9・〔幕間〕第一王子は分からない
第一王子、ムスタファのお話です。
自室に戻るとヨナスが温かい茶を淹れながら、
「あまり楽しくなかったようですね」と苦笑した。
フェリクスに先日の手合わせのことを持ち出され、なしくずし的に彼の部屋で親睦を深めることになったのだが。
俺は長椅子に乱暴に座ると足を組んだ。
「フェリクスは不愉快なうえに、女好き」
「それはそれは」
「ひとりは宮本」
「……へえ」ヨナスがカップを差し出す。「意図があるのかないのか」
「あいつは宮本を落とすのと、私と親交を深めるのと、両方が目的だといけしゃあしゃあと言っていた」
「で、彼女の反応は?」
「迷惑がっているに決まっているではないか」
「『決まって』いますか」
ヨナスは笑みを浮かべて、向かいに座る。
「私はまだ『ほだされてしまう』派です。ミヤモトを知れば知るほどね。彼女は相手が少し弱音を吐いたり本気さを見せたりしたら、冷たい態度をとっていることに引け目を感じると思うのですよ。ある日コロリと落ちますよ、きっと」
「あり得ない」
そう反論しつつも、案外ありそうだという気もする。フェリクスは美形だし悔しいが剣術だけでなくあらゆることに秀でている。ハイスペックであることは間違いない。チャラい女好き以外に欠点はないのだ。
単純喪女のあいつは、弱った姿なんてものを見せられたら、確かにコロリといくかもしれない。
それからしばらくフェリクスについて話をして。カップが空になるとヨナスは立ち上がった。
「この後の予定に変更はありませんか」
ああとうなずく。
「ではヒュッポネン様の元へ伺う準備をしてきます」
ヨナスはそう言って奥の部屋に向かった。
久しぶりにひとりになる。今日の午後はずっと予定が入っていて、他人と話し通しだった。
前世の俺は営業職ということを差し引いてもよく喋る人間だった。だけれどそれを思い出す前は、一日の中で言葉を交わしたのはヨナスだけということも珍しくなかったのだ。
さすがに疲れた、と目をつぶる。
宮本の前では余裕のふりをしているが、体力は木崎の半分といったところだし、疲労もすぐに溜まる。
早いところ木崎並みの体力をつけて、本当の余裕を持ちたい。涼しい顔のフェリクスの前で自分だけ息が上がっているなんて屈辱はこりごりだ。
ましてやそんな姿をあいつに見られるなんて。
『一回食われてみれば』
ふと、先ほど宮本に言った言葉を思い出した。
そんなことを言ったところで、あいつがうなずくはずがないと分かっている。そういう軽い付き合いができるヤツじゃない。
彼女が絶対に怒ると分かったうえで、俺は言っているのだ。からかったときの反応がおもしろいから。
――本当か?
宮本が否定すると分かっている。
だから言えるのではないか?
もし宮本が、そうするとでも言ったなら。
それは、面白くない気がする。
仕事に猛進していて喪女であるのが宮本だ。男、それもあのフェリクスなんかと恋愛を楽しむなんて似合わない。
カールハインツにまったく相手にされないで、右往左往。それが宮本なのだ……。




