9・3質問
たどたどしいながらも私はひとりで参加して、ポーカーを四度やった。王子たちがそれぞれ二勝二敗。今日の木崎は完璧に優雅なムスタファの仮面を被っていて感情を見せないけれど、きっと勝負に納得がいっていないだろう。
それに気づいているのかいないのか、フェリクスが
「もうひと勝負をしようか。次は何かを賭けて」と言い出した。
「断る。そんなことに侍女を巻き込むな」とムスタファ。
「月の王は存外に優しい。では歓談タイムにしよう。まだ時間があるからな。マリエット、そちらのつまみをこちらに」
はいと答えて立ち上がるとルーチェも来て、別の卓上にあるそれらをふたりで移動する。
終わったら再びムスタファのとなりに座った。フェリクスに何か言われるかと思ったが、何もなかった。
当たり障りのない会話。社交界の流行やフェリクスの故郷についての話など、ルーチェや私も興味が持てるようなことが上がる。ムスタファは口数は少ないけれど、尋ねられたことに対してはきちんと返事をしていた。親交を深める趣旨どおりになっている。
「そうだ」とフェリクスが私を見た。「マリエットに訊きたいことがあったのだ」
「何でしょう」
「君が惑わしているのは誰だ?」
フェリクスは変わらずにこやかな顔。だけどどことなくそら恐ろしい。
「……私は誰も惑わしてなどいません」
「ああ、質問が悪かったな。近衛のシュヴァルツが、君が惑わしていると考えているのは誰だ? 私の恋敵だ、気になるではないか」
鼓動がうるさくなる。フェリクスは何故そんな質問をするのだ。表情からはまったく読み取れない。
「……何のことだか、分かりません」
「以前君と庭を腕を組んで歩いていたときに彼が言ったではないか。『フェリクス殿下も惑わしているのか』と。気になったから観察してみたのだがな。よく分からない。シュヴァルツも口を割らない。だから、教えてくれ」
鼓動がますます早くなる。カールハインツがそんな風に話したか覚えていない。もし事実だったとして、彼の念頭にあったのはムスタファのはず。
そのムスタファがとなりにいる今、この質問をしてくるのは偶然なのだろうか。
「下世話な話題はやめろ」
またしても助け船を出してくれたのは、ムスタファだった。
「恋敵がいようがいまいが、お前はまったく相手にされていないのだから関係ないだろう」
「なるほどムスタファは恋をしたことがないらしい。想う相手のことは気になるものなのだぞ」
フェリクスは諭すかのように上からな物言いだ。
「お前のは恋ではなくただの下心。女と見れば、片端からべたべた触る。嫌がられているのが分からないのか」
そうだ! いいぞいいぞ木崎!
心の中だけで声援を送りながら、うなずく。
「触れなくても逃げず、私を意識してくれるのならばそうする」
フェリクスは私を見てそう言うと、にっこりとした。汚い言い方だ。なんて言い返そうか迷う。
と、
「……殿下」とルーチェがおずおずと口を挟んだ。「あまり見習いを追い詰めないで下さい。でないとここに連れてきた私がロッテンブルクさんに叱られてしまいます」
「なるほど。それはまずい」とフェリクス。「残念だが、ここまでにするとしよう」
チャラ王子はすんなりと引き下がり、そうしてこの謎の会はお開きとなった。
◇◇
王子の部屋を出て帰る道すがら、ルーチェは
「なんか、ごめんね」
と謝った。それから、実はねと言って、微妙な表情をする。
「フェリクス殿下と廊下に出たでしょ。そのときにシュヴァルツ隊長に会ったのよ」
カールハインツは巡回中などではなかったものの、部下たち数人と共にいたそうだ。それをフェリクスがわざわざ呼び止めて、今日はムスタファと親交を深めるのだとかなんとかベラベラと話して。
今自分の部屋ではムスタファがマリエットにポーカーを教えている最中だ、とも告げたらしい。
「その時はただの世間話だと思ったのだけど、最後のあの様子からすると、あなたが惑わしている相手をムスタファ殿下だと思って隊長にカマをかけていたのじゃないかしら」
「殿下の意図が分からないわ」
思わずこめかみを押さえる。一体何のために、そんな些細なことを明らかにしようとしているのだ。
「あら、それだけあなたに夢中なのでしょう」
ルーチェがさも当然、といった口調で言った。
「まさか!」
「だって私を使ってまであなたとの時間をとったのよ」
彼女が言うには、席の交換をあっさり認めたのは、私がフェリクスから距離をとるかららしい。それだったなら向かいに座って顔を見合せるほうが得だとふんだから。実際に彼は私ばかりを見ていたという。
そんなことはないと思うけど、私はフェリクスをなるべく見ないようにしていたから確信は持てない。
ルーチェとふたりで部屋を出たのは、焼きもちをやかせるため。歓談中の話題は孤児院出身で見習いの私でもついてこられそうな、簡単なもの。
ムスタファとの仲を深めるというのも実際の目的ではあっただろうけど、同じくらいに私との時間を持つのも目的だった。
ルーチェはそう主張した。
「だってあなた、フェリクス殿下に冷たすぎるもの。殿下は今日の会をとても楽しみにしていたのよ」
「……それが本当なら、ちょっとばかり良心が痛むような気がしないでもないですが、だからこそ、気を持たせるようなことはしてはいけない気もします」
「もう! 面倒くさい子ね! シュヴァルツ隊長はやめて、殿下の愛人になっちゃいなさいよ」
「あっ……!」
愛人!
そんな爛れた関係は遠慮しますと返事をして。
ルーチェは
「もったいない!」と笑い飛ばしたのだった。




