17・4夜の勧誘①
自室に戻ると、そのままベッドに腰かけた。
ゲームが始まる前はカールハインツとのハピエンに自信しかなかったのに、今は不安しかない。更には自分のこの先をどうしたいのかも、よく分からない。
せっかくロッテンブルクさんに期待してもらえているのだ。それを裏切りたくない。
と、コツンと窓が鳴った。
まさか。今朝も会ったばかりじゃないかと思いながら立ち上がり窓を開けて下を見る。
そこにはいつも通り、不審者が荷物を抱えて立っていた。
◇◇
満月なのか、かなり明るい夜だ。
いつものベンチにいつもの不審者、置かれた酒瓶。
いつぶりだろう。十日ほどかもしれない。
「どうかしたの?」
尋ねながらベンチに座る。
「話したいことがひとつ。あと、月が綺麗だったからな。外で酒を飲みたい気分だった」
「月見酒か。風流だね」
「日本酒じゃねえのが残念だけど」
含み笑いをしながら木崎がワインの入ったタンブラーを差し出す。
「性格悪っ!」
「今世は飲める口かもしれねえじゃん」
「……そうか」
確かに日本酒が苦手なのは前世の体で、私ではない。それとも嫌いな匂いは体が変わっても嫌いなのだろうか。
木崎にそう尋ねると、
「俺が知るか」
と返された。それはそうだ。
「ヨナスさんが帰って来たね。留守中の礼を言いに来てくれた」
「ああ、故郷の菓子を配ったんだろう?」
「私、もらってないけど!」
「そんなはずは――」
と言い掛けたムスタファは言葉を止めしばし沈黙したあとに、盛大なため息をついた。
「……俺のところに山ほどある。分けてやるよ」
木崎の話では、ヨナスさんがそれをくれた時に含みのある言い方をしていたという。
「きっとお前と食べろということだったんだ。持ってくればよかった」
「今夜のこと、ヨナスさんは知らないの?」
「ああ、早く下がらせた。疲れていそうだったから」
ふうんと答えながら、ヨナスさんから聞いた話について考える。
髪の件はロッテンブルクさんを通じて正式にお達しがあったのだけど、ムスタファは知らないのだろうか。それとも、これからするのはその話なのか。
「国民生活について検討するプロジェクト、お前にも参加してほしい」
突然話を切り出した木崎は、タンブラーを口につけて正面を見たままだ。
「今すぐじゃない、ゲームエンドを迎えて、侍女を辞めても問題がなくなったらの話だ」
鼓動が早くなる。木崎の口調は真剣だ。
「勝手に悪いが、お前の身上書を見た。あまり教育を受けていないようだな」
「……うん」
「でも学がないだけで、宮本の能力は健在だ。足りないものは学べばいい。それで――」
私をヨナスさんの国の誰かに預かってもらい、教育を受けられるようにと考えたこと。木崎は大使辺りを想定していたのだけど国王が引き受けてくれたこと。
そんなことを彼は淡々と説明した。
「事後報告ですまん。ヨナスに頼んだが、俺自身が直接シュリンゲンジーフに繋がりがある訳じゃない。断られる可能性もあるから、決まってから話したほうがいいと思ってな」
変わらず正面を向いたままの木崎。
「もちろん、これもゲームが終わってからでいい。考えておいて」
「ありがとう。すごく、惹かれる提案だよ」
ぱっとこちらを見る王子。
「だけどロッテンブルクさんのような立派な侍女になりたい気持ちもある。一生懸命に教えてくれているの」
「……そうか。ま、結論はまだいらねえよ」
「うん。ありがとう」
なんとなくお互いに黙ってワインを飲む。
「ヨナスさんに侍女を辞められないのか訊かれたの」
内密にということだったけど、これだけ話させてもらいたい。
ああ、とうなずくとムスタファ。
「どうして今すぐ動かないのかと不思議がっていたな」
「話せない事情があると察してくれたけど。木崎」
「ん?」
「ヨナスさんにゲームの話はしたくないの?」
