8・5夜の反省会②
「……なんかねえの?お前の情けない話。俺だけなんてずるくないか?」
「意味が分からない」
木崎はいつものような口調になっている。十中八九、演技だ。もう立ち直ったというふり。だてに八年もいがみ合っていないから、なんとなく分かるのだ。この男のプライドは呆れるほど高い。
「カールハインツは? 何かやらかしているから好感度も親密度もゼロなんじゃねえの?」
「ちがうって」
「フェリクスは3:1あるんだろ?」
「バルナバスもゼロだし」
「他は?」
「ロッテンブルクさんの息子が合計2だけど、あとはみんなゼロだから」
「テオ? あいつはまだ子供じゃん。攻略対象なのか?」
「そう。それに私と3つしかちがわないんだよ」
それから他の攻略対象の話をして。
忘れてたけど王宮に泥棒が出入りしてる、でも盗難の話は聞かないから自称っぽいとか。ステータスは毎回出るものじゃないらしい、とか。
ゲームのことを一通り話し終わったところで、打ち明けることにした。
「実はさ、カールハインツとの出会いでやらかした」
そう言うと木崎は
「さすが宮本、外さねえ」と楽しそうな声を上げた。
「それは昨日も聞いた」
「で、何をしたんだ」
庭師の作業小屋でゲームシナリオにはない対面をしたこと、気を抜いていたら髪についたゴミを取ってくれてうっかり赤面してしまったこと、きっと恋心がバレて印象を悪くしただろうことを手短に説明した。
絶対に木崎は笑い飛ばす、そう思っていたのにヤツは難しい顔をして首をかしげた。
「俺はあいつに詳しいわけじゃないが」と前置きをしてから「おかしくないか?」とムスタファは言った。「女についたゴミを取るようなタイプじゃない。口で指摘して鏡を見ろと叱ると思う」
確かに。言われてみれば、そのほうがカールハインツらしい。
「お前に興味があるなら分からないでもないが、」
「私に興味あると思う!?」
ムスタファの言葉を遮って思わず食いつくと、知るかよと冷たく突き放された。
「分からないでもないって話。だがメーターはゼロなんだろ? それが正しいなら興味はなし。だけどメーターの判断が狂っている可能性もある」
そうか。ムスタファのハート10コはどう考えてもおかしいのだ。ゲームの判断基準が実際と違うと昨晩考えたばかりだ。それならカールハインツのハートも実際と違うのかもしれない。
「……お前、自分に都合良く考えてるだろう。顔がにやけすぎ」
「好きな人に興味を持ってもらえたら嬉しいじゃない! ああ、彼女をとっかえひっかえするようなヤツには分からないか」
今はしてない、と憤然とした呟きが聞こえた。
「とにかく綾瀬に訊いてみたら。あいつなら通常かどうか分かるだろ」と木崎。
綾瀬か。
「ちょっと難しいかも。私も八つ当たりしちゃった」
「は? いつ? 何をしたんだ」
「秘密」
木崎のことで怒ったなんて口が裂けても言いたくない。
「カールハインツ絡みか」
「そんなところ」
「アホなヤツ」
「あれは仕方ない」
「俺は訊いてやらないからな。自分で訊けよ」
「ケチ」
「仕方ない。俺も今日は不機嫌オーラ出しまくっちまったからな」
「アホなヤツ」
なんとなく木崎の雰囲気が明るくなったような感じがした。気が紛れたのかもしれない。
「そろそろ帰るかな。美味しいワインをごちそうさま」
立ち上がり、ムスタファがいつも持っている袋にタンブラーをしまう。
「さて、覚悟する時間だよ」
右肩をぐるぐる回す。
立ち上がるムスタファ。突然無言で私の右手を掴んだ。
「な、何?」
木崎は答えずに両手でひとの右手を広げている。
「ちょっと、木崎!」
いくら相手の中身が木崎でも、見た目は第一王子のムスタファで、月の王と称えられる美形なのだ。異性に免疫のない私はチョロくときめいてしまう。
「こんな手で殴ったらケガをする」とムスタファ。
そういうヤツの手は見た目に反してガサガサでマメもあるようだった。どれだけ剣の鍛錬をしているのだ。
「ずっ……頭突きにする?」
焦っているせいか声が裏返る。
「いや、キスがいい」
「っ!!」
慌てて手を振りほどくと、ムスタファはおかしそうに声を立てて笑った。
「そんなんでカールハインツを攻略できるのかよ」
「地獄に落ちろ!」
思いっきりムスタファの足を踏む。
「痛ってえ!」
「おやすみ!」
返事を待たずにベンチを離れる。
なんなんだ、なんなんだ。
だから木崎は嫌いだ。
恥ずかしさと腹立たしさでずんずん進み、建物に入ろうとして気がついた。ランプを忘れた。
あれがないと困る。部屋の灯りを兼ねているのだ。だけど取りに戻るのも嫌だ。
どうしようかと迷っていると足音がした。振り返ると、ランプを手にした不審者だった。
「ん」
と、それを差し出される。
「……ありがと」
「……悪かった。情けないとこを見られた八つ当たり。ていうかマウントかな」
「最低。でも木崎がそういうヤツって知ってるし。今さらだね」
じゃあ、と足を建物に向ける。
「……やけ酒に付き合ってくれてありがとな」
背中に掛けられた言葉に驚愕して振り返ると、ムスタファはすでに背を向けて歩きだしていた。




