9・〔幕間〕異国の王子と従者
異国のチャラ王子、フェリクスのお話です。
人形のような顔に僅かに不機嫌さを滲ませたムスタファ。
帰れることに明らかに安堵しているマリエット。
どこかばつの悪そうなルーチェ。
三人が部屋を出て行き、のんびりとスパークリング白ワインの入ったグラスを傾ける。しばしその味を堪能し、人の気配が感じられなくなった頃合いで、
「いいぞ」
と声をかける。
部屋の一番端の窓にかかったカーテンの陰から、従者のツェルナーが出てきた。
「長時間、ご苦労。好きに飲め」と酒瓶を目で示す。
彼は私と同じものを空いたグラスに注ぎ、向かいに座った。
「それで、どうだった?」
「あなたが予想していたことは全てハズレですね。惑わされていないし、デキてもいない。よく聞こえなかったのですが、ムスタファ殿下は彼女にあなたを薦めているようでした」
「それは予想外だな」
ふむ。シュヴァルツが意図せずに匂わせた相手はムスタファだと考えていたのだが、違うのか。あのセリフを聞いて以来、マリエット周辺の観察は怠らなかった。彼女と親しげに話す男は複数いたが、これはと思うのは、まったく接点のなさそうなムスタファだったのだ。
実際、今日の彼はマリエットを助ける発言ばかりしていたし、私が彼女に触れるとかすかに不快そうな表情を見せていた。
「ただ……」と従者が困惑の表情を浮かべた。「話していたのが本当にムスタファ殿下だったのか、自信はありません」
ツェルナーの言葉に思考を中断する。
「どういうことだ」
「口調がまるで平民のようで。かなり声量も下げていましたし、私は厚いカーテン越しでお顔も見えない。殿下だったとの断言が……。かなり親しい雰囲気でしたしね」
「だが部屋に他に男はいなかった」
ええとうなずくツェルナー。
まるで狐につままれたような顔だ。そんなに彼らしくなかった、ということか。
「最近の変化と関係があるのか?」
「私が知るはずがないでしょう。というか私を仕込んでいたなんて知られたら、ますます嫌われますよ」
「知られたらな。王族のくせに警戒心がないムスタファは可愛い」
「他国の王族とはいえ、心配になります」
「有能なヨナスがいるさ」
空になったグラスを卓上に置く。
「あなたもこんなくだらないことに夢中になっていないで、使命を果たして下さい。私の胃に穴が開く前にね」
「分かっている。うるさい奴だ。主人の恋を応援する気持ちはないのか」
「何が恋ですか。あなたのはただの下心と言われてましたね」
ツェルナーがぷぷっと笑う。
「どちらにしろあの侍女の本命はシュヴァルツ隊長で確定ですね。そんな会話をしていました」
「やはりか。マリエットの奴、男を見る目がないな」
ツェルナーがうなずく。
カールハインツ・シュヴァルツはこの城の中で最も女性に薦められない、最低ランクの男だ。
「ま、あなたを選んでも、私はそう思いますけどね」
「減給するぞ」と従者を脅す。
さて、マリエットを落とすのとムスタファの友人になるのは、どうすれば成功するのだろうかと考えた。
お読み下さり、ありがとうございます。
明日も〔幕間〕があります。
長期連載中の作品では毎回、本編以外の回を
〔閑話〕と〔幕間〕のどちらにするかで悩みます。
今回も悩み、やはり〔幕間〕にすることにしました。
本編に密接に関係するためです。
それに伴い、以前の〔閑話〕を〔幕間〕に変更しました。
タイトルのみの変更で、内容は変わっていません。




