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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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72/211

16・3ギャップ

 カルラの部屋に戻るとまだパウリーネもカールハインツもいた。ただ、母親の膝の上に座り、絵本を読んでもらっているカルラの表情は冴えなかった。


「ムスタファ殿下がいらっしゃいました」と声をかける。

 と、カルラの顔がパッと明るくなり、ぴょこんと母親の膝から降りてテーブルの下に隠れた。


「カルラ!」と母親が叱る。

「義母上、お待たせしたうえに見苦しい格好で申し訳ない」

 私の後から入室したムスタファが澄まし声で言う。ちらりと継子に視線を寄越した王妃はぎょっとした表情になった。まさか月の王が汗まみれでやってくるとは思わなかったのだろう。王妃のそばに立っていたカールハインツも目をみはっていた。


「急いだほうが良いようでしたので、ご勘弁を。それでカルラはどちらに」

 絶対に木崎は妹がテーブル下に飛び込んだところを見たはずだけど、とぼけている。


 すると

「カルラ=シュヴァはここよ!」

 と勇ましい声と共に、カルラが飛び出してきて左手に人形、右手にハンガーでポーズをとった。


「む! これはカルラ=シュヴァ隊長。制服を新調なされたか。一段と凛々しく強そうではないか。到底勝てる気がしないぞ」

 なんと木崎は大仰にのけぞり、カルラに合わせた。とたんに幼女の顔が輝く。


「もちろん勝つのは、このカルラ=シュヴァよ!」

 カルラはやあ!とハンガーを突き出す。

 ムスタファは飛び退く。


「やめなさい、カルラ!」パウリーネの声が響き渡る。「ムスタファさんも! カルラにおかしなことを教えないでちょうだいな」

「ですがきっと人参を食べて進化したのでしょう」ムスタファは妹の頭をなでた。

「そうよ。カルラはもうニンジンを残さないの」

 ドヤッと胸を張るカルラ。

「偉いな」とムスタファ。

 そのまま妹を見ながら、継母に言った。


「ご褒美ぐらい構わないでしょう。あなたは服を、私は進化したカルラの相手役を」

「うん!」とカルラ。

「だが次からは、ハンガーはやめような。転んだときに目に刺さるかもしれない。シュヴァルツ隊長は両目があるから、目を失くしたらまずいだろう?」

「うん。分かった!」


 カルラはハンガーを侍女に向けて差し出した。彼女が受け取り、すぐに奥の部屋に持って行く。


「ムスタファお兄さま、もっと遊ぼう」

 カルラが兄の手を掴んで、ぐいぐい引っ張る。

「悪いが無理だ」

 そう言って木崎はしゃがんで視線の高さを妹に揃えた。

「兄はずっと好きなことばかりをしていて、王子としての学びをサボってきた。そのせいで今、休む時間もないほど学ばなければならなくなったのだ。ほら、汗がすごいだろう? 今、その最中だ。ごめんな」


