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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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14・3礼拝堂

「いつからそこにいる」とムスタファが妹に尋ねた。

「んと。お母さまとお父さまが何かに出るお話。マリーの声がしたから……」

 カルラは怒られると思ったのか、段々と声が細くなった。上目遣いで兄を見ている。


「怒っていないから、こちらへおいで」とムスタファは王子の顔になって言った。

 私は立ち上がって椅子にカルラを座らせる。普通の椅子だから顔がかろうじて卓上に出ている程度だ。クッションをしいたほうがいいだろうか。


「怒ってはいないが」とムスタファは構わず話す。「私とマリエットが仲良しなのはヒミツだ。そうしないと彼女が叱られるかもしれない」

「わかった!」

 パッとカルラの表情が明るくなる。嬉しそうにニマニマしているから、もしかしたら『ヒミツ』という言葉が気に入ったのかもしれない。


「お兄様はマリーと仲良しなのね」とカルラ。「それならムスタファお兄様はイヤな人じゃないんだ!」

「……なんだその理論は」と言うムスタファは、それ程呆れているようではない。むしろ楽しそうだ。

「だってマリーはシュヴァごっこを一緒にしてくれるもの。悪いヤツがうまいんだよ」

「そうか。それは面白そうだ」とムスタファ。


 と、廊下から

「カルラ様ぁ!」

 と彼女を呼ぶ声がした。とたんにカルラは首をすくめる。

 ムスタファは立ち上がると扉を閉めて、また席に戻った。


「それで朝から逃亡しているのはなぜだね」

「だって、ひどいの!」またパッとカルラの表情が変わり、今度は怒り顔だ。「絶対ににんじんは出さないでって言っているのに、朝ごはんがにんじんのポタージュだったの!」


 ムスタファの視線が空のスープ皿に向く。


「美味しかったが、そうか、カルラは人参が嫌いなのか」

「そう! あんなものはニンゲンは食べてはいけないの! 食べていいのはウサギだけよ」とカルラ。

 可愛くて、にやけそうになってしまう。


「それではシュヴァルツ隊長のようになることは諦めたのだな」とムスタファ。

 カルラは目をぱちくりする。「なんで?」

「おや、知らなかったか? 隊長は無類の人参好きだ。彼の強さのヒミツは人参だという」


 カルラの顔は真っ白になり、口元がはわわと震えている。


「ほら、小さな姫君は可愛らしくフルーツを食べているといい」とムスタファはそれが盛られた皿をカルラの前に置いた。

「……フルーツじゃシュヴァになれない?」とカルラ。

「一般の近衛兵程度ではないかな」とムスタファ。

 カルラはぴょこんと椅子から降りた。


「……帰る」

「そうか」と笑顔のムスタファ。

 私は先回りをして扉を開ける。左右を見ると廊下の先にカルラの乳母がいたので、小さな姫君を引き渡した。


 王子の部屋に戻ると木崎のムスタファは残っていたフルーツを優雅に食べていた。

「宮本も食えば?」

「遠慮する。子供の扱いがうまいね」

「甥っ子がふたりいるからな。家も近いから頻繁に会っていたし」


 だからこの前、カルラ捜索に加わったのかなと考える。

 それから急にムスタファは澄ました顔になった。


「侍女見習いに仕事を申し付ける。礼拝堂のあと、シュヴァルツの元に行って口裏合わせを頼むように」

 木崎はニヤリとした。

「これは貸しだぞ。うまく好感度なり親密度なりを上げて来い」




 ◇◇




 礼拝堂は王宮の地階の一隅にある。絢爛きらびやかな城の中でここへ入る扉だけはシンプルだから、かなり目をひく。上部がアーチ型で両開きのそれは木製で、装飾は何本か縦に細いラインが入っているだけ。取っ手は頑丈そうな鉄製だ。


 かつては(かんぬき)があったようで、閂かすがいだけが四つ残っている。かなり大きいから、閂も相当なサイズだったのだろう。

 今は鍵はかかっていないけれど、シンプル故に神聖な雰囲気があって誰も近づかないようだ。


「近衛でも入ったことがある者は少ないらしいですよ。隊長もないと言っていました」


 どこか浮かれた調子で話すのは綾瀬のレオンだ。どうやらヨナスが留守中の主の護衛を近衛に頼んだらしい。昨日ムスタファがカールハインツとレオンを従えていたのは、そのためだった。

