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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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17・2ヨナスと面談

 夕食前、ロッテンブルクさんの仕事部屋。彼女の椅子に腰かけているのはヨナス。私は彼の正面に置かれた椅子に座っている。他に人はいない。なんとなく面接っぽい。


 だけどヨナスはお礼参りの最中らしい。留守中に主の世話をした侍従、侍女(は、私だけだけど)に礼を言って回っているそうだ。


 それにしては机の上に果物ジュースとおぼしき飲み物が入っているグラスがあるし、わざわざ部屋を借りているというのがおかしい。


 更に、ムスタファの髪の手入れを担当したことについての礼は先ほど言われて、着席を促されたところだ。目的は何なのだろう。


「さて、マリエット。本題が二つある」

 なるほど。はっきりと『本題』と言ったぞ。

「私がこれから話すことは、ムスタファ殿下に了解をとってのことではない。内々の話だ。内密に」

 承知しましたと答える。一体何なのか、背筋が伸びる思いだ。


「まずひとつめ」とヨナス。表情は柔和だ。「殿下の髪の手入れだが、今後も朝だけ続けてほしい」

 髪? 手入れ?

 おや、と首をかしげる。

「嫌かな?」

「今朝方は、ヨナスさんに髪を切ってもらうと話してましたけど、聞いてませんか?」


 ヨナスは目をみはる。聞いていないらしい。

「あなたの負担になるのが嫌なのと、剣の稽古で邪魔だと言っていたんですけど」

 そう伝えるとヨナスは、

「手入れについて急に感謝はされたが、切るなんて話は出ていない」と首をかしげた。「気が変わったのか?」


 んんん?

 どういうことかな。


 あのときのムスタファの赤い耳が脳裏に浮かぶ。まさか私が格好良いと言ったから気が変わったなんてことはないよね?

 そんな言葉は聞きなれているはずだ。


 ふと気づくとヨナスがじっと私を見つめていた。目が合うと、にっこり笑う。

「その件はあとで確認する。どのみち丸坊主にでもしない限り、髪の手入れは必要だから引き受けてほしい」


 丸坊主の王子ムスタファを思い描きそうになり、慌てて消し去る。スキンヘッドはさすがに似合わない。

 それから木崎が嫌がるだろうとか、ヨナスが帰ってきたのに私がやっていたら噂にますます拍車がかかるとか、そんなマイナスな考えが浮かんだ。


「理由は何でしょうか。やはりヨナスさんの負担になっているのでしょうか」

 まさか、と彼は首を橫に振った。「良い機会だと思ってね」


 彼が言うには、以前のムスタファはとにかくヨナスしかそばに近づけさせなかったので、あのままだったら帰国と葬儀に主を連れて行かねばならなかっただろうという。

 それが今回は親離れならぬ従者離れを立派にしてみせた。だからこの勢いに乗って、自分以外の侍従、侍女に慣れさせたい。というのも……


「殿下には生涯に渡り仕えるつもりだが、祖母の死を見て人間はいつ死ぬか分からないなと気づいた。だから、万が一のときの備えだ」

 にこにこと話すヨナス。


『人間がいつ死ぬか分からない』というのは激しく共感できる。

 もしかしたら、『あなたはまだ28歳じゃないですか』とか『悟るには早いですよ』と言うのが正解なのかもしれないけど、私は

「分かりました」

 と答えることしかできなかった。


 ヨナスは飲み物を手に取る。私も真似て手にした。リンゴジュースだった。冷えていて美味しい。

「それからふたつめ」

 ヨナスの言葉にグラスを置いて相手を見る。


「君は侍女をやめられない事情があるのか? 殿下ははっきりと教えてくれないから、分からない」

 予想外の質問になんと答えていいのか迷う。


 しばらく考えて、

「なぜヨナスさんが気になさるのでしょう」と質問で返した。

 うん、と真顔でうなずくヨナス。「絶対に内密にしてくれ。なぜなら殿下がそう望んでいるからだ」


 一体何の話なんだと、ゴクリと唾を飲む。

「ムスタファ殿下は近頃、国民の生活を向上させようとあれこれ学び、改善案を考えている。とはいえひとりでするには限界があるから、共に働ける仲間がほしいのだ。だけど彼は今まで人付き合いをしてこなかったから、信頼できるが人間がいない。私と」ヨナスはにこりとした。「君を除いて」


