13・4ゲーム討論①
「そんなことよりお前、もしかしてまたステイタスが出たのか?」
赤い耳をしたムスタファが訊く。
話題が変わったことに、驚くほどほっとした。さらさらと風に揺れる美しい銀の髪を見ながら
「そうだけど、よく分かったね」と答える。
「視線。頭上と顔の脇を凝視していたからな」
そうか。カールハインツなんて見間違いを願って、かなり長く見つめてしまっていた。木崎なら気づいて予測を立てるぐらいは当然のことだ。ライバルだったときの彼は、細かいところを見落とさないから客のニーズに応えるのがうまかったのだ。
「どの程度、聞きたい?」
「面白いところを全部」
「……じゃあ、なし」
「シュヴァルツがヤバかったんだろう? いいから話せ」
「人の傷を抉るのはよくないって覚えたら?」
「それが俺だと知っているだろう?」
「ムスタファはそんなキャラじゃない」
「だけど現実はこっち。諦めろ」
確かにそうだ。
もし攻略対象の誰かがヒロインの性格がゲームと違いすぎだと文句を言ってきたら、私はちょっとばかりむっとして、ムスタファと同じ言葉を返すだろう。
これは反省案件だな。
「いや、違うな。『諦めろ』じゃないな。より魅力的なキャラだろう?」
自信満々の木崎。こういうところはフェリクスに通じるものがある。
「いいの? 魅力に私が惑わされてムスタファルートを選んだら、魔王化待ったなしだよ?」
「勝手にハピエンにするな。こっぴどくふってやるに決まっている」
「まあ、木崎に惑わされるほど目は曇ってないけどね」
だけどあまりに予想外のことが多くて、先行きは読めない。はっきり言って、宮本の記憶がよみがえって以来、今日が一番不安を感じている。
「取り敢えず、順序だてて話す」
そう言って、現在が恐らくゲーム前半の中間地点であることや、前半の終わりで攻略対象を選ぶこと、今回のステイタスには好きな言葉ではなく女性の好みのタイプが書かれていたことを説明した。
「俺の好みは可愛くてしたたかな女だっただろう?」と木崎。
「いや。【明るい女性】だった」
「は? なんだよ、そのつまらない答えは」
「私に怒られても困る。ゲームそのままなのかもしれないけど、言葉のほうは木崎の好きなものに変わっていたことを考えると、変なんだよね。それにカールハインツと多分バルナバスは、ゲームとは違う好みになっているんだ」
今日は怒濤の攻略対象祭りで、十人に会った。会っていないのはラードゥロと吟遊詩人だけ。
廊下で出くわしたムスタファたち以外の五人は、好みのタイプがゲームと違うか分からないものの、おかしいと感じることもなかった。ついでに好感度・親密度のハートもゼロから四個という数で、妥当と思えるものだった。
「カールハインツの好みは?」と木崎。
「【可愛い女】」
「普通だな」
そうなんだけどゲームと違うし、女性ではなく女という言葉であるところが引っかかる。あまり彼らしくない気がするのだ。
「バルナバスは?」
「【巨乳】」
ムスタファがぶふっと吹き出した。
「ちょっと! 動かないで」
「巨乳? あいつ、むっつりか?」そのまま楽しそうに笑っている。
「絶対おかしいよね? フェリクスならともかく」
「フェリクスは何だった?」
「ええと。何だっけ?」
「関心が薄い」木崎はそう言ってまだ笑っているようだ。
「そうだ、【信頼しあえる女性】」
「へえ。意外だ。というか全体的におかしいのか?」
そんなことはないと、他の攻略対象たちに問題はなかったことを説明する。
ふうんと言う木崎。
髪はもう乾いたので、再びオイルをつけて櫛でブラッシングすることにする。
「毎晩、ヨナスさんがひとりでお手入れをしていたんだ」
そう言うとムスタファは、朝もと付け足した。
「なるほどね。月の王の美髪はヨナスさんの丁寧な努力の結晶だ」
深く考えて言ったわけじゃない。だけどムスタファは押し黙った。気にさわったのだろうかと心配になったころ彼は、
「……考えたことがなかった」と。「やってもらうのが当然だったし、髪はこういうもんだと思っていた」
「まさか。濡れたまま寝たりしたら、朝にはバサバサだよ。こんなロングヘア、お手入れをしなかったらすぐに傷んで枝毛だらけだから」
「知らなかった」
「ヨナスさんが帰ってきたら労おう! 」
ムスタファが素直にうなずく。
この人は木崎だけど、木崎そのものではないんだなと改めて思う。やってもらって当然とか、お手入れしなければ美しい髪を保てないと知らないのは、いかにも王族らしい。
「でさ、問題は好感度なんだよね」と話題を戻す。
「俺はどうだった? 減ったか?」と木崎。
「好感度・親密度とも6で合計12。トップを独走」
「何でだよ!」
「私が訊きたい」
はあっとため息をついた木崎。「俺に惚れんなよ。迷惑だから」
「いや、ムスタファの私に対する数値だからね」
「あり得ねえ。バグだ。絶対そうだ」
「激しく同意」
と、言いつつ。隠れデレで軟膏をくれたりするからではないだろうかと思う。前世からの腐れ縁とか、それに起因した親切が好意と勘違いされているのだ、きっと。ゲームの神様とかに。
「フェリクスは?」と木崎。
「5:4」
「親密度が爆上がりしてるな」
「よく覚えているね」
「前回はあいつと俺の一騎討ちだったじゃねえか」
「……今回もだよ」
はあっとため息をつく。
「ふたりの次がテオの合計4。でもそれはいいの。カールハインツ以外は好感度が上がらないようにしているから」
「となると本命は3ぐらいか」
「……ゼロ」
え、とムスタファが振り向いた。
「だから! 急に動かないでってば。絡まっちゃうよ」
「あれだけデレられていてゼロなのか? カルラも見つけたのに?」
ムスタファは本当に驚いている顔だ。
「木崎から見てもおかしいんだ」
そのことに安堵する。私の独りよがりとか、勘違いだったということはなさそうだ。
「やっぱりバグじゃないか?」
「うん。そうかなとは思うけど、だからといって対策も分からないし、どうしていいのやらだよ」
ムスタファはじっと私を見上げていたけれど、手を伸ばして静かに私の手の中から櫛を取り上げた。そして
「もういいから、ここに座れ」と自分のとなりを示す。
「でも」
「真面目に確認したいんだよ」と木崎。
表情も真剣だ。分かったと、椅子をまわってとなりに座った。
「ここはゲームの世界」と木崎。「お前がゲームを止めたらどうなる?」




