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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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12・2再び推しの尋問

 ロッテンブルクさんの仕事部屋。ここは彼女が事務仕事をしたり、侍女と面談をしたりするところだ。

 そんな部屋の主は現在夕食中。主だけでなく、侍女全員がその卓についている。


 だけど私はこの部屋で手を体の前で重ねてしおらしい態度で立っているところだ。目前のロッテンブルクさんの机に座っているのは、私の最推しカールハインツ。両肘を卓に乗せて組まれた両手。私を見上げている顔は眉間にしわが寄っている。


 そんな表情も彼らしくて目の保養だ。ヨダレが垂れる。


 ……それにしても、一体何の用で私は呼び出されたのだろう。ゲーム展開ではないし、心当たりもない。昨日の件は昨日のうちに別の近衛隊長から聴取を受けた。


「マリエット・ダルレ」

 カールハインツが魅惑のボイスで私の名前を呼んだ。舞い上がりたい気分だけれど、フルネームということはあまり良くない話になるのではないだろうか。初めて会ったときが、そうだった。

 警戒しながらもおとなしく、はいと答える。


「ムスタファ殿下とはどんな関係だ?」

 投げ掛けられた質問に、思わず瞬く。

 何故ムスタファが出てくるのだ。まさか一昨日の晩の裏庭のことを見たひとがフェリクスの他にもいたのだろうか。それとも昨日、あいつが部屋に来たのを見られたとか。


 なんて答えるか一瞬だけ迷い、結局

「どんな関係も何も。殿下と侍女見習いです」

 と答えた。ドキドキして返答を待つ。

「そうか」

 ほっ。信じてくれた。だけど次の瞬間、

「では何故ムスタファ殿下と同じ香りがするのだ」とカールハインツが言った。

「香り……?」


 はっとする。今朝、ルーチェが香りが違うが軟膏を変えたのかと尋ねてきたではないか。


「ムスタファ殿下が使っている軟膏と同じ香りがお前からする。それは殿下が特別に調合させているもので、ふたつとない品だ」

 そう言うカールハインツの目は鋭い。

 木崎のヤツめ、なんて品をくれたのだ。だけどあいつもきっと香りまで頭が回らなかったのだろう。それに分けろと言ったのはヨナスだと言うし。


 そうだ。ヨナスだ。言い訳を瞬時に頭の中で組み立てる。

「そうなのですか。実は昨晩、ヨナスさんから軟膏をいただいたのです。彼は『今回の事件にムスタファ殿下が心を痛めている。こちらを特別に下賜するそうだ』と仰っていました」

「ヨナスが?」

「はい」


 本人に直接もらったというよりは、いいだろう。正直に話したら、また『惑わせているのか』と言われかねない。


「マリエット」

「はい」

「お前は何人を惑わせているのだ? 昨日の伯爵令息にムスタファ殿下、フェリクス殿下、レオン。他にもいるのか?」

「え?」

 言われたことがあんまりで、言葉を失う。昨日の下衆も私に責任があるかのように聞こえる。


「私は誰も惑わせてなどいません。昨日のあの人とは話したこともないと、聴取でも申し上げました」

「ああ、そう書いてあったな」カールハインツは関心がなさそうに首肯する。「だがフェリクス殿下は見習い風情にわざわざ治癒魔法を使うほど、お前を気に入っている」

「確かに治していただきましたが、私が惑わせているわけではありません」

「ムスタファ殿下も高価な軟膏を下賜」

「ねだった訳でもないのに惑わせたことになるのですか」

「挙げ句にレオンは求婚」

「こっちが仰天しているのに!」

 思わず普段の言葉遣いが出てしまう。


 カールハインツはわずかに表情を変えた。

「すみません。でも本当に私は誰も惑わせようなんて思っていません」

 だって本命はあなただものと叫びたい。しかも下衆の件まで私が悪いように思われているなんて。

 悔しいのか悲しいのか自分でも分からない。


「泣くな」

 鋭い声が飛んでくる。

 私だって泣きたい訳じゃない。勝手に涙が滲むのだ。手の甲でぐいっと拭い、歯をくいしばる。これ以上カールハインツにマイナスの印象を与えたくない。


「責めているのではない」

 カールハインツは立ち上がり机をまわると私の前に立った。

「事実を確認したいだけなのだが。私の口調が悪いのだな。どうしても隊員と話すときの口調になってしまう。怖がらせてすまない」


 思わぬ謝罪に驚いて、返事も返せずにポカンと凛々しい顔を見つめる。

 すると堅物隊長は困ったような顔をして、それからためらいがちに片手を上げたかと思うと、私の頭をよしよしと撫でた。


 え。

 今のは幻でしょうか?

 先日の頭ポンに引き続き、よしよし?


 ボッと顔が火がついたかのように熱くなる。

 なにこれっ! ご褒美にしても特上すぎる。ツンからのデレが激しいよねっ。

 興奮し過ぎて胸が苦しい。


「……まだ怖いか」とカールハインツ。

「いえ、あの、全然です」

 喜びで頭が回らず、意味の分からない返事をしてしまう。


「お前は惑わせてはいないのだな」

「はい」

「レオンが突然お前と結婚すると言い出したのは?」

「急にストンと好きになったと言われて。訳が分かりません」

「『ストン』?」とカールハインツ。

「ストン」と私。

「あいつは極端なところがあるからな」

 そう言った堅物隊長は微かにため息をついたようだった。


「結婚するのか」

「しません! お断りしますけど、よく考えてから返事をしてくれと言われていて、どのタイミングで返事をすべきか悩み中です」

 なるほどとうなずくカールハインツ。ここはすごく重要だからね、と言いたい。


「あいつは将来性のある奴だ。きちんと断ってやってくれ」

 また、微妙な言い方だ。将来性のある人間に私は相応しくないと考えているらしい。

 仕方ないけど……。


 でも大丈夫。少しずつ距離を縮めていけば、考えを改めてくれるのだろう。ちゃんとハピエンルートがあるのだから。


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