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2・2推しの誤解と謎

 カールハインツとすれ違った翌日。ロッテンブルクさんが朝の打ち合わせを終えると私を個室に呼び、近衛のシュヴァルツ隊長が私のことを調べている、と告げた。


「調べるも何も王宮に上がる前に身上書を出しましたし、近衛総隊長に挨拶も済ませていますが」

 困惑して、ついロッテンブルクさんも旧知のことを口にしてしまう。


 侍女になる女性はだいたいがそれなりの家柄の人物で、家族構成や縁戚など洗いざらい書いて提出する。

 私の場合は、正直に孤児院出身と書いてある。ただしその後に、ひとつの嘘がある。とある公爵夫人の恩人で、侍女へは夫人の推薦、との但し書きだ。


 基本的に私が前国王の落とし胤とは明かしてはいけないのだ。どうやら私の母親がだいぶ身分の低い使用人だったためらしい。それなのに侍女として城に引き取ってくれたのは……なぜだかよく分からない。多分ゲームを作った人がそこまで詳しく考えていなかったのだろう。


 とにかくそんな訳で秘密があろうとも、規定の手続きを取って出仕をしているのに、何を調べるというのだ。私に不審を抱かれるような振るまいがあったというのか。

 ……いや、おおいにあるな。


「私にも確かなことは分かりません」とロッテンブルクさん。「ですが思い当たることがひとつ。昨日、あなたはムスタファ殿下に話しかけられました」

 やっぱりあいつ関連か。

「珍妙な叫び声に近衛の面々も振り返っていました」

 そうだったのか。全く気がつかなかった。カールハインツに聞かれたのかと思うと恥ずかしい。だが問題はそこではない。


 それと今回の話がどう繋がるのか。状況を鑑みるに、答えはひとつ。

「第一王子に近づく不埒な女と認識されてしまったということですね」

「逆です。殿下に気に入られた娘、ということです」


 とんでもない誤解に、ざっと顔から血の気が引く音が聞こえた気がした。


 ムスタファはご令嬢方に人気の王子だ。本人の言う通りにモッテモテ。だけど孤高の王子は彼女たちに興味を持たない。

 それが誰かを特別扱いするようになったら? 当然、令嬢たちは『誰か』をやっかむ。カミソリ入り手紙が現実になるのだ。


「勘弁して下さい」

 まだゲーム開始前だというのに、いじめられてしまうではないか。

「マリエットは玉の輿に興味はないのですか」

「恋愛に興味はあるけど、王子たちは遠慮します。あんな人たちに好かれても厄介事になるだけではありませんか」

 目を見張ったロッテンブルクさんは、ふっと笑った。明確な笑顔を見せてくれるのは初めてではないだろうか。

「あなたは正直ですね。では私も正直に言いましょう。私も昨日の様子から、シュヴァルツ隊長と同じことを考えていました」

「何故ですかっ」


 つい勢いこんで尋ねてしまう。あいつと交わした言葉はたった一言だし、他の人に聞こえる声量ではなかったはずだ。昨日に限っては、おかしなふるまいもしていない。


「ムスタファ殿下は自ら女性に声をかけることはしません」

「最近は変わってよく話すと言ってませんでしたっけ?」

「言いました。以前に比べれば喋ります。ですが近しい人とだけです。王宮に入り立てのよく知らない侍女見習いに、というのは違和感があります」


 そうですかと真顔でうなずきながらも、腹の中は木崎に対して煮えくりかえっている。あの時あいつは何で話しかけてきたのだ。『モッテモテ』を自認しているのなら行動に気を付けろ、ボケナスが。


