20・〔幕間〕チャラ王子の憂鬱
異国のチャラ王子、フェリクスのお話です。
この国に来て二年が経つ。
そんなことを自室の椅子に腰掛け、目を瞑って考える。
さぞかし本国では罵詈雑言の嵐だろう。役立たず、見込み違い、女にうつつを抜かす腑抜け。
物音に目を開けると、ツェルナーが部屋に入ってきたところだった。
「こちらにいらっしゃったのですか。サロンのほうでは令嬢がたがあなたをお探しです。行かれないのですか」
「小言がこたえてな。今日はおとなしくしているさ」
「こたえたなら、なおのこと社交に力を入れるべきでは? ――と、あなたの嘘にのっかっておきましょう」
「嫌な人間だな」
「優しさです」
ツェルナーはきっぱり言い切ってから、部屋の一隅に置かれていた茶器を使って茶を入れた。いつでも飲めるようにと、常に新しいものが用意してあるのだ。
淹れたてで湯気がたっているカップを私の前に置くとツェルナーはいずまいを正して報告しますと言った。
私が粘土にした大理石は売りに出され、すでに完売。
上級魔術師の中に今回の犯人はいないと結論が出た様子。
一応、事件として近衛府と魔法府の共同で捜査はしている。が、既に迷宮入りと考えられているようだ。
そもそも国王を筆頭に、事件を重く捉えている者がいない。
「それから確定ではございませんが」そう言ったツェルナーは一旦言葉を区切り、周囲の様子を確認した。
「パウリーネ妃は、あなたとムスタファ殿下がマリエットを巡って力比べ的なことをしたと考えているようです」
「なるほど。だから私、というより母国との関係を考えて、大事にしないのだな」
はい、とツェルナー。
「やはり昨日の様子から勘づかれたのか」
「そうでしょうね」
彫像の前で、そのメンバーが揃ってしまったのがいけなかった。
「あなどれない女だ」
「ええ。多少の誤解はあれども、犯人はあなたと気づいている。だから――」
「小言はいらないぞ。昨日から何人に言われていると思う」
「ご自分が悪いのです」
ツェルナーはため息をついた。
「ムスタファ殿下には知らせるのですか」
「いや。さすがに情報の入手方法に疑念を抱くだろう」
「賢明な判断です」
たかだか宮勤め三年の新米のくせに、おもむろにうなずく従者に腹が立った。
目をつむり、凪を想う。
「……ムスタファ殿下とマリエットの外出に無理やり付いていく予定でしたよね。何故やめたのですか」
問いかけに閉じたばかりの目を開く。
「言っただろう。そんな気分ではなくなったからだ」
「昨日、何かあったのではないですか」
ツェルナーが真っ直ぐに私を見ている。
何も、と答える。
「……私風情に話したくないのでしたら、構いません。ですがいつでも伺う用意はできています。雇い主は陛下でも、私はあなたの従者だと思っていますから」
ではとツェルナーは一礼して、侍従たちを探って来ますと踵を返した。
「……ムスタファが私を信頼できないそうだ」
去りかけた背に向けてそう言うと、ツェルナーは足を止めてこちらを向いた。
「正しい認識です」
「そうだな」
そう答えて口をつぐむ。声をかけたことを後悔する。
「フェリクス・サンブラノとしては、良くない状況ですね」とツェルナー。「そしてそれとは別に、あなたは傷ついている」
「……傷ついてなどいない」
ただ、と思考を巡らせる。
信頼できる友人。私は……。
「幼な子じみたつまらぬことを考えた。忘れろ」
そう言って目を閉じる。
「私はあなたより五歳も年上ですよ。殿下なんて私から見たら、まだまだ子供。戯言ぐらい気に留めません。それに私は幸い引きこもり令息でしたからね。ゴシップを共有する仲間もいない」
「……慰めているつもりか?」
「その通り。無理やり従者を命じられたときは困りましたし、現在進行形で手も焼いておりますが、あなた自身は嫌いではありません」
おべんちゃらが上手い、とひとりごちる。
「だからこそ、小言が多くなるのですよ」
ツェルナーはそう言ったあとは、しばらく黙って私の様子を伺っているようだった。だが私が口を開かないので、行ってまいりますと断り、部屋を出て行った。
私に『私自身』なんてものがあっただろうか。
そんなことを考え、ひねくれた甘えに吐き気がした。マリエットを可愛く思うのも、ムスタファを助けたくなるのも、私自身だ。不遇の王子気取りは好きではない。だけど。
……私は友の信頼が欲しいらしい。




