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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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14・5近衛隊本部

 近衛専用の建物。


 これも城ですかと尋ねたいほどに優美な外観だ。正面から見ると横長の長方形に見えるけれど真上から見るとカタカナのロの形で、中庭が訓練場になっている。


 建物入り口の前には一対の獅子像があり、片方の台座には近衛隊が所属している『近衛府』の銘板が、もう片方の台座には近衛隊の標語『尊き者を守ることに全身全霊を捧ぐ!』の銘板がはまっている。


 と言っても、中庭も獅子像も銘板もゲームで得た知識。

 現実のほうもそっくり同じではあるようだけれど、獅子像は威圧感が半端ない。更にそれらに挟まれた階段を登った先には番兵がいて、こちらもまた物々しい雰囲気を醸し出している。


 唾をごくりと飲み込み背筋を伸ばし、怯んでなんていませんよ、という顔をして彼らに用件を告げた。

 するとその目に一瞬好奇の色が宿り、親切丁寧に受付の場所や仕方を教えてくれた。

 受付でもやはり好奇の目が向けられたけれど同じく親切で、更には若い近衛が訓練場への案内まで買って出てくれたのだった。


 その親切は私がヒロインだからなのか、綾瀬のせいなのか。


 男だらけの近衛本拠地は、確かに独特の雰囲気で享年30歳の私でも萎縮してしまいそうだったけど、考えていたよりはウェルカム感がある。

 若い近衛について長い廊下を歩く。

「訊いていいかな」と近衛。はいと答える間もくれずに「何でレオンをフッたんだ?」と尋ねてきた。

「俺も知りたい!」と背後から声がする。振り返ると、扉が開いている部屋から若い近衛がふたり、顔を出していた。


「……他の方に片思い中なので」正直に答える。

「やめときなよ」と案内の近衛が言う。「レオンはちょっと変わり者だけど、いい奴だ。絶対にお勧めだ」

 そうそうと背後から同意の声。


「……トイファーさんのお友達なのですか?」

「まあね。フラれた日のヤケ酒は朝まで付き合ったよ。だいぶ落ち込んでいたからな」

「落ち込んでいたのですか!」

 綾瀬は私の前でそんな素振りを見せてはいない。急な罪悪感に胸が痛む。


「そりゃな。フラれるのも求婚も初めてだ。さすがのレオンだって落ち込む」

「……フラレるのも?」

 若い近衛は、しまったという顔をした。

 ということは、レオン・トイファーはモテるだけでなく、それなりに恋人もいるということだ。


「いやでも君のことは本当にしょんぼりしているから」

 近衛が懸命にフォローをする。そうそうとまた背後からの同意。

 どうやら綾瀬は友達がたくさんいるようだ。知らなかった。

 結構楽しい人生を送っているのだろうか。



 友達に囲まれているレオンとそのとなりに立つ妻の私をちょっと想像してみる。幸せ夫婦という感はある。

「だけれど、やっぱりなしです」

 きっぱりと言うと、若い近衛はがくりと肩を落としたのだった。



 ◇◇




 訓練場に出て、目をみはった。剣のかち合う音がしないなと気になってはいたけれど、そこで行われていたのはなんと、ラダーだった。


 私の様子に気がついた案内の近衛が、

「遊んでいるんじゃないぞ。俊敏性を鍛える訓練なんだ。レオンの発案でね」

 と得意げに説明する。


 なんてことだ。すっかり綾瀬の手柄になっている。やりたいと言い出したのはムスタファ王子ですよと教えたい。

 が、ややこしいことになるのは目に見えているので黙るしかない。


 それに私はカールハインツの剣術を見たかった。期待していた。

 これはこれで面白いけどさ。わくわくしていた私の気分はどうしてくれるのだ。こんなオチはいらないのに。


 私がちょっとばかり拗ねていることに気づかず案内役はスタスタ進み、監督役をしているカールハインツの元にたどり着いた。彼は鋭い一瞥を私に向けたものの、無言で案内役の話を聞いている。それが終わると堅物隊長は

「それは分かったが、何故ここに彼女を連れてきた。言伝て程度の使者は訓練場に入れない規則だが」と厳しい声音で責めた。


「すみません。レオン発案の訓練を彼女に見せたかったんです。点数稼ぎをしてやりたくて」と案内役の近衛。

「それに」となぜかカールハインツの副官が後を次いだ。「みなレオンをフッた侍女を見たいと願っていたからな」

「訓練に私情を挟むな」とカールハインツ。

 すみませんと案内役は素直に謝って、さっさと持ち場に戻って行った。


 つまり私は見世物だったらしい。だけどたとえラダー中だとしても訓練を監督しているカールハインツを見られたから、良しとしよう。


「それでムスタファ殿下から、何の伝言だ」

 ジロリと私を見る彼は、機嫌が悪そうだ。これでは好感度の上げようがない。私は簡潔に、カルラに嘘をついたから、シュヴァルツ隊長は人参好きとの口裏を合わせて欲しい旨を伝えた。


