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1・3 夜の訪問

 一日の仕事と湯浴みを終え自室に戻ると、ベッドにダイブした。

 疲れた……。


 侍女・侍従は高級使用人に当たるからひとり一部屋をもらえる。見習い期間でもだ。多分ゲームの展開上でこの設定が必要だったのだろう。


 アダルティな攻略対象を選ぶと夜中に、部屋を抜け出してこっそりデートとか、対象が突撃してくるなんて展開があった。ちなみに全年齢向けゲームなので、どの展開も健全だ。


 と、コツン、と音がした。

 なんだろう?


 また、コツン。

 上半身を起こす。


 コツン。

 窓だ。何かが当たっている。


 まだゲームは始まっていないのに、なんだろう。というか、悪い予感しかしない。無視しようか。


 コツコツコツン。

 連打来たよ!


 隣部屋の人間に気がつかれてはまずいので、仕方なしに窓を開け顔を出す。予想通り、下には木崎のムスタファが立っていた。頭から外套をかぶって変装をしているけど、春のこの時季には不審者にしか見えない。近衛に捕まるにちがいない。ほうっておこうか。


「ちょっと降りてこい。聞きたいことがある」

 抑えられた声。一応周囲を気にしているらしい。

「もう近寄らないって自分で言ったよね?」

「いいから! ほら」と木崎は外套の下から瓶を取り出した。「旨い酒もあるぞ」


 なにっ。


 前世の私はお酒大好き人間だった。美味しいお酒を飲むために仕事をがんばっていたと言っても過言ではない。ばか騒ぎありの飲み会だろうが、しっぽりとバーでのひとり飲みだろうが何でも好き。


 だけど今世では飲んでいない。この世界の飲酒は16歳から可能らしいけれど、貧しい孤児院にお酒なんてなかったし、侍女見習い風情がいただける機会もない。


「すぐ行く」

 そう答えると、ショールを羽織って部屋を出た。廊下に人気はなくて、ほっとする。

 新人侍女見習いが夜更けに出歩くのは、よろしくないだろう。更には密会だなんて。


 気を付けないといけないけれど、木崎はプライドが高いぶん簡単に前言撤回なんてしないし、無意味なこともやらない。きっと重要な話なのだろう。


 決してお酒に釣られただけではない。


 人の気配を避けながら外へ出て、木崎が立っていた裏庭へと急ぐ。月が満月に近いおかげで明かりがなくても困らない。見回りの近衛に見つからないように植木の影を進む。

 と、

「宮本」と小さな声がした。「こっち!」

 声の方へ進むと、背の高い植木の影にベンチがありムスタファが端に座っていた。


「人に会ったか?」

「そんなミスはしない」

答えながら私も座る。

「かっけぇな、セリフだけなら」ムスタファはくふくふ笑いながらお酒が注がれた木のタンブラーを差し出した。「酒に釣られたくせに」

「仕方ないでしょ。私、孤児院育ちの侍女見習いだよ?お酒には縁がないの。今世では初飲み」


 タンブラーに手を伸ばす。が、それはすんでのところで引っ込められた。

「マジで? なら、やれん」

「何で!」

「アブねえだろうが。前世の記憶があるだけで身体は別人。前と同じように飲んだら中毒を起こすかもしれねえ」

「木崎のくせに正論! 後輩に俺の酒が飲めないのかって絡みそうなのに 」

「やんねえよ。大学の時にいたから。新歓でぶっ倒れたヤツ。大したことなく済んだから良かったけど」

「ふうん」


 ちょっと、いや、結構意外だ。木崎は『倒れるヤツが悪い』って言うタイプの人間だと思っていた。営業成績の悪い先輩部下を、『努力が足りない』と平気で切り捨てちゃうようなヤツだったからだ。


