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2・3推しの尋問

 一日の仕事を終え、ロッテンブルクさんから自室に下がる許可を得る。


 ポケットにはまだ木崎のメモが入っている。特定人物の名前は出ていなくても、謎の会のことが書かれているのだ。早く部屋に戻って処分したい。


 そう思い足を急がせていると、前方の柱の陰から黒い人が現れた。


 この世界には電気はないけど、代わりに魔法がある。魔石と呼ばれる石に魔力を込めれば一晩消えない照明となる。

 とはいえ魔石は高いし消耗品なので、王宮といえどもふんだんに使っているわけではない。

 ましてや王族が生活するエリア以外はかなりケチっていて、微妙な薄暗さだ。これなら本物の火を使った明かりと変わらないと思う。


 とにかくも、夜、そんな薄暗さの中に突然現れた人影。しかも大きな男だ。忘れ物をしたふりをしてロッテンブルクさんの元に戻ろうか。

 その時、


「マリエット・ダルレ?」


 と声がし、雷が落ちたような衝撃が脳天から足裏に走った。

 この声は!

 愛しのカールハインツだ!


 大股に歩み寄ってくるその男の姿が徐々にはっきりしてくる。そりゃ黒く見えるはずだ。全身がほぼ黒なのだから。髪も近衛の制服もブーツも手袋も。

 まさか彼に出くわすとは思いもしなかったから、分からなかった。だってまだゲームは始まっていない。言葉を交わすはずがないのだ。


「返事は?」

 近衛隊長らしい高圧的な物言い。ああ、ゲームでもこうだった。親密度があがるほどに態度が軟化していくのにむちゃくちゃときめいたっけ。


「そうです」と静かに答えて手を体の前で重ねる。印象が良くなるように、淑やかにふるまう。


 私のすぐ前までやって来たカールハインツは

「十日前に王宮に上がったばかり、17歳。間違いないか」と問うた。

 はいとうなずく。するとカールハインツは身上書に書いたことをそらんじて、再び間違いはないかと問いただした。またしても、はいとだけ答えてカールハインツを見る。とにかく余計なことは言わない。これが初盤の肝なのだ。


 ふと木崎の『昭和のオヤジっぽい』という言葉がよみがえった。


 そうじゃない、規律の厳しい近衛だから軍隊調なだけだよ。そう心の中で反論をする。

 しかもシュヴァルツ伯爵家は代々軍人の家系で王族を陰に日向に守ってきている。カールハインツの祖父は三代前の近衛総隊長だし、早世した父親も有能な近衛隊長だったという。

 そんな家で育てば自然と軍隊調になるのだろう。


 それにこの代々の功績が認められているから、シュヴァルツの人間だけ特別に近衛の制服が黒いらしい。凄いことではないか。


「基本の生活魔法は使える」と確認するカールハインツ。

「はい」

 それ以外も使えるけれど、黙っておく。私の魔力は一般よりやや強い。だけどゲームの私が、自分の魔力が普通水準ではないと知るのはもっと先の話だ。それに強いといっても本当に多少程度なので、たいしたレベルでもないのだ。


「ムスタファ殿下とはいつ親しくなった?」

 おぉっと、直球質問が来たよ!

 カールハインツは真顔。むしろ目付きは鋭い。惚れ惚れするかっこよさだけど、近衛は王子の異性関係まで把握しないといけないのかな。誤解を解く良い機会とはいえ、最初の会話がこれなのはがっかりだ。


「親しくはありません」

 感情を押さえて、困っている雰囲気が出るような顔を作る。

「昨日、廊下で話していた」

「話してはおりません。殿下から声をかけていただきましたが、挨拶だけです」

「そもそも『先日話した』と殿下が仰っていた」


 地獄耳だなあ。そのぐらいでないと近衛の隊長は勤まらないのかな。


「数日前の早朝、妃殿下のお花を受け取るためにひとりで裏庭を歩いている時に殿下に呼び止められました。私を不審者と思ったそうです」

 カールハインツは目をすがめて私を見る。真偽を見極めようとしているのだろうか。


「殿下はそのようなことをする方ではない」

「ロッテンブルクさんにも、そのように言われました」下手に言い訳せずに、自分も訳が分からないというふりをする。だてに享年30歳じゃないのだ。「私が何かお気に障ることをしてしまったのでしょうか」

「心当たりはないと言うのか」

「はい」


 カールハインツは無遠慮に私のてっぺんから爪先までをじろじろと見た。そして。

「見目は良いようだな」

「ありがとうございます!」

 嬉しくてつい食いぎみに礼を言ってしまう。これはまずい。淑やかにしなければ。

「だが」とカールハインツは続けた。「いくら公爵夫人の推薦とはいえ、通常ならば身元不確かな孤児など王宮には入れないのだぞ。よくわきまえるように」

「……はい」


 好きで孤児になった訳ではないのに。

 ゲーム序盤のカールハインツにはツンしかないのはわかっているし、このセリフもキャラの誰かしらが言っていたけど、実際に言われると腹が立つ。


 王宮に上がるまで気がつかなかったけれど、市井と宮殿内との格差が大きい。民の生活は厳しく、それはここ数年続く農作物の不作と、金鉱や魔石鉱の産出減が原因とのことだった。

 だけど王宮内は贅沢品であふれ、王族貴族は何不自由なく暮らしている。


 孤児がたくさんいるのは政策が悪いからでしょうに、という気持ちがムクムクと湧き上がる。だけどそれは近衛のカールハインツには関係のないことだ。


 そうだ、木崎のムスタファに話してみよう。あいつも立派な王族だ。

 ……って、ダメだ。近づいてこれ以上周囲に誤解されたら困る。


「行ってよし」とカールハインツ。

 失礼しますと一礼をして脇を通り抜けた。


 出会いをものすごく楽しみにしていたのに、なんだか……。

 いや、これからだ。このツンケンした近衛隊長がデレていく様が楽しいのだから。


 よしよし、がんばろう。


 まだゲームは開始すらしていない。同じ展開にならなさそうだし、謎の団体があるようだし、気を引き締めていこう。


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