「そもそも見かけない顔がいたからといって、声掛けするような方ではありませんからね」

 ぐっ。下手に嘘をついて後でバレるより、ムスタファと話した事実を告げるほうが良いと判断してのことだったけど、失敗だったようだ。


「どんな気まぐれなんでしょうね」

 ロッテンブルクさんはじっと私の目を見ていたが、やがてうなずき

「殿下に興味がないのならば、うまく避けなさい。王族男性に気に入られるとあちこちから妬まれます」

 と言った。

 そのあたりのことなら、よく知っている。このゲームは決まった悪役令嬢はいない。代わりに様々なモブ女からいじめられるのだ。


「肝に銘じます」

 そう答えて、この話は終わった。




 ◇◇




 そんな会話を交わしてからほどなく。王妃の部屋からお茶セットを下げひとりで運んでいると、ムスタファの従者に声をかけられた。きのう剣呑な眼差しを主に向けていた彼だ。

 名前はヨナス。王宮に上がった日に挨拶したきりだけど、人の顔と名前を覚えるのは得意だから間違いない。特にムスタファ関係は避けたかったのでしっかり記憶した。


 そのヨナスが

「重そうだ。途中まで私が持とう」と近寄って来たのだ。

 私、にこりと笑顔を浮かべ

「これも立派な侍女になるための大事な仕事です。お気遣いだけ、いただきますね」とはっきり拒絶。

「え?」と戸惑うヨナス。「……珍しい子だね、君」


 ということは、ヨナスは頻繁に侍女見習いにこういう声掛けをしているということだ。ナンパ師だな、こいつ。

 年は20代後半といったところ。取り立てて特徴はなく、敢えて言うなら誠実そうな面立ちぐらい。孤高の王子の従者ながら、外見と中身は違うらしい。


 しかも断ったのに何故かヨナスがついてくる。仕事は慣れたかとかつまらない質問をしながら。


「ところで君、孤児院出身だよね。あまりそうは見えない」

 この質問、一体何度目だろう! もう紙に書いて背中に貼っておきたいぐらいだ。

「知り合った公爵夫人のお屋敷で、メイドをしながら言葉遣いや仕草を教えていただきました」


 そう。そこで三ヶ月ほどみっちり特訓してきたのだ。有能な私はそれだけの期間でも、きっちり身につけることができた。

 元々昼夜、かしこまったレストランの給仕をしていたから、口調も素振りもそれなりに良かったし。


 ゲームをしていたときは『17歳まで孤児院で生活』に何の疑問も持たなかったけれど、実際には珍しいことだった。潤沢な資金がない孤児院が面倒見られる子供の数は少ない。だからほとんどの子は遅くても15、6歳になるまでに、住み込みで働ける仕事を見つけて卒業する。


 私の場合、赤子で捨てられていたときにおくるみに手紙が挟まれており、『必ず迎えに来ます』と書かれていたそうだ。そして添えられた大金。


 院長はその手紙を信じて私に孤児院を出ていかないように言った。だけど肩身の狭い私は懸命に稼いで、給金は全額院に納めていたのだった。



 ヨナスはなるほどねとか意味のないことをつらつらと連ね、私は適当に返事をする。


 と、彼は

「ちょっと盆を貸して。首もとの服がおかしい」と強引に盆を取った。

 その際にするりと手に触れてくる。文句を言おうとして、紙の感触に気づいた。

「しまって後でひとりで見るように」

 ヨナスはささやくと何事もなかったように盆を手にした。


 言われた通りに小さく折り畳まれたそれを、服の隙間にいれて首もとを直すふりをした。

 とんでもないナンパの手口だ。


 ……と言いきれたなら良かったのだけど。表情を見る限り、そうではないようだ。となると。


「よし、直った」とヨナスは私に盆を返すと、去って行った。





 後で紙を開くと、そこに書かれていたのは。


『ヤツを見るときは表情に気をつけたほうがいい。どうやら隊内に《隊長を肉食女から守る会》があって、近づく女を排除しまくっているようだ。情報料は高いからな』


 そしてフリーハンドで書いたとは思えない、上手な社章。本名の署名代わりだろう。


 何で社章がこんなに上手いんだ、とか。誰が情報くれなんて頼んだんだ、とか。だから昨日は声を掛けてきたのかとか、あれこれ思いつつ。

 《隊長を肉食女から守る会》とは何だろうと戸惑った。

 ゲームにそんなものは出てこなかったし、近衛兵に邪魔されたり意地悪されることもなかった。


 何があろうともカールハインツとハピエンを迎えるつもりだけれど、もしかしたらゲーム通りにはいかないのかもしれない。


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