたいのだろうか。どんなに頑張ったところで、ムスタファ様が騎士の体型になるには数年はかかると思うのだが。

 主の訳の分からぬ運動に付き合っているおかげで、私の体も一層引き締まっているのだが、嫉妬されそうだからそれは内緒にしておこう。





いつもお読み下さり、ありがとうございます。

お知らせです。

ファンアートをいただきました!


ムスタファ・木崎の素敵イラストです。

描いて下さったのはもいじ様。


新の活動報告『いただいたイラストのまとめ』にリンクがあります。

よければ、ご覧下さい。


(活動報告は新のマイページからご覧いただけます)

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