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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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10・5夜の黒騎士談義

「それでシュヴァルツには出会えたのか」

 木崎のムスタファにそう尋ねられ「うん」と答えてから、思い出した。彼に兄がいることを。


「木崎はカールハインツにお兄さんがいるって知っているの? 私は今日初めて聞いたんだ」

「え」

 と返事をした彼の顔は、困惑しているように見えた。知らないのかと思ったが、木崎は

「知らなかったのか」と意外そうな声音で言った。「てっきりゲーム設定だったのかと思っていた」

「ゲーム設定?」

「ああ。誰から、どこまで聞いた?」


 どことなく不穏さを感じる質問だ。やはり何かしらの事情があるらしい。

「本人から。姫との会話で私がスズランが好きだと言ったの。そうしたら兄も好きだったって。久しく会っていないからスズランが好きだったことも忘れていた、近衛の若手も兄を知らない、なんてことも話していたよ」

「そうか」とムスタファはため息交じりに答えた。


「シュヴァルツ家の嫡男はエーデルトラウトというカールハインツのひとつ年上の兄だ。カールハインツは努力型だけどエーデルトラウトは天賦の才があって、エンゲルブレヒト――ヤツの祖父だ――も可愛がって自慢の孫だと話していたそうだ」


 あのカールハインツよりも、兄は優秀だったということか。相当に凄そうだ。


「だがエーデルトラウトは八年前に行方不明になって、まだ見つかっていない」

「行方不明?」

 そうだ、とムスタファ。少しだけ逡巡の様子を見せてから

「お前、ショッキングな話は平気か」と尋ねた。

「平気」と答えて、これは良くない話なのだと覚悟をする。


「エーデルトラウトの行方が分からないとなってすぐに、近衛府に手紙が届いた。『七日以内にエンゲルブレヒト・シュヴァルツは総隊長を辞すること。守らなければエーデルトラウトの命はない』。祖父を恨んでいる者か、彼が老齢で総隊長をしていることを気に入らない者の仕業だろうと考えられた」


 エンゲルブレヒトは当時、六十手前で歴代総隊長の中で最高齢だったそうだ。


「この先は、想像がつくだろう?」とムスタファの声は暗かった。「エンゲルブレヒトは、こんな卑劣な手には屈しないと宣言をして近衛総出で孫の捜索に当たった。そうして見つからないまま、六日目に近衛府に荷物が届いた。添えられた手紙には『あと一日』の言葉。荷物は――」


 ムスタファは私をチラリと見た。大丈夫、と返事をする。


「エーデルトラウトの剣と右腕だった。それでもエンゲルブレヒトは辞職せずに七日が過ぎて、また手紙が来た。内容は、『孫は殺して野犬のエサにしてやった。ザマアみろ』。

 それからすぐにエンゲルブレヒトは心臓発作を起こして辞職。エーデルトラウトは見つかっていないし犯人も分かっていない」


 ムスタファは、小さく息をついた。

「俺は当時子供だったから、詳しくは知らなかった。お前がカールハインツ狙いだと聞いたときにヨナスに調べてもらった」

「……そっか」


 やるせない、なんとも言えない気持ちが渦巻いている。

 残酷な事件にも、『元気だと信じている』と明るく語ったカールハインツにも、言葉が出ない。


「カールハインツにとってはライバルであり目標である兄だったらしい。あの兄が死ぬはずがないと言い続けているそうだ。

 事件後、祖父は領地にこもり、母親は心労で翌年他界、エーデルトラウトの婚約者も一昨年に見合い結婚をした。だからか余計に自分だけでも兄の生存を信じていたいのかもしれない」


 それでな、とムスタファはまたチラリと私を見た。

「綾瀬がお前に話すか迷っていてな。あれでもお前を案じているんだ。それで、なんなら俺が話してもいいと許可は得ている」

「何の話?」

 口外するなよ、と木崎は念押ししてから続けた。

「『隊長を肉食女から守る会』結成の本当の動機。カールハインツは兄より先に結婚しないと決めているそうだ。まあ、恐らくは無理な話だ。だから兄に『再会』するための願掛けのようなものらしい。

 このことに胸を打たれたレオンたち若手が、隊長の苦悩を少しでも軽くするために会を作ったそうだ」

「……ただのストイックではなかったんだ」


 そうか。この世界の中で、28歳なんて歳で独り身を貫くのは珍しいと思っていたけど、そんな理由があったのか。

 あまりに切ない話だ。


「だけど」と木崎は声のトーンを上げた。「ゲームではハピエンがあるんだろ? 願掛けもいいけど裏を返せば、いつまでも前に進めていないってことだからな」

「そうだね」

 木崎のくせに、良いことを言う。と思ったら。


「シュヴァルツのハピエンの相手がお前である必要はねえけどな」

「一言余計!」


「綾瀬の話じゃ、隊長に近づくすべての女をダメだと考えているわけじゃないんだと。本当にヤツのことを思って、事件の傷を癒してくれるような女なら、ぜひシュヴァルツを幸せにしてあげてほしいと思っているそうだ。

