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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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15・3第一王子対チャラ王子

「突然訪ねてくるなんて、失礼ではないか」とムスタファが冷ややかな声で非難する。

「許可を求めたら拒むだろう?」

 そう返したフェリクスは、非難をまるで気にせずに部屋に入って来た。

 私が立ち上がるとムスタファは構わないから続けろと言う。フェリクスに一礼をして、着席をした。


 二脚の椅子しかないので、フェリクスは立ったままだ。気になりつつも、書き途中だったものを進める。

「ふたりで出掛けたのだって?」とフェリクス。

「侍従もいた」とムスタファ。

「どうして声をかけてくれない」

「遊びに出たわけじゃない」

「だが――」と言いかけ私の手元を覗いたチャラ王子は、「マリエットにそんな特技があったのか」と言った。

「特技じゃない。能力と言え」とムスタファ。


「今日のムスタファはやけに積極的というか、オープンというか」フェリクスは不思議そうな表情だ。「『マリエットは三股じゃない、私のだ』アピールか?」

「……そこの従者」とムスタファがフェリクスの従者に声をかける。「この恋愛脳の主を連れて帰ってくれ。邪魔だ」

「つれないことを言うな」従者が答えるより早く口を挟んだフェリクス。「手土産もある」


 すると従者が手にしていた小ぶりの壺を主に渡す。そのフタを開いたフェリクスは、

「ラムボンボンだ」と言ってひとつ摘まむと私に差し出した。「マリエット。はい、あーん」


 え?

 戸惑い見上げると、フェリクスは良い笑顔を浮かべている。


 手で受け取ろう、そう考えついたとき、ムスタファがさっと動いたかと思うとフェリクスの手首をがしりと掴んで引き寄せて、私にしたのと同じように摘ままれたチョコを口に含んだ。