 君、という言葉が頭の中で繰り返される。


「前世とやらで君たちは同じ会社で働いていたのだよね。殿下は君の能力に絶対の信頼があるようだ。というか右腕にするなら、君しかいないと思っている」


 ヨナスの言葉になんだか分からないぐちゃぐちゃとした気持ちが湧き上がる。なんだか泣きそうだ。

 木崎にそんなに信頼してもらえていたのか。だけど今の私は……。

 膝の上で重ねている手が目に入る。

 毎晩、勉強はしているけれど、そんなのでは全然足りない。


「……ムリです。私には学がありません」

「知っている。君の身上書を見て、最低限の教育しか受けていないのは確認済みだ。もちろん、殿下も」

 きゅっとスカートを掴む。


「だけれど君のまとめたノートを見た。実に素晴らしい」

 目を上げるとヨナスは柔和な表情をしていた。

「私も君に戦力になってもらいたいと思ったよ」

「ありがとうございます」

 だけどあれは事前に資料を読んでいたから、魔石に関する事情を理解できただけだ。私はこの世界の流通の仕組みすら、詳しく知らない。


「だから侍女を辞められないのか、という話なのだよ」とヨナス。

 話の流れがよく分からず、再び顔を上げた。


 学がないのなら、学べばいい。

 ムスタファもヨナスもその考えは一致した。だけどムスタファが、自分が私の支援をするのはプライドに障るかもしれないと二の足を踏んでいたそうだ。

 他にも何か気にかかることがあったようだ、とヨナス。


 それは私がカールハインツとのハピエンに燃えているからだろうか。


 それに、とヨナスは続けた。

 侍女をしながら勉学もするのは大変だ。それならば侍女はきっぱり辞めて、勉学に集中して早く戦力になったほうが良い。

 ヨナスはそう主に勧めたものの、主は乗り気にはならなかったそうだ。


 それが私が理不尽な目に遭ったのを機に、変わったという。

 そこでムスタファが提案したのが、ヨナスの母国、シュリンゲンジーフの有力者に私の後援者になってもらえないかということだった。ムスタファ王子が後ろ楯になり王宮で学ぶとなると、面倒なことになるかもしれないからだそうだ。


 ヨナスもそれに賛成して、実家に打診しようとした矢先に急な帰国となった。


「それでだ、私の両親が君の後援につくことを引き受けた。都にはうちの大使が在中しているから、そちらに住み込んで高等教育を受ける」そこまで話したヨナスは大きなため息をついた。「それなのに殿下が、この話はしばらく保留でと言い出した。君が侍女を辞められないからだという」


「……それで事情は、との質問になったのですね」

 様々な思いが入り乱れる。

 ありがたい、嬉しい、学びたい、木崎と共に仕事をしてみたい……。


 私も大きく息を吐いた。

「辞められない訳ではありません。でも辞めるにはいかない事情があるのです。正直に言って、ヨナスさんのお話はものすごく魅力的です。だけどロッテンブルクさんを尊敬もしています。彼女のような侍女になりたいと思う気持ちもあります」

「なるほどな」ふむふむ、とヨナス。「その『事情』が何か、殿下はご存知か」

「はい」

「分かった。では一旦保留に納得しよう。だが殿下は結構、がっかりしていてな」


 あの木崎が、がっかり? まさか!


 そんな思いが顔に出ていたのだろう。ヨナスが、

「君といるムスタファ様はタフそうな言動をしているが、私の知っている彼は繊細なんだ」と言った。

 そうだった。ゲームのムスタファはそんなキャラだ。


 それからせっかくの機会だから、ムスタファの母親とパウリーネ王妃に関する噂を聞いたこと、母親のことを何も知らないらしいムスタファに、噂に過ぎないことでも伝えるべきかどうか、判断がつかないことを相談した。


 ヨナスはパウリーネが母親の侍女だったことは知っていたそうだが、それ以外は初耳だという。調べてみるからこの件は任せてほしいとのことだったので、お願いすることにした。


 そうしてヨナスが去りひとりになると、また色々なものがこみ上げてきた。

 私の目標はカールハインツとのハピエン。だけどハピエンの先にも人生はあるわけで。


 その先だってハッピーに暮らしたい。ムスタファになった木崎と一緒に仕事をするのは、きっと楽しい。ロッテンブルクさんみたいな凛とした格好いい侍女頭も憧れる。どちらにしても、もちろんカールハインツと共にいることが前提条件だけど、そのためにはどうすればいいのだろう。


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