「昔みたいな飲み方はしないよ。ちゃんと初心者ペースにする」

「それならいいけど」

 再び差し出されたタンブラーを受け取り、こくりと一口飲む。赤ワインだ。

「美味しい!」

「そりゃ王子御用達の逸品だからな」

 ほら、と木崎、ではなかったムスタファはチーズも出した。

「そつがない」

「営業なら当然だろ」

「そうだけどさ。私相手に接待するはずがない」

「よく分かってる」

「お互い様」


 それにしても、ついつい木崎だと思ってため口で喋ってしまうけれど、ムスタファは第一王子で私は侍女。もし他人に聞かれたら大変なことだ。


「ヒロインなのは嬉しいけど、木崎が王子なのは許せない」

「こき使ってやる、って言いたいけどな。うっかり惚れられたら困る」

「ないから。アホなことを言ってないで、早く本題。聞きたいことって何?」

 コクリ、と二口目のワイン。あぁ美味しい。チーズをかじる。こちらも絶品じゃないか。


「いや、俺とバルナバスルートがヤバいのは知っているんだ。だけどこのゲーム、攻略対象がわんさかいたよな、確か。他にも俺がヤバくなるルートはあるのか?」

 ん? ということは。

「木崎はプレイしてないの?」

「なんで俺が女向けの恋愛ゲームする必要があるんだよ」

「うなずけるけど、ムカつく言い方。それなら姉妹がやっていた、ってとこ?」

「いや、元カノがはまってて、ムスタファ好きだったんだよ」

「デート中にやってたの!? ツワモノだね」

「コスプレ頼まれたときに、ゲーム見せられながら語られた」

「コスプレやったの!?」

 それは見てみたい。

「まさか。そんなんできるか。間宮にそんなヘキが……あ」

 木崎がしまったというように、顔をよそに向けた。


「なるほど、第三の間宮さんともお付き合いしていたんだ」

 第三営業部の間宮さんは、入社二年目。ふわふわした雰囲気と舌足らずな喋り方で、なぜ営業部に入れたのだという不思議感があったけれど、男性社員たちには人気があった。


「秘密な」と木崎。

 思わず吹き出した。

「誰に話すのよ、こんな異世界で」

「そうだった。で、本題。どうなんだ? ヤバいルートはあるのか?」

「ないよ。ムスタファ溺愛ルートとバルナバスのハピエンルートだけ。私はどっちも興味なし」


 詳しく聞いてみると木崎の知識はほぼ、自分に関することのみで僅かなものだった。だがムスタファとして生きていくには、それで十分。

 それにゲームでは終盤に知り、魔王覚醒の一因になる母親の死についても知っていて、すでに心の折り合いもついているという。


「それなら木崎は普通にムスタファ人生を楽しめばいいんじゃない? お母様の件は複雑だろうけど、魔王化したくないならあまり関わらないほうが得策だと思う」

「ああ、俺もそう思う。お前はどうなんだ? 俺ルートだと、結構酷い目に遭うんだろ? 他は?」

「木崎のくせに心配してくれるんだ」

「同僚の不幸を喜ぶほどの人でなしじゃないぞ」

「それはそうか。私だってさすがに木崎が討伐されるのは可哀想だと思う」


 つい、と差し出される拳。

 迷ったけれど、私も拳を作りタッチした。


「まさか木崎とする日が来ようとはなぁ。なんか泣けてくる」

「何でだ。そんなに感激したか」

「バカじゃないの? 本当にもう違う世界にいるんだなと思ったの。会社じゃ絶対にあり得なかったもん」

「……だな」


 しんみりとして、一口お酒を飲む。記憶を取り戻したときより、切なさが込み上げる。

 だけどこれからの人生だって、良いことはある。あのパーフェクトイケメン、カールハインツと結婚できる(予定)のだ。前世では、パートナーなしで一生を終える自信しかなかった。


「ところでお前の狙いって誰だ?」

「カールハインツ・シュヴァルツ」

「近衛の?」

「そう」

「趣味悪くねえ?」

「どうしてっ!?」

「絶対むっつり」

 む……。

 絶句する。

 ストイックと言ってよ!


「木崎みたいにチャラくないの」

「それに昭和のオヤジっぽい。女は家を守り、夫の三歩後ろを歩けとか言いそう」

 それは……言わないと言いきれない気がする。カールハインツの女性の好みって、古風だから。

「そうか。性格と男の好みが合ってないからお一人様なんだ」

「余計なお世話」

 ああ、本当、ムカつくヤツ。しかも核心をついている気がする。今の今まで自分でも気がつかなかった。


「もう帰る。お酒、ごちそうさま」

 タンブラーを置いて立ち上がると、ふらりとした。

「おっと!」ムスタファが私の腕を掴んで支えた。「大丈夫か、座れ」

 悔しいけれど、素直に腰かける。

「吐き気は?」

「……平気」

「水が欲しいが、こんな所に女をひとりはマズいよな」

「大丈夫だって。急に立ち上がったせいだよ。酔ってる自覚なかったし。もう行ける」


 そう、と言ったヤツは、何故か私が置いたタンブラーに手をかざし、ブツブツと呟く。

「……まさか魔法を使おうとしている?」

 この世界には魔法が存在する。といっても簡単な生活魔法がメインだ。ゲーム公式設定によると、強力なそれが使えるのは人類の僅か1パーセントで、大抵は宮廷お抱え魔術師か騎士となるそうだ。そして覚醒前のムスタファは、魔力ゼロ。


「やっぱ使えねえな」

 木崎、ではなかったムスタファは、ワインを水に変えようとしてくれたのだろう。物質を変化させるなんて魔法は中等魔法だ。魔力ゼロの人間にできるものではない。

「自分が魔王だと思い出してから、魔法が使えるんじゃないかと色々と試しているんだけど」とムスタファ。「覚醒しないとムリみたいでさ」


 弟バルナバスは強大な魔力の持ち主だ。もしかしたら魔力ゼロのムスタファは、劣等感を抱いているのかもしれない。

 ましてや木崎ならば、悔しくてたまらないだろう。


「別に。水はいらないし。魔法なんて絶対、魔王覚醒のストーリーを作るための後づけ設定だよ。ゲームじゃたいしたことには使ってないから」

「きもっ。宮本に慰められた」

「あのねえ!」


 息をつくと、今度は静かに立ち上がった。大丈夫、なんともない。


「帰る。もう二度と私に近寄らないでよ。王子とプライベートで話しているのを見られでもしたら、私の処遇がまずくなる」

「そりゃそうだ」とムスタファ。「俺、この世界でもモッテモテだからな。宮本の元にカミソリ入り手紙が山ほど届くな」

「ほ、」


 滅びろと言おうとして、慌てて言葉をのみ込む。彼は(私もだけど) 一度死んでいる。適した言葉ではないだろう。


「ほ……どほどにしなさいよね。じゃ、お休み」

 ベンチを離れると背後から、くくっという笑う声。

「お休み。攻略、がんばれよ」

 足を止め振り向く。


 月を背にした植木とベンチ。

「見てなさい。華麗にハピエンを勝ち取るから」

「見物させてもらおう」


 そうして今度こそ本当に、踵を返した。

 カールハインツとの結婚は確定だけど、木崎に見られているのなら絶対に絶対、失敗もミスも無様な様子もするわけにはいかない。



 気合いが入るな、これは。


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