 今日は本当は別の近衛兵の予定だったそうだけど、前世の話ができるようにと、ムスタファはレオンを指名したという。


 木崎は王子、レオンは護衛。ならば扉を開けるのは私かなと考えて前に進み出て、片方の鉄の取っ手を両手で握りしめた。ひんやりとしている。それを手前に引いて……。

 引いて……。


「あれっ?」

 引いても引いても、重くてぴくりとも動かない。

「鍵、かかっているんじゃない?」

 ぶふっと吹き出す木崎。

「可愛いなあ、もう」と綾瀬。「僕に任せて下さい」

「だって護衛が王子から目を離したらいけないと思ったから」

 綾瀬に場所を譲って下がる。

「ならお前が俺を守っとけ」と木崎。

「それは業務に含まれていません。と、思いたい」


「あれ」と取っ手を持った綾瀬が声を上げた。「確かに重い。見た目よりかなり」

 そして腰を降ろし、よっと声を出して力いっぱいに引く。少しばかり動く。綾瀬はさらに、

「んんっ!」

 と気合いを入れて、扉を開いた。そのまま目一杯まで引くと、自然に止まる。ストッパー付きの蝶番なんてないだろうから、そういう魔法がかけてあるのだろうか。


 扉を観察すると、厚さは20センチはある上に、内側には全面に、植物模様のレリーフが美しい青銅が張られていた。こちらもかなりの厚さがある。

「重いはずだ」と綾瀬。

「ご苦労」と木崎がわざと澄ました顔をして綾瀬を労ったあとに私を見て、ほら、と顔の動きで礼拝堂の中を示した。


 自然と高まった胸で、中を覗く。そこは小さいながら、完全に王宮とは別世界だった。

 奥に向かって縦長の室内は右側に明かり取りの窓が並び、奥の主祭壇の真上からも光が入っている。造りは扉同様にシンプルで壁の大部分は漆喰が塗られていて白というかクリーム色。床は花崗岩のような石のタイル。三人掛けの参列席が左右に五列ずつ。

 主祭壇の背後の壁には、シンプルな木の十字架がかかっていた。

 この世界はカトリックによく似た宗教が主流なのだ。


 ムスタファが私の脇を通り抜けて、スタスタと中に入る。左の壁を見て、

「このフレスコ画」

 と言った。私、レオンと続けて入る。


 左側の壁は四角い柱が三本あり、それを区切りとして小さなみっつのフレスコ画があった。一本目の柱から入り口側が磔刑、一本目と二本目の間が洗礼、二本目と三本目の間が受胎告知。


「姉貴の本棚で見たことあるんだよ。有名なヤツだと思う。違うとしても、なんか良くないか?」

 木崎の言葉にうなずく。どれも優しい筆致で、聖母は少女のようだし、天使の羽は七色で美しい。私も知らないけれど、確かに見入ってしまう。


「フラ・アンジェリコですね」とレオンが言った。「そっくり同じかまでは分かりませんけど」

「詳しいのか」と木崎。

「うちは家族全員カトリックなんです。いや、『だった』ですね」と綾瀬は苦笑する。「僕は体が弱くてすぐに寝込んでいたと話したでしょう? そうなると親は『これを見ていろって』僕に宗教関連の画集や写真集をを押しつけていたんですよ」


 綾瀬の話では、この世界の教会の建物そのものや中の様子は、前世の世界にあった色々なものを切り貼りしたような仕上がりらしい。

 ゲームデザイナーが考えるのが面倒だったのだろうか。


 こういうのは一応始めから見たほうが良いかなと考えて、最奥の受胎告知の前に進む。と、三本目の柱の向こうに、少しだけ白い石像が見えた。

 更に進んで見てみると、それはドラゴンとそれに向かって槍を構えている人物の石像だった。それほど大きくはなく、台座は私の首の辺りまで高さがあるけれど、像自体は50センチ四方ぐらいだ。


「ああ、これ」と木崎。「この並びにあるのは、なんか変だよな。綾瀬は分かるか?」

 綾瀬がやって来て、ああとうなずく。

「聖ゲオルギウスですね。竜を退治した逸話が有名な聖人です。だけど姫がいないな。ジークフリートの方だろうか」


 綾瀬の話では、聖ゲオルギウスは聖人で姫を助けるために竜を退治、ジークフリートは伝説の英雄で竜を退治してその血を浴びたことにより不死になった人物らしい。


「まあ礼拝堂にあるのだから、聖ゲオルギウスでしょうね」

「物知りだな、お前」と木崎。「ただの不思議ちゃんじゃなかったんだ」

「いやいや、僕だってちゃんと就職戦線を勝ち抜いて採用されているんですからね」


 ふたりの話を聞きながら、礼拝堂を見渡す。

 この世界に宗教はあるけれど、大方の人間は冠婚葬祭のときしか関わらない。王族も同様のようで私が侍女見習いになってから、パウリーネや姫たちがここを訪れたところは見たことがない。

 だけど木崎はここを知っている……。


「実はあそこに」と木崎が石像のすぐ左手の柱の側面に手をついた。するとそこがすっと開く。扉になっていたらしい。中は真っ暗、と思ったら木崎は中に入り右手の壁を探った。がちゃりと音がして向こう側から光が入る。


「廊下に繋がってるんだよ。忍者屋敷みたいじゃね?」と木崎。

「正面扉は正式用、普段はこちら、ですかね」と綾瀬。

「さあな。子供のころにたまたま見つけて、それからよくひとりで入っていたんだ。ここなら誰にも見つからなかったからな」


  ……ヨナスと出会う前の、ムスタファ少年の安息の場所だったのかも。

 そう考えて、切なくなった。


「秘密基地ですね」と綾瀬。

「そ、秘密基地」と木崎。

 男子たちは楽しそうだ。

 なるほど、秘密基地と言うと格段に心踊る場所になる。


 そう思いながら、天使に受胎を知らされている新米お母さんの優しげな顔を見上げた。


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