17・3推しの友人
お風呂を終えて、ひとり、暗い廊下を歩いているとカールハインツと副官に出くわした。巡回中のようだ。
なんてラッキーとご機嫌な気分で、だけど淑やかに挨拶をする。と、何故か笑いを噛み殺した副官――確か、オイゲンさんだったかな――が、
「マリエットは風呂上がりか。色っぽいな」と言った。
それ、セクハラです。
と、思ったけれど、カールハインツの前だ。いくらでも褒めてほしい。
「オイゲン。小娘を口説くな。奥方に告げ口するぞ」とカールハインツ。
短い言葉の中に、私は小娘ではないし、副官は口説いたつもりはない顔だし、奥様がいるのか、と三つもツッコみどころがあって困る。
「単純に褒めたつもりなのだが」と頭を掻くオイゲンさん。「レオンのために、うちの隊の印象は良くしておきたいだろう?」
なるほど、彼もレオン派らしい。
「申し訳ありませんが、それは必要ないですよ」
私は彼に興味はないのですと、きっぱり伝える。
「絆されてはくれないのか? レオンは君の元に日参しているというではないか」
「そうですけど、私としてはルーチェさんとお似合いだと思うのです。私が素っ気なくしているから、いつも彼女が見かねて間に入ってくれるのですけど、結構話が盛り上がっているし、いい感じなんですよ」
へえ、とオイゲンさん。彼女はどこの家の出だと隊長に尋ね、隊長は的確に答える。さすがカールハインツ。城内で知らないことはないにちがいない。
というか、やはり出身は重要なのだな。
ふたりの近衛は私と行く方向が同じようで、並んで歩く。
「ヨナスが帰って来たな」
唐突にカールハインツが言った。私に顔が向いているから、私に話しかけたのだろう。はいとうなずく。すると、
「これでムスタファ殿下の担当は終わりか」と問いが続いた。
「そうだと思います」
明言にならないよう、ちょっとだけぼやかす。
「ご苦労だったな。殿下のお髪を美しく保つのは大変な仕事だっただろう」
耳を疑う。
なんとカールハインツに労われた!
カルラのように、はわわとなりそうな顔にぐっと力を込めて、
「栄誉ある仕事を任されて光栄でした。身に過ぎるお言葉をありがとうございます」
と、小さく膝を折り頭を下げた。
「ロッテンブルク殿は随分としっかり教育を施しているのだな」とオイゲンさんが言う。
しまった、かしこまり過ぎたらしい。17歳の見習い侍女(しかも孤児院出身)はどんな返事が適当だったのだろう。
「聞いたぞ」とオイゲンさんは続けた。「裁縫も素晴らしいそうじゃないか。カルラ殿下の人形にカールの制服を作って差し上げたのだろう。見事な出来だったとこいつが褒めていた」
また、褒められた!
光栄ですと感謝する。
今日もご褒美タイムなのだろうかと夢心地気分だ。
だけど差し掛かった二股に別れる箇所で、カールハインツは別方向に行ってしまった。短い夢だった……。
残ったオイゲンさんと並んで歩く。
「こちら方向が私で済まなかったな。そんなにがっかりしないでくれ」
掛けられた言葉に驚いてその顔を見上げる。
「いや、知っているぞ? 君がカールに憧れているって。なんならうちの隊員は全員」
「なんでですか! 私はそんなに分かりやすいですか!」
うんと首肯する副官。
「それに早いうちにレオンが目を付けていたからな。まさかミイラ取りがミイラにな……」そこまで話したオイゲンさんは、小さくあっと叫び「いや、何でもない」と慌てて話を濁した。
「もしや『隊長を肉食女から守る会』ですか」
そう尋ねると、今度は彼が知っていたのかと驚きのけ反った。
「最初に警告されましたから。だけど隊員全員が知っているなんて」
「隊内ではオープンに活動しているからな。危険な女の情報は全員で共有させられるんだ」
「『させられる』」
思わずぷっと吹き出す。
「レオンは隊長を崇拝しているからな。若い隊員にはカールを尊敬している者が多いが、あいつは突出している」
オイゲンさんは笑っているから、そのことを好意的に捉えているようだ。
「副官様は隊長と親しいのですか? 愛称でお呼びになられているぐらいですから」
「付き合いは長いな。もう十五年は超す」
「まあ。大親友ですね」
カールハインツは28歳だから人生の半分以上の付き合いだ。
「いや、元々はカールの兄と友達だったんだ。カールは祖父の命令を全て聞いていたから、私と親しくはしてくれなかった。……って、これでは意味が分からないな。今では良い友人だよ」
「家長が友人を選ぶという仕来たりのことですか?」
「知っているのか?」
「有名です」
そうかと答えたオイゲンは、どこか遠くを見た。
「仕来たりではないんだ。あいつの父親が若くして任務中に命を落としてな。そのせいで祖父が異常に厳しくなったそうだ。生活全般を自分の理想通りにしようとして、カールはあの通りの真面目だから全て従った。兄のほうは全く聞かずに、祖父から見たら落第の私と平気で親友になった」
ふふと笑うオイゲンさん。やはり目は遠くを見ている。だがすぐに、
「兄は事情があって都にはいないのだ」と付け足した。
「お兄様のお話を少しだけ伺ったことがあります。スズランがお好きだったとか。それにまつわるエピソードなんかを」
「あいつが話したのか」
首をかしげるオイゲンさん。
「あの、何かまずいことでも?」
「いや、違う。カールにしては雑談が多い。あいつは女性とは必要なことしか喋らんのだ」
それって、私は期待していいということだろうか。
だけれど私を見たオイゲンさんは言った。
「嬉しそうなところをすまんが、恋には発展しないぞ。あいつは諦めて、レオンにしておけ。ちょっとばかり変わってはいるが、いいヤツだ」
やっぱりそうなるんだと、肩を落とす。
「……トイファーさんは私がケガをしたときに、非番だったのに駆けつけて下さいました。良い方だとは分かっています」
「そうだな。良い相手だから恋に落ちる訳じゃない。ろくでもない人間に惚れることもある」
うんうんとオイゲンさんは自分の言葉にうなずいている。まさか実体験なのだろうか。
「まあな。鍛練場でカールに君が食って掛かったときは、なかなか面白い子だと思ったよ。だが、私は君にはレオンを薦める。歳も釣り合う」
折よくまた分かれ道についた。私は階段に上がるが彼はちがうようだ。
「じゃ。話せて楽しかったよ。気をつけて」
そう言ってオイゲンさんは去った。
カールハインツの友人から見ても、私が好かれる可能性はないらしい。
やはりムリなのだろうか。ゲーム展開は間違いなく正しい選択をしているはずなんだけどな。
……私のオリジナル部分が、彼の琴線に触れないのだろうか。
裁縫程度では影響が出ないほどに。
自分で自分の考えにショックを受けて、しょんぼりと階段を上った。