「『承知いたしました』と伝えろ」とカールハインツ。やや眉間が寄り、一段と不機嫌だ。

「いやいや、まさかのシンクロではないか」と副官は楽しそうだ。

「シンクロ?」と尋ねる私の声と

「オイゲン!」と副官の名前を呼ぶ隊長の声が重なった。


「ここだけの話だかな」

 と、カールハインツと同世代に見える副官は私に近づき声を落とした。

「彼も嫌いなのだ。勿論、人前ではおくびにも出さないが、私とふたりきりのときは当然のようにひとの皿に入れてくる。相当に嫌いなんだ」

「まあ」


 新情報だ。ゲームではそんな設定はなかったもの。

「真面目な隊長も案外可愛らしいところがあるのですね」

 だろうとうなずく副官。

 はっとして、

「ということは」と思わず手を叩いた。「カルラ様が人参を克服したらシュヴァルツ隊長より立派な近衛になれるかもしれないですね」


 とたんに副官の顔からいたずらげな表情が消えた。カールハインツの不機嫌さも増している。そして彼は

「女は近衛になれない」

 と吐き捨てるように言った。


「……今はそうかもしれませんけど、この先もずっとそうだとは限りません。カルラ様があんなに目を煌めかせて『シュヴァルツ隊長みたいになりたい』と願っている気持ちを、女だからなんて一言で潰すのですか? 幼い女の子の夢を踏みにじることに罪悪感はないのですか?」


 彼のような近衛になるために、大嫌いな人参すらも食べようとしているカルラを思うと黙っていられなくて、思わず捲し立ててしまった。


 カールハインツは黙って私を見返している。


「だけど無駄に期待を持たせるのも気の毒ではないか」

 副官が取りなすような口調で言う。

「カルラ様の熱意で何か変わるかもしれないではないですか。それに少なくとも、カルラ様があんなに憧れているシュヴァルツ隊長が、そんな口ぶりで『なれない』と断じるのは良くないと思います」

「まあ、それは」と副官はむにゃむにゃと言葉を濁した。


「とは言え、生意気なことを申し上げました。お許し下さい」

 もしかしたら庭でカルラにムスタファのことを進言してしまった時のように、今回も私の知らない事情があるかもしれない。

 ついつい腹立ちまぎれに捲し立てたことを反省する。


 侍女らしい節度をと自分に言い聞かせて、訓練中に邪魔をしたことも詫びてその場を辞した。

 好感度を上げるどころか下げるようなことしてしまった。不幸中の幸いは、現在の数値が底値だからこれ以上は下がりようがないということだ。





おまけ小話 ◇元後輩はモヤッとする◇

(元後輩の近衛兵、レオンのお話です)


「え。午後は共に出かける?」

 フェリクス殿下は去ってムスタファ王子の私室に戻り、再びふたりになると、木崎先輩は午後の外出に宮本先輩を連れて行くからと言った。


「そう。書記をやってもらう。それだけだから、妬くなよ」

 王子は定位置らしい長椅子に優雅に腰掛けて、長い足を組む。


「侍女見習いが王子の書記?」

 思わずそう言うと、ムスタファ王子は冷ややかな目を僕に向けた。

「いや、宮本先輩なら申し分ない仕事をするとは分かっていますよ。ただあまり、一般的ではないですよね」

「だから?」とやはり冷ややかな王子。

「変な噂に拍車をかけるのではないですか」

「そんなくだらないものを気にして、使える人材がそこにいるのに諦めるなんて俺は嫌だね。ヨナスと同等の侍従がいなくて困っているんだ」


 そうですかと答えて、首をひねる。

 本当だろうか。探していないだけではないだろうか。

 というかその前にもっと重要なことがあった!

「それよりも先輩! 宮本先輩にさくらんぼを食べさせてもらったって何ですか! ちゃんと説明をしてくださいよ」


 ああと頷いた先輩は思い出したのか、くっくと笑っている。

「あいつ、俺に意趣返しであーんをしたんだ。怯むと思ったんだろうな。そんなもん、こっちは慣れているっていうの」

「……そういえば先輩の好みって、あざと可愛い女ですもんね」


 同期で同じ第三営業部だった間宮さんを思い出した。先輩の元カノだ。彼女にとって彼氏にあーんをするのは普通のテクニックで、それが好きそうな男にはガンガン行い、可愛さアピールをするのだそうだ。飲みの席で、自らそう話していた。


「だけどそれって木崎先輩の話でしょう?」

 ムスタファ王子の美しい横顔を見ながら問う。木崎先輩は銀髪でもなければ二十歳でもなかった。

「ムスタファ殿下としては、され慣れていないのではないですか?」


 人嫌いであまり表に出て来ない王子。女性と関わろうともしない。

 前世はともかくとして、今のこの人はつい先日までそんな人間だったのだ。


「木崎の記憶があるから、慣れているのと同じに決まっているだろ」

 いつもの先輩の口調でそう答えた王子は、うっすらと顔が赤らんでいて、なんだかモヤっとしたのだった。


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