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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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13・3ヨナス不在

「何で私を呼ぶわけ?」

「侍女だろ。黙って仕事をしろよ」と木崎。


 王子ムスタファの私室。すっかり夜の(とばり)は降りていて、窓には厚いカーテンが引かれ、部屋には魔石の明かりが幾つも灯されている。


 優美な曲線とゴブラン織りの豪奢な長椅子にゆったりと腰かけた月の王は湯上がりで、ほんのり紅潮した頬も、立ち上る石鹸の香りも、刺繍がほどこされたシルバーのナイトガウンも、全てが色っぽい。悔しいけど!


「……そういえばゲームであったかも。ムスタファの髪を乾かす展開」

 現在私はその仕事のために、ここにいる。

「それならさっさとやれよ」と王子。

「だってさ、噂になっているんだよ。しばらくは絶対に近寄らないと決めたばかりなのに、指名だなんてひどい」

 そう。ルーチェに三股の話を聞いたのは、僅か数時間前。なのに、こんな状況になっている。


「三股の話だろ。フェリクスから聞いた」と木崎。

「じゃあ、なんでこのタイミングで!」

「ヨナスがいないんだよ」

「だからって」

 ロッテンブルクさんに、ヨナスが休暇を取っていて彼の代打に私が指名されたと説明をされている。


「……ここ数年、ヨナス以外にさせたことがない。他人に触られるのは苦手なんだ。このまま寝ようと思ったんだが重いし寒い」


 今日は一日雨模様で気温も上がっていない。こんな日に濡れたままの頭なんて、風邪をひくかもしれない。


 スタスタと王子の後ろに周り、

「赤ん坊か」てしっとムスタファの頭に手刀を軽くいれる。「加減が分からないから、ちゃんと教えてよ」

 用意されていたヘアケアセットを見る。それからムスタファの髪。自分で洗ったからなのか、もつれている。


「ヨナスさんて最初にオイルをつけている?」

「多分」

「多分かい!」


 木崎の記憶がよみがえる前のムスタファを垣間見ている気分になる。他人のことだけでなく、自分のことにも関心が薄かったのかもしれない。

 それは何故なんだろう、お母様のことが関係しているのか、私は今日聞いた話をすべきなのかと考えながら、丁寧に髪にオイルを馴染ませていく。


「ヨナスさんは休暇だそうだね。デートかな」

「実家に帰っている」

「近いの?」

「……そうか、知らないか」と木崎。「シュリンゲンジーフ公国を知っているか」

「隣国との境にある小さな国でしょう?」

 元々はフェリクスの祖国の一地方だったらしいが、かなり昔に独立をして、現在はシュリンゲンジーフ大公が元首の君主制国家だ。


「ヨナスさんはそこの出身なの?」

「第二公子だ」

「え? 公子?」思わず手が止まる。「我が国風に言うならば、第二王子ということ?」

 そうとムスタファ。

「なんでそんな人が従者をしているの?」

「俺に運命を感じたらしい」

「運命!?」

「ふざけてないぞ。あいつがそう言っている」


 シュリンゲンジーフ公国は陸路水路両方の要に位置していて貿易が盛んで、その関係でこの世界における最大宗教のバックアップを受けて独立を保っている。

 宗教の本山はフェリクスの祖国にあるが、大公はあちらと我が国への対応に差を出さないように気を配っているそうで、一、二年に一度外交をしにやって来るという。


 で、ムスタファによると、八年前に大公はふたりの息子を連れてやって来た。人嫌いの少年王子は公式には彼らには会わなかったのだが偶然、廊下でヨナスに遭遇。少しの言葉を交わしたそうだ。


 ヨナスは一瞬にして、孤独でひとりぼっち、高い壁を築いて他人から距離を置いている淋しげな王子に心を鷲掴みされた。そして自分が友人になり守るのだと決意したという。

 元から彼は他国で官吏にでもなり広い知見を得る予定だったらしく、大公も息子を後押し。そうして公子ヨナスはムスタファの従者となった。


「そうか。だからヨナスさんへの態度がみんな丁寧なんだ」

「そうなのか? 気づかなかった」とムスタファ。「公子だと公言はしていないが、クチコミでは知られているらしいからな」

「どんな態度で接していいのか、迷うのだろうね」

 いつだったかレオンがヨナスに対して態度を決めかねているように見えたときがあった。きっとヨナスの出自のせいだったのだろう。


 従者になったヨナスは、一度も国へ帰っていないらしい。だが今朝がた祖母君が危篤との知らせが入り、急遽里帰りとなったそうだ。


「公国までどのぐらいで帰れるの?」

 危篤となれば一刻を争う事態だ。心配になって尋ねると、

「半日」

 との答えが返ってきた。それから

「今回はだけどな」と付け足すムスタファ。


 どういうことかと思ったら、魔術師による転移魔法で帰ったのだそうだ。これは難易度が高く魔力の消費も甚大なので、滅多に使われることのないレア魔法だという。しかも魔方陣を書いて術式を完成させるまでに半日かかるのだそうだ。

 本来ならば従者が受けられる魔法ではないけれど、今回は特別の対応らしい。


 ムスタファの髪をコーム型の櫛で丁寧にすいてもつれをほぐし終えると、乾かすよと声をかけて風魔法を始めた。


「一応、断っておくけど」と木崎。「お前は単純だし、付き合いが長いからいけそうだと思っただけだから」

 なんのことかと首を傾げかけて、髪の手入れの話をしているのだと気づく。


「よくよく感謝してよ。ムスタファ殿下が風邪をお召しになるのを未然に防いだのだからね」

「へいへい」

 いつも通りの声音で返された軽い返事。


 どうしてヨナス以外は苦手なのかと尋ねてもいいのだろうかと考える。

 だけど今日はあまりに多くのことが起こりすぎて、思考がうまくまとまらない。


 しばらく黙っていたら、

「特に理由はないんだ」とムスタファは言った。「多分、ヨナスがあんまり信頼できて安心できるもんだから、他の人間じゃダメになったんだな」

「そうなんだ」


 それはそれで淋しい話だとしんみりして。


「ん? 私のことは信頼してくれてるの?」

「違うって! 付き合いが長いからだって言っただろ」

「素直じゃないなあ」

 そうだ、今こそ幾つもある借りを返すのだと思い、

「よしよし」

 と頭を撫で撫でしてやった。だけど

「宮本のくせに生意気」

 と木崎は冷めた声。つまらないなと思いながら髪に風魔法を当てていて、気がついた。


 ムスタファの耳が真っ赤だ。


 仕返しをしたはずなのに、私までなんだかザワザワした気持ちになった。


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