17・5夜の勧誘②
腹立たしい顔をして、木崎は私の返答を待っている。
「『楽しみに』なんて言ったかな?」
すっとぼけてみる。
「そんなニュアンスは絶対に言った」と木崎。それからふざけた顔をふいにやめた。「帰ってきたヨナスと話していて気づいたんだが、二回目のステイタスが出てから一週間が経っただろ?」
そうだ。あれが出た日はヨナスさんが帰国した日で、昨日で丸一週間だった。
「シュヴァルツと進展している感触ねえの?」
「ゼロだね」
ぶふっと吹き出す王子。
「いやさ――」
と少し前に廊下で彼に会ったこと、労われたり褒められたりしたことを詳細に話して聞かせた。
「なんだよ、進展しているじゃん」と木崎。
「そのときにオイゲンさんも一緒だったの」
「副官のオイゲン・ロッツェ?」
「そう。途中からオイゲンさんとふたりで、その時に言われたのだけど彼から見ても脈はないみたい。レオンのほうがお薦めって強く言われたよ。付き合いの長い友達みたいだし、その彼から見てダメって、もう救いようがなくない?」
「ねえな」
「ちょっと! そこは励まそうよ!」
「だって俺がせっかく作った機会で、喧嘩をふっかけてくる宮本だぜ?」
「喧嘩じゃないし。ちょっと意見を主張しちゃっただけだもん。結果的に良かったのは話したよね?」
「結果論はしてねえ」
「好きな言葉は『結果こそ全て!』だよね」
「言葉はな。今はお前がマヌケだって話をしてる」
再び、ぐっとなる。
「だからシュヴァルツはムリなんだって。案外、オーギュストだったらハピエンいけるかもしれねえぞ」
「新しいキャラが来たよ!」
ふうとため息をつく。ワインを一口飲んで落ち着く。
「ゲームを進めるためだけに、他の人を攻略なんてできないよ。好きでもないのに失礼だもの。どうしようもなくなったら、フェリクスの好意をお借りするしかないけどさ」
もう一口、ワインを飲む。
「ゲームの展開はちゃんと正しくやってるはずなんだよね。それ以外で褒められもする。なのにハートは増えずに、誰もが私にはムリと言う。となると根本的に、私のオリジナル部分がカールハインツの琴線に触れないのだとしか思えないよ」
なるほどと、木崎は腕を組んで何やら考えている。
「ロッツェ副官にはレオンを薦められた」と木崎。うんと答える。「シュヴァルツ隊の隊員たちもレオン推し」
ムスタファが私の目をまっすぐに見た。
「シュヴァルツのメーターが増えなかったのは、綾瀬のせいじゃねえか?」
「何で?」
「お前が綾瀬にプロポーズされたのが、ステイタスが出る数日前で、シュヴァルツも本人から聞いて知っていた」
ふむふむ。
「シュヴァルツはあの通り、真面目で堅物。融通の利かない古臭い男」
「言い方!」
「だから」とムスタファは言葉を切った。微妙な表情をしている。
「部下が求婚した相手に好感を抱くなんて、もっての他と考えていてもおかしくない」
「あ……」
それは思い至らなかった。
「お前に多少心が動いても、部下が真剣に結婚を望んでいる相手だからと自然と気持ちにストップをかける。だから好感度も親密度も上がらないって仕組み。それなら行動とメーターに差が出ている理由が説明できる」
「なるほど。全くそんなことを考えなかったよ」
「リアルな恋愛をしたことねえからだろ。相手と自分の関係しか見てねえ」
三度、言い返せずに押し黙る。
「これが正解とは限らない。単純にお前をアホな妹ぐらいに思っているだけかもしれないしな」
「……小娘と言われた」
「十一歳も年下じゃ、当然だよな」
「うぅっ。でもゲームじゃ――」
「ここはゲームの世界だけど、俺たちはゲームのプログラムで動いている訳じゃない。前世で考えたらアラサー公務員と女子高生だぞ? 犯罪臭しかねえ」
「……励ましてくれてるの? おとしめてるの?」
「冷静な分析」
一番痛い返答だ。
がっくりきて、空のタンブラーを両手で握りしめる。
そこにムスタファの手が伸びてきて、タンブラーを取り上げた。まめな王子はワインを注ぎ、私に返す。中身はいまだに半分だ。
「ま、実はあいつがロリコンって可能性もあるし、真面目だから女臭い女は嫌いってこともある」
「つまり私は幼くて女らしさはない、と」
「え、違ったか?」
「……違わないです」
ハハハという笑い声。
「とりあえず、新しい可能性が分かったんだし、俺に感謝しろよ」
「うん」
「素直だな。怖くなる」
「結構、落ち込んでたの。レオンの影響って考えると楽。逃げでしかないのは分かってるけどさ。気持ちを切り替えて、またがんばるよ」
ふうんと木崎。
「宮本的にはレオンはルーチェとお似合いなんだっけ」
「そう」
再びふうんと言った彼は、
「ま、俺を巻き込まないでくれれば、何でもいいや」 と言った。
「私だって闇の世界は嫌だし、バルナバスに興味もない」
「頼むぞ」
「よし!」
気合い入れに立ち上がって、残っていたワインをごくごくっと飲む。
「美味しい!」
「ビールのコマーシャルかよ。てか、シュヴァルツはそんな元気な女は範疇じゃねえんじゃないの?」
「ぐっ」
ムスタファの笑い声が響く。
「お開きにするか。ヨナスの土産は、明日本人に届けさせる」
その言葉に、明朝の仕事を思い出した。この分なら、木崎は知らないらしい。
わざとらしくそっぽを向く。
「あぁ、ヨナスさんにあんな風に頼まれたらな。ノーとは言えないよ。でもなんで内密なんだろう。あ!」片手を口に当てる。「独り言の声が大きかったかな」
「なるほど、ヨナスも何か企んでいるということか」
「何で話さなかったんだって、怒られたくないなあ」
「怒らねえけど、いびり倒す」
真顔でそう言うと王子はいそいそと片付けをする。言葉と態度が合っていない。
全て袋にしまい終え、立ち上がった王子は、
「部屋まで送る」と言い出した。
「いいよ。誰かに見られたら――」
「そう思って迎えに行かなかったんだが、落ち着かなかった。宮本じゃ安心できない」
「でも」
「しつこい」
行くぞ、とムスタファは先を歩きだす。
「王子に守ってもらう侍女見習いって、おかしくない?」
あとに続きながら疑問を呈する。
「不満があるならシュヴァルツ並みに強くなれ。それだったら送らない」
「難しいな。二日に一回、負けてるから」
振り向く王子。
「カルラ=シュヴァか」
「そう」
ハハハとまた楽しそうな笑い声が、月の光に溢れた裏庭に密やかに響いたのだった。




