10・1家出姫
のどかな昼下がり。
第三王女が姿を消した。
第三王女カルラは5歳で母親似の可愛らしい姫だ。だけれど三姉妹の中で一番やんちゃで、気性が激しい。ちょっとでも嫌なことがあると泣いて騒ぐらしい。
扱いが難しい姫は気に入った大人以外が近くに来ると癇癪を起こすので、そばについているのは乳母と専属の侍女ふたりのみ。他の侍女は余程のことがないと姫の元には行ってはならないことになっている。
だけどこの三人のみでやんちゃ姫を世話するのは大変なようで、時々姫は彼女たちの隙をついて姿をくらますのだ。
大抵はすぐに見つかるけれど今回は見つからず、手のあいている者はみな捜索するようにとのお達しが出たのだった。
だけど私は心配をしていない。なぜならゲーム展開だからだ。
ここは私が見つけてもそうでなくても問題はないのだけど、見つけた場合はカールハインツが出て来て好感度が上がるので、私としては大変重要なところだ。
見つけるにはコツがあって、決まった場所を決まった順に探し、途中で出会うテオの一緒に探そうという誘いを断らないといけない(テオの好感度は下がる)。
だけど全てしっかり記憶しているから楽勝だよねと思い、中庭のベンチ、前庭の噴水、テオを断る、と正しい順に進んでいるところでばったりとムスタファとヨナスに会った。
庭には探索中の侍女侍従使用人近衛たちがそこかしこにいるけれど、ちょうど私たちの周りには誰もいない。
「お前も探しているのか」
とムスタファは声を落としながらも、木崎の口調で聞いてきた。
「そうだけど、何しているの」
「妹を探している以外に何があるんだ」
当然のように言うムスタファを改めて見た。ゲームでは、きっと探してなんていなかった。
「ええと、ごめんなさい内緒の話」とヨナスに向かって断ってから、ムスタファのそばに寄って、
「すぐに見つけられると思う。ゲーム展開なの」
こそっと耳に囁く。
「そうなのか?」
「うん。だから心配ないと思う。ちなみに私がひとりで見つけると、カールハインツの好感度が上がるんだ」
「へえ」
王子から離れてヨナスとも幾つか言葉を交わし、こちらに向かってくる近衛が見えたのを機に、その場を離れた。
ひとりで裏庭に向かいながら、ムスタファが捜索に加わっているのは木崎の影響だろうかと考える。
だけど木崎は迷子の幼児を捜すようなイメージがない。迷子と聞いたら即警察に電話して、あとは頼みますと去りそうだ。
だけど、と思考を巡らす。私は木崎のプライベートは知らない。実は年の離れた妹がいて可愛がっていたかもしれないし、甥っ子にたんまりお年玉をあげていたかもしれない。
前世だったら、ないないと笑い飛ばしただろうけど、今だったらあり得なくはないかなと思う。
母親が違い、多分交流もあまりないだろう妹を、わざわざ外に出て来て捜すムスタファ。普通に良い奴だ。
そんなことを考えながら着いた裏庭で、記憶を頼りにそれらしき場所を覗いてまわる。カルラがいるのは植木の根元、恐らく30センチもない地面との隙間だ。そこに隠れている。
スカートの汚れが気になりつつも地面に膝をついて探していると、何ヵ所目かでカルラと目が合った。完璧な隠れ場所と思っていたのだろう、驚愕の表情で硬直している。しかも私はほぼ初対面。
ゲームでは見つけたらそれでおしまい。抱き上げたところにカールハインツが現れて、褒められる。
現実では自力で説得して、やんちゃ姫に隠れ場所から出て来てもらわなければならない。
「カルラ姫ですね。私は侍女見習いのマリエットです。一緒に帰りましょう」
そう言って手を差し出す。
「イヤ」カルラは頬をふくらませてぷいとそっぽを向いた。
「なぜですか」
「みんなイジワルだからキライ!」
「どんなイジワルをされたのですか。よければマリエットに教えて下さい」
とたんにカルラが私を見た。
「ダメだって言うの。イジワルなの」
「何がダメなのですか?」
「カルラはシュヴァみたいな黒いお洋服を着たいの!」
シュヴァ、というのはカールハインツのことだろう。だけど女性で黒い服というと、城ではメイドのお仕着せを彷彿とさせる。それはダメと言われても仕方ない。
「黒がお好きなのですか?」
「そうよ」カルラは嬉しそうな顔をする。「スカートなんてイヤ! シュヴァのお洋服を着て、剣を習うの!」
んんん。
ただの黒い服ではなくて、ズボン。更には剣術か。
この世界ではかなり難しいことだろう。女性でズボンをはく者は、下層民にだっていない。騎士などの武人になれるのも基本的に男子だけ。魔力の高い女性が数人軍に所属しているけど、剣は使わない。有事用にズボンの制服もあるとの噂だけど、普段は細身でくるぶしまで丈があるスカートをはいている。
「カルラ様。今の世の中では、それは難しいことですね」
「じゃあ帰らない!」
やんちゃ姫はまた、ぷいとそっぽを向いた。
「だからカルラ様がもう少し大きくなって、侍女たちの手伝いがなくてもお洋服が着られるようになったら、勝手に着ればいいのです」
カルラがまた顔を向けた。
「勝手に?」
「ええ、勝手に。残念だけど今は乳母や侍女の言葉に従うしかありません。だけど大きくなったら、自分の意思で動けます」
私の悪魔の囁きはカルラの心に響いたらしい。もそもそと這って植木の下から出て来た。
「大きくなったら、勝手に着られる?」
「ええ。こっそり仕立て屋に注文をして、あつらえましょう。だけどマリエットがそう言ったことは内緒ですよ」
「うん!」
カルラが笑顔で両手を私に伸ばした。抱っこということだろう。小さい子の抱っこは慣れている。やんちゃ姫をぎゅっとしてから、抱いて立ち上がった。
ちょっと私情が入ってしまった。この世界は女性への制限が多くて息苦しい。女の子だってズボンをはきたいし、剣もやりたいよね。
しかもカールハインツに憧れてだなんて、可愛すぎる。
「ところで何でシュヴァルツ隊長なんですか?」
「お母様と近衛の鍛錬の見学に行ったの。シュヴァが一番、かっこよかった!」
カルラは目をキラキラさせている。
「まあ、ステキ。マリエットも見たかったです」
近衛の鍛錬は一度でいいから見たいのだけど、見習い風情が見学できる機会はない。
「それなら今度頼んであげる」とカルラ。
手のつけられないやんちゃ姫、なんて言われているけど、可愛いじゃないか。
孤児院の小さい子たちを思いだし、ほんわか気分になった。




