21・2攻めるレオン②
「それはそれ」とキッパリ言った綾瀬は続けた。「理由を聞けば、納得できることではありますけど、でも彼女のことは気をつけて下さい。前世とは社会が違うのです。王子と噂になるのは、彼女にとってマイナスでしかないのですよ」
「……分かった。だけどな――」
木崎が話し途中なのに、綾瀬はぐるんと私を見た。
「宮本先輩も。『だって木崎だし』とか思っていたらダメですよ。あの人は木崎先輩の魂を受け継いでいても、ここでは王子! ちゃんと理解と警戒をして下さいね。あなた、その辺りが無頓着っぽいんで」
「理解してるよ」
「どうでしょう」そう言った綾瀬は私の両手を取って握りしめた。「ほら、隙だらけ」
ん。警戒って。……そういう警戒?
「僕はあなたにプロポーズ中の男ですよ? 『どうせ綾瀬だし』って思っているでしょう?」
「……だって綾瀬であることには変わらないし。申し訳ないけど、気持ちには応えられないよ」
「何で?」
「何でって」
助けてくれないかなと木崎を見たけど薄暗くて目が合ったのかも分からないし、ヨナスさんはのんびりお茶を飲んでいた。
「綾瀬は綾瀬。七つも年下の、後輩のイメージしかないから。ごめん」
「それなら、こうしましょう。僕は二度とあなたを『宮本先輩』とは呼びません。だからあなたも『綾瀬』と呼ばない。『レオン』と呼んで下さい」
どうしてと言おうとしたら、
「それでも」と遮られた。「僕を後輩としか思えないというなら、諦めます。知っていますか? 実際の僕はあなたより四つも年上なんですよ。以前の僕は頼りなく思えたかもしれませんけど、今の僕は将来有望な近衛です。結婚相手としてバッチリ」
「綾瀬」
と木崎が呼びかけると、彼はぐるんと王子に向き直った。
「先輩も彼女がいるときは、レオンと呼んで下さい。呼ばないなら、あなたは僕の恋路を邪魔したい、つまりはマリエット狙いなんだと考えます」
「何でだよ」面倒そうな口調の木崎。
「切羽つまっているんです! 今が勝負時なんです!」
「『今』ね」木崎がこちらを見たようだ。「今はタイミングが悪いんだよ。話しておくか」
うん、と答えると何故か綾瀬は口を尖らせてちょこっと私側に寄った。
「通じあっている感じが腹立ちます」
ぷっとヨナスさんが吹き出す。
「同じセリフを別の方からも聞きましたよ」
やっぱり、と綾瀬の手の力が強まる。
「綾瀬、じゃなかったレオン。手を離して」
「嫌です。このまま話を聞きます」
「じゃあ話さねえ」と木崎。「人の話を聞く態度じゃねえだろ」
綾瀬はため息をついてから、ようやく手を解放してくれた。
「ほら。離しました。それでタイミングが悪いとは、どういうことですか」
「マリエット。長くなりそうだから、茶菓子も出す。手伝って」
ヨナスさんに言われて席を立つ。
隅にあるキャビネットの扉を開けると、クッキーやフロランタンなどの入った瓶があった。
「最近カルラ様がよく来るから、常備するようになったんだ」
ヨナスさんが小声で教えてくれる。
「良いお兄さんですね」
瓶からお皿に移して、テーブルに運ぶ。
こちらの話は始まっている。
お皿を置いて、どこに座るか迷う。これで綾瀬のとなりに戻るというのも、抵抗がある。と、ヨナスさんが自分が座っていた椅子を示していた。
頭を下げて、そちらに座る。ヨナスさんは離れた円卓の元から、新しい椅子を持って来た。もしかしたら、このために私を呼んで菓子皿を出させたのかも。気の回る人だ。
「マリエット」綾瀬がこちらを向いた。「こっちに座ってほしいな」
「自分で警戒しろって言ったんだろ」木崎がツッコむ。「話を続けるぞ」
木崎は魔王化のことを抜いて、コンパクトに説明した。攻略対象については、カールハインツ、フェリクス、自分、他は関わりがなさそうだから省くとした。
全てを聞き終えた綾瀬は私を見て、
「つまりマリエットはその下地があるから、隊長と上手くまとまる自信があったわけですね」
と言った。うなずくと、
「そんな理由、『隊長を肉食女から守る会』会長としても却下です」と断言。
「どうして?」
「だってそんなの、アイドルに夢中になっているのと同じなだけじゃないですか。あなた、ゲーム知識以外で隊長のことをどれだけ知っていますか?」
ゲーム知識以外?
