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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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13・5ゲーム討論②

 ゲームを止めたらどうなるのか?


 問いかけられた言葉に思考が止まる。

「例えばだが、このままならシュヴァルツを選べない。だから誰も選択をしないとか」と木崎。

「……そうか」


 つい今朝まで、私は完璧にゲームを進められると考えていたから、カールハインツを選択できないなんて考えはなかった。当然のこと、ゲームをやめるなんて発想はない。


「もしくは綾瀬と結婚」と木崎が続ける。「お前がゲームにない行動を取ったらどうなる?」


 真剣な表情のムスタファ。

「ごめん、分からないとしか答えられないよ」

「予測でいい。俺たちの状況は『異世界転生』って言うんだろ? 間宮が好きで本を集めていたから知ってはいるんだが、詳しくはない。お前は読んでいなかったか?」

「予測でいいのなら」


 前世の記憶を探ってみる。乙女ゲーム好きだったから、それを舞台にした異世界転生というジャンルがあるのは知っている。ただ、私もそれほど詳しくはない。


「希望は何事も起こらないことだけど、ありそうなのはゲーム展開が強制的に進むことと、スタートに巻き戻るかな」

 それぞれがどんなものなのかを説明する。


「『強制的に進む』には害があるか?」と木崎。

 九割五分はないと思う。このゲームはバッドエンドでも誰かが大きな不幸に見舞われる展開はない。唯一の不幸はバルナバスとのハピエンにあるムスタファ討伐だ。

 それとゲーム的にはバッドエンドではないけれど、私たちとしては絶対に回避したいムスタファハピエンルート。


 強制的に進んでしまって困るのは、このふたつ。そう話すと木崎は

「つまり当初から方針は変わらないんだな。問題はなくはないけど、ひとまず置く」と言った。「厄介なのは『スタートに巻き戻る』か」


 記憶を持ったまま戻って同じ人生を繰り返すのは面倒だし、記憶を無くしたとしても、それでゲームをクリアするまで何十回と繰り返すのはぞっとする。何より全て忘れてしまうこと自体が嫌だし。


 幸いにして木崎も同意見だった。


「となると、この可能性を否定できない以上、ゲームをやめることは無理だな」

「リスクは冒したくないね。しかし木崎と意見が合う日が来るとは!」

「宮本もようやく俺の高みに到達したか」

「何を言っているの。木崎が私のレベルにランクアップしたんでしょ」


 そんな軽口をたたいて。だけどムスタファの表情は、どこか曇っているように見えた。


「木崎。なんでゲームをやめるなんて考えついたの。何かマズイことでもあった?」

「いや別に。前から疑問に思っていただけだ」


 何もないようには見えないけど木崎は話を終わりにしたいのか、ちょっと待っていろと言って立ち上がり、円卓に置かれているデキャンタを手にした。

「飲むだろ? 」

「ありがと。でも遠慮する。まだ仕事中だからね。お酒の匂いをさせて戻るわけにはいかないよ」

「……そうか」

 木崎は持ち上げていたそれを卓に置く。

「木崎は飲みなよ」

「ひとりで飲んでもな」


 そう言って木崎は元通りに座った。

「私の見解ですが」こほんと咳払い。木崎相手に言葉にするには、ちょっとばかり緊張するのだ。「そういう優しいとこをね、ゲームの神様だかプログラムが判断を誤るんだと思う」

「は? 俺は優しくした覚えはねえ」

 うん、そう言うと思った。


「だいたいこの程度で好感度・親密度が上がるなら、デレてるカールハインツだって上がってなきゃおかしい」

「そうなんだよ!」

 木崎の言葉に大きくうなずく。

「考えられるのはゲームのバグと」と木崎。「上がっているのに、お前自身が下げて結果ゼロにしているってとこだな」

「だけど下げ要素の心当たりはないんだよ」

「三股の噂じゃねえの? あいつは清純が好みなんだろ?」と木崎。

「それは私も考えた。というか最新版はカールハインツも含めて四股」


 ぶふっとまた木崎が吹き出す。

「実際は三十歳まで男と付き合ったことのない喪女なのにな」

「ちょっと待った。確かに社会人になってからは喪女だけど、学生のころは彼氏がいたから」

「嘘だろっ!」

 ムスタファは驚愕の表情だ。なんて失礼な。


「本当だから。しかも適当な付き合いじゃないよ。四年近く、真面目に交際していたんだから」

「交換日記とか?」

「そんな訳ないでしょ。大学生の時だよ?」

 だからまあ、それなりに。年相応の交際だった。


「妄想じゃなくて?」とまだ驚いた顔の木崎。

「ちがいます」

「なんで四年も付き合って別れたんだ? 浮気されたか?」

「……社会人になってさ。仕事に夢中になっていたら、『お前は俺がいなくてもやっていけるよな』ってフラれた」


 苦い思いがよみがえる。確かに私に悪いところはある。だけど彼氏のことは好きだったから連絡はかかさなかったし、時間のやりくりをがんばって月に一、二度だけどデートもしていた。私には必要な人だったのに、彼氏には伝わっていなかった。


「ああ。小さい男だったんだ」木崎の言葉にいつのまにかうつむいていた顔を上げた。

「いるよな、自分が女の一番じゃないと満足できないクソ男。他で認められないから女にすがってんだよ。俺は絶対友達になりたくないタイプだぜ、そんなの。お前はやっぱり男の趣味が悪い」