「美味だな」と平然としているムスタファ。

 対してフェリクスは目を見開いて相手を凝視していたけれど、やがて笑いだした。

「君がそうくるとはな。これは楽しい」

「そうか。楽しんだなら、そろそろ帰れ」

「いやだね」

 フェリクスは従者に指示をして、離れた場所の椅子を運ばせる。


「外出は昨日の講義に関連するものだったのだろう? 私も聴きたかった」

 そう言ったフェリクスの声には先ほどまでとは違い、幾ばくかの真剣さが含まれているようだった。


「お前が我が国の魔石流通に興味があるのか?」とムスタファ。

「輸入国は私の国ではないか」

 確かにそうだが。

「私は昨日も真剣に講義を聴いていただろう?」とフェリクス。


 ふたりは無言で見合っていたが、やがてムスタファが視線を私に向けた。

「マリエット。先ほどの書き付けを」

 かしこまりましたと返事をして、続き部屋の寝室のキャビネットにしまったそれを取りに行く。


 戻ってくるとムスタファは椅子にきちんと座り直していた。優雅に足を組んで彼らしくしている。今更感があるけれど、一応体面を保つ気らしい。

 書き付けを渡すと、彼はそのうちの何枚かだけをフェリクスに差し出した。

「他国の王子に見せられるのは、これだけだ」

「そう。感謝する」

 フェリクスは受け取ったものに目を落とす。


 結局私は、フェリクスが帰るまで休憩とムスタファに申し渡された。客人にお茶を淹れようにも余分なカップはないし、ムスタファは必要ないと言う。


「ムスタファは君とのひとときを邪魔されて立腹なのだな」とからかい口調のフェリクス。

「ああ、そうだな。読んだらさっさと帰れ」

 反論を諦めたらしい木崎のムスタファは、うんざり口調だ。


 その後方に控えめに立つと、

「マリエットは座ってボンボンを食べていてくれ。酒が好きなのだろう? ムスタファと飲んでいるようだし」と書き付けに目を落としたままのフェリクスが言う。

「……フェリクス。お前はストーカーか。気持ち悪いぞ」

 ムスタファがどん引きの顔をしている。私もうなずく。


 え、と顔を上げたフェリクス。

「ストーカーとは何だ?」

「相手につきまとって私生活を覗くことが大好きな変質者」

 ムスタファがきっぱり言うと、フェリクスの従者が吹き出した。慌てて、失礼致しましたと取り繕っている。

「どうやらお前の従者も賛成のようだ」

「ツェルナーは私に厳しいのだ。しかし酷い言い草だな」


 チャラ王子はそれ以上は口を開かず、また視線を落とした。

 ムスタファは私に着席させると壺を指して、食べてやれと言う。ひとついただく。


 苦いチョコと豊潤なラム酒が口の中に広がる。

「美味しい!」

 フェリクスが目を上げて、そうかと嬉しそうな顔をする。

「お前は酒なら何でも旨いのだろう」と木崎のムスタファ。

「ちがいます。苦手なものも――」

『ある』と続けようとして、思わず言葉を飲んでしまった。苦手なのは日本酒だ。この世界には存在しないだろうから、フェリクスに何かと訊かれたら答えられない。

 それを敏感に察したらしい木崎のムスタファは、ニヤリとした。

「仲良しアピールはいらないぞ」とフェリクス。


 しばらくすると読み終わったらしいフェリクスは書き付けをムスタファに返して礼を言ったあとに、私を見た。

「君はなかなか良い仕事をするようだ。惚れ直したよ」

「『見直して』下さったとは、身に過ぎるお言葉をありがとうございます」

「私にもムスタファと同じぐらいに警戒を解いてくれないか」

「良い方法があるぞ」と何故かムスタファがフェリクスに笑みを向ける。

「何だ?」とチャラ王子。

「カールハインツ・シュヴァルツ並みの真面目な堅物になることだ」

「残念。却下だ」と言下に拒否するフェリクス。

「では諦めるのだな」と勝ち誇った顔のムスタファ。


 なぜ木崎がその表情なのだとツッコミたいけどガマンして、そのとおりとうなずく。


 フェリクスは私を見た。

「諦めてほしいか?」

「はい」

「では交換条件」とにっこりするチャラ王子。「チョコを食べさせてもらおうか」

「はい?」

「ムスタファにはさくらんぼを食べさせてやったのだろう?」

「っ!?」


 木崎を見ると、気にするなとでも言いたそうな顔をしている。いったいいつの間に話したのだ。本気でこんなことでマウントを取るつもりだったのか。どれだけフェリクスに勝ちたいんだ。


「食べさせてくれないと、諦めないぞ」と脅しをかけてくるフェリクス。

 するとムスタファがボンボンを摘まんでチャラ王子に差し出した。

「はい、あーん」

 フェリクスが瞬く。

「あなたは『誰に』とは言ってませんからね」と従者が主を見て言う。


「ほら、さっさと食べろ」とムスタファ。

「断る。私はマリエットがよい」

「あまり侍女を困らせると、ロッテンブルクが本国に素行不良の知らせを送るぞ」

 フェリクスは降参したかのように吐息した。「分かった。それは困る」

「さっさと帰れ。彼女は仕事中だ」

「分かった、分かった」


 フェリクスは渋々といったていで立ち上がると、またなと私にウインクをして去って行った。従者が邪魔をしたことを丁寧に詫びて後を追う。


 ムスタファは手にしたままのボンボンを口に放り込んだ。

「ちょっと! 本当にフェリクスに話したのね」

 声をひそめて抗議をする。

「あいつを悔しがらせたいし」としれっと言う木崎。

「私を巻き込まないでってば」

「仕方ないだろ。他で勝てるところがねえんだもん」


 素直に拗ねるムスタファ。

 ……なんだか可愛く見える。

 これの中身は木崎なのに。


「……でも、まあ。フォローはしてくれたから、その感謝はする」

「当然」と木崎。

「それと」

 行きの馬車のことを考えて、むず痒い気持ちになる。木崎に親切にされるのは、居心地が悪い。だけどちゃんとお礼を言わないと。機会がなくて、まだ言っていない。


「馬車ではありがとう。おかげで体調を持ち直せました」

 座ったままだけど、手を膝の上で揃えて頭を下げる。


「当たり前だろ。きちんと仕事をしてくれねえと、お前を連れて行くと決めた俺の評価が下がる」

「うん。書記にしてくれたことも、ありがとう」

「宮本をアゴで指図できるのは気持ちがいいな」


 前世ならば反発するところだけれど、仕事は楽しかったので言い返さなかった。ただ、気になるのは今日一日が、まるで溺愛ルートにでもいるかのようなことだ。


 きっとまた好感度と親密度が上がっているのだろう。


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