ええと、と考える。人参が嫌い。次男。行方不明のお兄さんがいる。独り身を貫いているのは、願掛け。
「そこそこあると思う。綾瀬が思っているより、私は真剣だよ」
「……そうですか」
プイッと顔を逸らす綾瀬。
「それから『綾瀬』じゃないです。『レオン』です。一間違えにつき、一キスします。覚悟して下さいね」
「勝手に決めないで」
「それなら本気で考えて下さい。自分が本当に隊長を好きなのか」
綾瀬は軽く頭を振った。
「いや、違うな。僕のことを『レオン・トイファー』として、本気で考えて下さい」
で、と綾瀬は仕切り直すように木崎に向かった言葉を継ぐ。
「今が彼女にとって重要な時分だとは分かりました。でも僕が彼女を好きなことは関係ないでしょう?」
いいや、と木崎。
「俺たちには分からないが、彼女にはゲーム画面が見えることがあるらしい。世界への影響というか関与力がかなり強いと思われる。マリエットがお前を選ぶなら、ゲームは途中終了。その場合、この世界がどうなるのかが分からない。このまま続くのか、リセットされて最初に戻るのか」
「……そんなこと、あり得るのですか?」
「ないとは言いきれねえ。だから宮本は全てが終わるまで、攻略対象以外は選べねえの」
綾瀬は曲げた人差し指を唇の下に押し当て、黙ってしまった。何か考えているようだ。
しばらくすると、私を見た。
「エンドはいつですか?」
「夏の終わりだと思う」
「あと二ヶ月ほどですかね。あなたは僕を選べなくても、僕があなたを口説くのは問題ないですよね。乙女ゲームなら、ハピエン以外で終了することがあるはずだ。隊長にフラれてエンドを迎え、その後に僕を選べば問題ない。違いますか?」
「違わないけど――」
「よし。絶対にあなたを振り向かせて見せる」
やおら立ち上がったレオンは私の前に片膝をついた。見上げるようにして笑顔を向けてくる。
「ムスタファ殿下、フェリクス殿下、他に誰がいるのか知りませんが、そうそうたるイケメンの中でうちの隊長が好きだったということは、守ってくれそうな肉体派が好みってことですよね。僕だって、剣の腕は立つしお姫様抱っこもできますよ。僕があなたの騎士になります」
そう言ってレオンは素早く私の手を取ると、甲にキスをした。
「……宮本、チョロすぎだぞ」と呆れ口調の木崎。
「次にやったら綾瀬のこと、嫌いになるからね!」
「そうですか?」綾瀬はニコニコしている。「ならば別の口説き方を考えておきます」
「……もう話になんねえな。今日はお開きだ。宮本、帰っていいぞ」
「了解」
ささっと立ち上がり、レオンから離れる。ありがたい。綾瀬だと分かっているのに、心臓がうるさくなってしまった。離れて落ち着きたい。
「あれ。僕はお邪魔でしたか?」
「まあな。ろくに話が進まなかったわ」
「先輩も可愛い後輩のために協力して下さいよ。こっちは背水の陣なんです」
そんな会話をしているふたり。
綾瀬をレオンと呼ぼうとも、木崎の後輩だという気持ちは変わらないと思うのだ。私はもっと毅然とした態度をとらなければならないのだろうか。
だけどそれってどうすればいいのやら。前世非モテの私には全く分からない。
おまけ小話
◇口をとがらせる元後輩◇
(元後輩の近衛兵、レオンのお話です)
宮本先輩とヨナスさんが離れたキャビネット前で、仲良く片付けをしている。
僕はやや躊躇したものの、第一王子のとなりに座った。
「……木崎先輩」声をひそめる。
「なんだよ」
月の王と謳われる美貌の王子はぞんざいな口調だ。
「こんなに明かりを落として、ムード作りですか?」
部屋は薄暗い。灯されていない燭台がいくつもあるから、わざとであることは明らかだ。
「は? 何を言っているんだ、お前?」
完全に呆れた声音だ。誤魔化しているようには聞こえない。
「俺の目、本当は夜間の光が苦手なんだよ。今まではお前たちに合わせて明るくしてたんだ」
「本当に?」
「そう。なんだよ、ムードって。宮本は違うって言ったばかりだろうが」
「……確かにムスタファ殿下に煌々とした明かりは似合いませんけど」
「悪いか、体質だよ」
ふうんと答えて、宮本先輩を見る。
「下まで一緒に帰ろう」
ぼそりと呟いてみる。
木崎先輩の反応を待ったけれど、 何もなかった。
じゃあ、構わないんだ。
僕は立ち上がり、下げる食器を持って部屋を出ようとしている彼女に歩み寄る。
「マリエット。グラスの盆は僕に持たせて下さい。お手伝いしたいから」
「遠慮する。綾瀬、じゃなかったレオンは油断も隙もないんだもん。別に帰るから」
「そんなぁ」
すっかり僕を警戒している宮本先輩。だけど懸命に綾瀬をレオンと言い直しているところが、すごく可愛い。
いっぱい意識して、なんとか僕を好きになってくれないだろうか。
こっそり木崎先輩を盗み見る。薄暗いせいで、その表情は見えなかった。