 だがお前じゃ無理だろうから、諦めさせたほうがいいと相談された」

「なるほど。綾瀬ってばいいヤツじゃん。大丈夫、私、そんな存在になれるようにがんばるよ」


 ははっと笑う木崎。「どんなバックグラウンドがあろうとも、シュヴァルツが昭和な男なのは事実だぞ。お前に落とせるか? いや、落としたとして、絶対に性格が合わない」


「……なんか今日の木崎は一段といじわるじゃない? 何かあった?」

「あ? 俺はいつも通りだが?」

「そうかな」


 もらったまま、ろくに口をつけていなかったワインをコクリと飲む。

「……こんな時でも、ワインが美味しい」

「それでいいだろ。酷い事件だからって、お前がメンタルを落とすのは筋違い」

「そうだね」


 木崎がいつもより意地悪に感じられるのは、私の気分のせいだろうか。それとも木崎なりに、話題が暗くなりすぎないように気を遣っているのだろうか。よく分からない。


 静かにワインを飲んでいたら、ふと貴族などが巻き込まれた事件では、宮廷魔術師が解決の手助けをするという話を思い出した。この事件では手助けがなかったのだろうか。

 それを木崎に尋ねると、実際に魔術師が捜索にも犯人捜しにも加わったがダメだったのだと教えてくれた。


 どうやら強力な魔力を持つ魔術師といえども、限界があるらしい。


「それで? 出会えてどうだったんだ?」と木崎。

 問われた質問が分からず

「何が?」と聞き返す。

「シュヴァルツ。カルラを見つけて、出会えたんだろ?好感度が上がった感触はあるのか?」

 おお。すっかり忘れていた。

「ある! 聞いてよ!」


 張り切って、頭をポンとしてもらったことや、一人称が『俺』になったことを話した。


「へえ。一応、進展してるのか」

「当然!」

「とりあえず、良かったじゃん。ハピエンの先はハッピーじゃないかもしれないけどな」

「……全力で幸せな日々にするし」

「おお。楽しみにしてるわ」


 なんだか、やっぱり木崎の意地悪度が違う気がする。

 もしかしたら嫌なことでもあったのだろうか。パウリーネとの関係なんかは、私にはよく分からない。義母のほうは、あんな人だし屈託なく義理の息子に接しているように見えるけど、見えるだけかもしれないし。


 それからカルラやカールハインツ、ゲームには全く関係のない話を幾らかして、お開きとなった。

 片付けをして立ち上がって。おやすみと言おうとしたら、


「気をつけて帰れよ」と木崎は真剣な声で言った。

「うん。いつも見つからないように慎重にしているのだけどね。今日はしくじったよ」

「……間抜け」

「でもあれは気づけないよ。全く気配がなかったもん」


 ラードゥロはなんであんな角の際に立っていたのだろうとしばし考えて。

 そうか、私と同じく向こう側を伺おうとしていたのだと、ようやく気づいた。


「やましい者同士だからこその遭遇だったね」

「何でもいいから、気をつけろ」

 そう言った木崎の声は更に真剣で。

「分かった」と素直に返事をしたのだった。


◇第一王子は苛立っている◇

(ムスタファのお話です)


 帰っていく宮本の背中に、ため息がこぼれる。

 アホ喪女め。危機管理がなっていない。




 何が『いやあ、攻略対象に鉢合わせしちゃって。焦ったよ』だ。のんき面で話すことか。相手がろくでもない男だったら、そのへんの部屋に引きずり込まれていたかもしれないのに。あの間抜けは全然分かっていない。


 それにベンチに来るまでに普段の倍以上の時間がかかったら、俺が心配するとは思わないのか。いくら宮本でも理不尽な目に遭うのは見過ごせない。




 とは言え、夜中に呼び出しているのは自分だ。

 部屋まで送り迎えするか?


 だがそんなところを誰かにみつかったら、さすがにまずいだろう。どんな勘違いをされるか想像に難くない。


 またもため息がこぼれる。


 そもそも宮本は、自分がゲームのヒロインでそこそこ可愛くて男受けする顔だという自覚がなさすぎる。小さくて小枝みたいな体格だが、そこが庇護欲をそそると話していたアホもいた。


 きっと二次元の中でしか恋愛をしていないから、現実が見えていないのだろう。

 攻略対象でなくたって、あいつに興味のある男はいるのだ。


 ちらりと傍らの袋を見る。酒瓶にタンブラー、つまみが雑多に入っている。


 宮本がアホである以上、この飲みをやめるのが一番安全だ。

 だけどあいつが好きな酒を飲める機会はないようだし、俺がただ『やる』と贈っても、宮本のことだ、無償では受け取らないだろう。


 本当に面倒くさいバカだ。



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