15・6鏡の中②
◇◇
全てが終わり私の部屋に残ったのは、ムスタファ、フェリクス、従者とルーチェだった。
ふたりの侍女は寝巻きにガウンという格好でやって来て、ふたりの王子と近衛部隊長、更には鏡に映った自分たちの姿を見て崩れ落ちて泣いた。ちょっとしたいたずらのつもりだったそうだ。
彼女たちは三人の長に連れられて行った。
従者とルーチェが香炉や灯りを片付ける中、となりに座ったフェリクスが丁寧に私の手の包帯を解く。
と、ルーチェが、
「魔方陣が」と言った。
見るとそれは色が薄れていっている。
「終わると自然に消える」とフェリクス。
「鏡を使ったこんな魔法が使えるということは――」とムスタファ。
「見直しただろう」フェリクスはふふんと鼻を鳴らした。
「さてはこれで他人の私生活を覗いているな。変態め」とムスタファが軽蔑の目をチャラ王子に向ける。
「何故そうなる」
「お前はやけに何でも知っているではないか」そこでムスタファがルーチェを見た。「この女たらしは、マリエットの秘密をあれこれ知っているんだ。気持ち悪いと思わないか」
まあ、とルーチェも気味悪そうに身を引く。
従者の肩が揺れているから、笑いをこらえているのだろう。
「情報通なだけだ。私は君と違って友人が多いからな」
「だがこいつの友人はこの侍女しかいないぞ。お前はどこから情報を得ているのだ」とムスタファ。
ルーチェが『友人』。こそばゆい。そう思ってもいいのだろうか。そっと彼女を見ると目があって、お互いに照れてしまった。
「マリエットは良くも悪くも注目の的だからだ」とフェリクス。「だいたい覗く暇があるなら口説く」
「確かに」うなずくムスタファ。
「……やけに実感がこもっていないか」
それは孤高の月の王の前世が、あなたと同じタイプだからです。
そう心の中で答えていると、ムスタファに剣呑な目を向けられた。
「今、内心で俺をディスっただろう」
「正解」
「また仲の良さを見せつけている」とフェリクスがルーチェを見る。「近頃いつもこうなのだ。これでは仲を誤解されても仕方ないと思わないか」
そうですねとうなずくルーチェ。
「先ほども、愛しのマリエットが怪我をしたから治してやってほしいと土下座をする勢いで頼みに来てな」
「話を盛りすぎですよ」と従者がたしなめる。
話している間もフェリクスの手は動いていて、私の指は露になっていた。ヴォイトにかけてもらった麻痺魔法はすでに解けかかっていて、かなり痛い。見るのも怖いので目は逸らしている。
いつの間にか立ち上がったムスタファがそれを見下ろしていたが、すっと手を伸ばしてケガの近くに軽く触れた。
「こんな怪我をさせておいて、よく『ちょっとしたいたずら』なんて言える」
「悪口を言って悪いが、この城の人間はプロ意識が低い者が多い」
ムスタファはじろりとフェリクスを見たけれど、反論はしなかった。代わりに手を離し、
「治してやってくれ」と言った。
うなずくフェリクス。
「殿下。よろしいのでしょうか。私はあなたに失礼な態度しかとっていないのに」
「前にも言ったはずだ。私が治したいから治すのだ」
にこりとしたフェリクス。いつもの軽薄さはない。
「ありがとうございます」
「だけど犯人捜しのほうは報酬がほしい。頬にキスがいい。先に断っておくが、マリエットから私にだ。ムスタファは邪魔をするなよ」
「後出しでそんな報酬を要求するなんて卑怯ですよ。どうしてあなたは、自ら嫌われることをするのでしょうね」と従者が言う。「マリエット。キスの代わりにボンボンでも食べさせてやって下さい。それで十分ですから」
「うるさいぞ、ツェルナー」
「主従漫才」ぼそりと木崎が呟く。
「なんだって?」とフェリクス。
「いいから早くやれ。報酬は私がやる。たんまりと、薬草でも」と木崎。
「ちっとも嬉しくないのだが」
フェリクスはそう言いながらも両手で私の右手指を包み込んだ。以前と同じように、温かさが流れ込んでくる感覚がした。
「完了」
かなりの時間が経ったあと、フェリクスはそう言って手を離した。傷があったとは思えない、きれいな指が現れた。痛みもない。
「ありがとうございます」
「ああ」とうなずいたフェリクスは再び私の手をとって、ちゅっとキスをした。
「良かった。包帯に口づけするのは味気ないからな」
従者に『どうして自ら嫌われることをするのか』と言われたばかりなのにと考えたら、なんだかおかしくなって。思わずふふっと笑ってしまった。
と、バタン!と激しい音を立てて扉が開き、男が飛び込んできた。
「大丈夫ですかっ! ……って、あれ?」
皆が呆然とする中で、目を丸くしているのは私服姿のレオンだった。
「どうした、非番だろう?」とムスタファ。
「宮……、マリエットが怪我をしたらしいって夜勤のヤツから連絡をもらって。違うのですか?」
「私が治したところだ。感謝したまえ」とフェリクス。
くすくすと笑い声。ルーチェだった。
「見事な三股、揃い踏み!」
「ですね」と従者。
「明日のトップニュースね。『渦中のマリエットの部屋で睨みあう三人!』」
「ルーチェさん!」
「冗談よ」
彼女の楽しそうな声に、つられて笑ってしまうのだった。