「……彼女を取っ替え引っ替えしていた木崎に言われてもなあ。自分も最低男だとの認識ないでしょ」

「ねえよ。最低じゃねえもん。俺は自己満足のために彼女を傷つけたりはしねえから」

 ドヤ顔の木崎、ではなくムスタファ。

「……気のせいかな。さっきからすごく真っ当なことを言っている気がする。発言者が木崎でなければ、めちゃくちゃ感心できるんだけど」

「そこはしとけ」


 だけど、とムスタファは通常の顔に戻った。


「シュヴァルツも確実に女に依存されたいタイプだぞ」

「……守りたいタイプと言ってくれるかな」

「そんなんでいいのか?」

「いいの! 守られたいの!」

 ふうん、とムスタファ。やっぱり性格と好みが合ってないと言う。

 それからどかんと豪快に背もたれに身を投げ出した。


「三股の話。どこまで聞いた? ていうか、俺のこと」

「俺のこと、とはどういうこと?」

 そう尋ねるとムスタファは大きなため息をついた。

「『近頃ムスタファ王子が剣術を始めたのはレオン・トイファーに対抗するため。使えもしない魔術をなんとかしようとしているのはフェリクス王子への対抗。マリエットにアピールしようと必死になっている』だそうだ」

 なんだその噂は。曲解しまくりだ。

「健気だね。アピール百点満点」

「違うだろっ」

 再びムスタファはため息をついた。


「端から見れば、俺が急にあれこれ始めたことが不思議だっただろうし、ちょうど良い理由が見つかったんで安堵しているんだろう。でもお前のためというのは、面白くない。全部俺のためだ」


 それならまず私を髪係に指名するのをやめなよと思ったけれど、口にはしなかった。正直なところ、ヨナスに次ぐ信頼があるというのは悪い気はしない。一方でムスタファの孤独は心配だ。


 お母様に関する噂が頭をよぎる。これはあくまで噂。事実か分からない不確かなもの。

 だけどムスタファの噂が事実と結びついているように、お母様の噂にも何かしらの真実が隠れている可能性はある。


 例えば魔王化防止の一環として、一緒にお母様のことを調べようと誘うのはどうだろう。


「これでシュヴァルツが増えて四股じゃ、更にあることないことを噂されるな」

 と木崎は話を続けた。お母様の件はまたあとで検討することにしよう。

「まあ面白くはないが、気にはしない。やりたいようにやるから、いいんだがな」

「張り切り王子。今日の講義はどうだったの? 社会情勢についてだったのでしょう? ためになった?」


 ああとうなずくムスタファ。


「我が国の魔石の産出量が減っている。それが市民や経済にどう影響を与えているかだった」

「おもしろそう」

 私も聴きたかったという言葉をかろうじて飲み込む。

 ムスタファが私を見る。

「良い社会を作ってよ、王子」

「お前はどうすんだ? シュヴァルツなんてガチガチの堅物だ。絶対に妻を働かせないぞ」

「……その時に考える」

「そもそもハピエンを迎えられるのか。いや、選択できるのか」

「だから傷を抉るな」

「何かないのか? カルラ発見みたいに、好感度を上げられるやつ」


 実は、あるのだ。それはパウリーネの庭園散歩に付き従っているときに起こる。十段程度の石の階段があるのだが、彼女が手をついた手すりが経年劣化で壊れていてバランスを崩す。そして外側に落ちるのだけど、私はたまたまその落下地点のそばにいるのだ。


 選択肢は、落ちたパウリーネに駆け寄る、石材が額に直撃するけどパウリーネが落ちるのを防ぐ、悲鳴をあげるヒマもなくショックで卒倒する、危ないと叫んで護衛の近衛に危険を知らせるの四つ。


 この中の、確実にパウリーネを助けられる二番目の選択肢を選べばカールハインツの好感度が上がる。


「またケガをするのかよ」とムスタファが眉をひそめる。

「しないよ。とっくに修理済み」


 初めてパウリーネの付き添いで庭園に出たときに危険な状態であるのをさりげなく確認して、すぐにロッテンブルクさんに報告をした。そして翌日には修理。今は何の問題もない。


「なんで?」と木崎。

「だって危ないじゃない」

 いくらカールハインツの好感度を上げるためとはいえ、誰かがケガをするような危険箇所を放置はできない。そう話すと木崎は、

「だから課長に姑息な手も使わないと行き詰まると叱られるんだ」と呆れた。

「私は木崎とちがって、正攻法なのがウリなの」

「で? 正攻法の結果、選択肢が俺とフェリクスしかなかったら、どうするんだ」


 それは午後からずっと考えている。でもどれだけ考えても、答えはひとつだ。

「万が一そうだったら、フェリクスを選んでバッドエンドを目指す」

 フェリクスは面倒くさいとは思うけれど、嫌いではない。なるべく迷惑や負担をかけないようにしたい。そして。


「彼に嫌われてエンドを迎えたあと、改めてカールハインツに好かれるようにがんばるつもり」

「これだけ予想外の進み方をしているのに、そう上手く行くのか」

「そこは根性」


 くはっと吹き出したムスタファは、さすが宮本と楽しそうに笑ったのだった。


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