それを彼も知れば、侍女を辞める危険性も話せる。
「侍女を辞められない理由を木崎も知っているかとも訊かれたんだ。ヨナスさんは理性的な人のようだけど、あなたと私で共有している秘密があるのは、面白くないんじゃないかな」
ムスタファは声ともため息とも判別がつかないものを口から漏らした。
「ゲームの話をしたくないというより、俺が半魔だとか、魔王化や討伐の可能性があることを言いたくない。そんなことで動じるヤツじゃないけど、余計な心配をかけさせたくねえんだ」
「……ヨナスさんなら、なんで教えてくれなかったんだって怒りそうに思えるよ」
「……やっぱり?」
王子は今度ははっきりと大きく息をつくと、ベンチにもたれかかった。
「俺もそうは思うんだけどさ。やっぱり、言いたくねえ。ゲームの話はして魔王化の話はしないとか、中途半端でボロが出そうだろ? だから一切しない」
「そうか。分かった」
ムスタファとヨナスさんのことは私の出る幕じゃない。
「……でもな。確かにヨナスは面白くないかもしれない。お前が現れてから、あいつに秘密のことが増えた」
「親離れするときみたいだね」
くふふと含み笑いを返してみる。だがムスタファは反論しなかった。それどころか、
「親離れか。確かにヨナスに頼りきりでは良くない歳だ」
と王子に近い口調で言った。
「だがそれと、あいつを不愉快にさせるのは別問題だ」
そうだねと私も真面目に返す。不愉快というほどではないだろうけど、もやもやはするのじゃないかと思う。
木崎のムスタファはベンチにもたれたまま、何かを考えているようだ。邪魔をしないほうがいいかと考え、静かにタンブラーを口に運ぶ。
そういえばヨナスさんは、ムスタファが信頼できるのは自分と私しかいないと話していたなと思い出す。綾瀬のレオンは言い忘れたのだとして、他には全くいないのだろうか。仕事の仲間になってくれる、信頼できる人物は。
しばらく様子を伺ってから木崎に、
「話を戻すけど、取り組もうとしてくれている件で、信頼できる人はいないの?」と尋ねてみた。
すると彼は、
「いねえな」と即答した。「協力を申し出てくれる人間は沢山いる。オーギュストとは考えが合うし、エルノー公爵も悪くない。だがそれが俺が王子だから、利用しようとしているのか、迎合か、そうではなくて本心なのか分からん」
前世の木崎はその辺の見極めが上手いという話だったけど。
私のそんな考えに気づいたのか偶然なのか、ムスタファは
「木崎だったときは人を見る目には絶対の自信があったんだがな。この世界じゃ引きこもりが長すぎて、全然判断がつかない」と言った。「無論、ヨナスがフォローしてくれているが」
もしかしたら判断がつかないというよりは、人嫌いが長かったせいで相手を信じることができないのかもしれない。だってゲームのムスタファは孤高のキャラだ。
「……エルノー公爵は良い人に見えたよ」
「彼はな、確かに印象は良い」とムスタファ。「だがエルノー家はベーデガー家が台頭したせいで宮廷での力を失った。それまでは先代が宰相だったんだよ。しかもベーデガーの台頭は娘のパウリーネが王妃になったからだ」
そうなんだと驚く。全く知らなかった。改めて、自分の無知を知る。
「だからエルノーが俺に良い顔をするのは、パウリーネの血を引かない王子だからという可能性がある」
「……王宮、面倒くさい!」
「繊細な俺が引きこもりになっても仕方ないだろ?」
ムスタファは笑っていたけど、どことなく悲しい顔に見えた。
「まあ、ニュームスタファを楽しみにしてろ」
「『ニュームスタファ』って、ひどくない? センス無さすぎる」
「ていうか俺にハピエンを勝ち取るから楽しみにしてろと大見得を切ったヤツがいた気がするが、どうなったかな?」
ぐっと口を結ぶ。木崎はニヤニヤ顔だ。