 ……これ、よくある不良のギャップ萌えだ。いかついお兄さんがのら猫に優しくしているのを見て、キュンするやつ。

 子供なんて蹴散らしそうな木崎なのに、なにを良い兄ぶっているんだ。木崎のくせに。


「カルラは兄みたいに、王女の学びをさぼるんじゃないぞ」

 ムスタファは妹の目を見て話し、カルラは兄にキラキラした目を向けて

「カルラはさぼらないもん!」と答えている。

「でもでもっ」とカルラ。「行く前にこれも見て!」と人形を差し出す。「マリーがシュヴァの制服をつくってくれたの。カッコいいでしょ」

 ムスタファは人形を手に取り、裏表と返してよく見る。

「すごいな、そっくりだ。大事にしろよ」

「うん!」




 木崎は、――前世の木崎は私が知らなかっただけで、案外良いところもあったのかもしれない。

 今更過ぎるけれど、もっと沢山話しておけばよかった。




 ◇◇




 夜のムスタファの髪の手入れは時間がかかる。濡れているのを乾かすところから始めないといけないからだ。

 風魔法に熱を持たせて、丁寧に根元に当てる。


 昨日、一昨日より遅い時間。

 ヘルマンの話では、ムスタファは夕方から長時間の土木工学の学会に出ていたらしい。午後は剣術の稽古に励んでいたし、疲れたのだろう。王子はうつらうつらとしている。


 私はどうも、カルラのことを話したかったのにとちょっとばかり、がっかりしているらしい。前世の私が知ったら『冗談でしょう』と笑い飛ばしただろう。


 ドライを終えるとオイルを髪に馴染ませる。

 と、ムスタファの首がガクンと揺れて、その拍子の目を覚ましたようだ。

「……寝てたな」と木崎。舌足らずになっている。

「うん。疲れているんでしょ。なるべく早く終わらせる。休んだほうがいいよ」

「いや、お前に聞きたいことがある。ヨナスがいないから、つまみはショボいが酒は用意した」


 まだはっきりしない口調でむにゃむにゃと話す。中身が木崎だとしても、可愛い。今日はギャップを狙っているのだろうか。だとしても私にアピールをしてどうするのだ。

 あ、私はヒロインだった。だからか。

 ……なんてことはないと思うけどね。


「聞きたいことって?」

「攻略対象のステイタスに『好きなタイプ』と『言葉』が出たって話していただろ?あれを覚えてたら教えてくれ」

「どうして?」

「まあ、ちょっと」

 木崎はむにゃむにゃ声ではっきりと言わない。


「髪を中断してよければ、今書こうか?」

 頼むとの返事だったので手を洗い、紙をもらって全員分を書いて渡した。

 やはりムスタファは眠そうな目をしていたけれど、しっかりと読んでいる。


 再び髪にオイルをつけ始めると、木崎が

「カールハインツの好きな言葉。なんて読むんだ?」と尋ねた。

「ませんてっけん(磨穿鉄硯)」

「知らねえ」

「目的を達成するまでがんばるって意味」

 へえ、と木崎。私もカールハインツのステイタスで初めて見た言葉だ。


「だけどこれ元は、文官登用の試験についてらしいんだよね。武人のカールハインツには合わないと思うんだ」

「……何かしらの意図があるのか?」

「どうなんだろう」


 何故なのか、木崎は真剣に一覧を読んでいるようだ。

「バルナバスが【臥薪嘗胆】てのも、しっくりこないな」

「そうなんだよね」

 と、木崎はぷっと吹き出した。

「フェリクスの【自由】はそのままだな」

「私も思った」

「あれ。今日、あいつの口から【自由】って言葉を聞いた気がするな」

「大事な話?」

 うぅんと唸る木崎。

「多分、たいしたことのない話だ。思い出せない」


 それから木崎は、フェリクスから聞いたという従者ツェルナーの話をした。本来はムスタファと同じ引きこもり令息だったのにそこを目につけられ、無理やり留学する王子の目付役兼従者にされたのだそうだ。


「ツェルナーさんは引きこもりには見えないね」

 私は彼とあまり話したことはないけれど、侍女や従者たちとは仲良くやっていて、どちらかといえば話好きの印象だ。

「腹をくくって努力しているんじゃないか。フェリクスは自由奔放なのを差し引いても元来がかなりの社交家だから、付き従うだけで大変なはずだ」

「なるほどね」


 そりゃ望まなくてもタフな精神になりそうだ。

 ふと思い立って、

「木崎って元から女の子好きなの?」と尋ねてみた。

「……何だよ、元からって」

「いやね、剣術の稽古を見ていたら、木崎ってとんでもない努力家なんだなと思ってさ。あの頑張りでインハイに出られたんだとして、女の子といちゃつく時間も作っていたのって凄くない? フェリクスと良い勝負の好き者ぶり」

「……褒めてんのか、けなしてんのかはっきりしろ」

「褒めてる」


 そうは思えねえ、と呟く声。それから、

「俺レベルになると両立できるんだ」

 と自慢げな声がした。

「真面目にすごいと思うよ」

 私はそんな器用なことは出来なかった。


「褒めるなら、もうちょい他にあるだろう?」と木崎。

「ああ、カルラへの対応には感心したよ」

「前世だったら、あいつとヒーローショーに行ってるな。ていうかお前、人形の服を作ってやったんだ。ありがとな」

「木崎のくせに良いお兄ちゃんぶっている!」


 ははっと笑う声。

 他の褒めどころか、と考える。そんなものはすぐに思い浮かんだ。


 ――剣の稽古で、必死にフェリクスに食らいついていた姿は格好良かったよ。


 そう言いたいけど、木崎相手に言うのはなんだか癪で。

 結局、口にすることはなかった。


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