8・3プライド
散歩の用意をして王女たちの部屋へ行く途中で、バルナバスに出くわした。彼は数人の友人に囲まれていたけど、その中には攻略対象である公爵令息オーギュスト・エルノーの姿もあった。
軽く膝を折って挨拶をして。
そういえばステータスが出ない。
と気がつく。さっきフェリクスと話をしたときもだ。少しばかり腹立たしかったので失念していたけれど、次に攻略対象に会ったらステータスがどうなるかを確認しようと思っていたのだ。
というのも昨晩ムスタファの部屋でヨナスを待っている間に、ステータスを見たいときにはどうすればよいのかとふと気になったので、彼を使ってあれこれ試してみたのだった。
異世界転生ものでよくありそうなセリフを言ってみたり、アレンジを加えたり、あれこれ適当に口にしてみたり。仕草動作も試して、果てはやけになって社歌も歌ってみたけど、ダメだった。
結果、自力では見られないのかもしれないという結論になった。それなら何かのルールに則って出現すると仮定して、そのルールを探そう、もしかしたら出会うたびに出るのかもしれないし、と淡い期待を抱いたのだ。
だけど違うらしい。ステータスが現れる様子はなかった。
「妹たちの散歩か?」
とバルナバスが私たちの手荷物を見て尋ねる。ルーチェがはいと答えると、攻略対象である第二王子はキラキラの笑顔を浮かべた。
「ご苦労。あの子たちに付き添うのは大変だろうがよろしく頼む」
ルーチェはあからさまに表情を明るくして、二言三言バルナバスらと言葉を交わす。私は第二王子も公爵令息も攻略するつもりはないので、彼らの様子を静かに見ていたけれど、取り巻きのひとりが嫌な感じの笑みを浮かべてこちらを見ているのが気になった。
孤児院出身をなじられそうだ、面倒くさい。そう考えて身構えていたけれど、何も言ってはこなかった。
では失礼をとルーチェが言いかけたところに、従者を連れたフェリクスがやって来た。手に剣を持っているから、先ほどからの戻りだろう。
「フェリクス。そんな格好で剣の練習か」とバルナバスが声を掛けた。
「いや、楽しそうだったから少し混ぜてもらっただけだ。裏でムスタファがやっていてな」
フェリクスは私を見てにこりとする。同意を促しているのか、ただの愛想か分からないのでわずかに頭を下げるにとどめる。
「兄上か。最近どうされたのだ」
バルナバスの口調は心配そうだ。
「らしくないな」とオーギュスト。
他の取り巻きたちもうなずく。
「確かに彼らしくはないが、あれは眠れる獅子だったのだな」とフェリクスは楽しそうに言った。
「……上手いのか」とバルナバス。
「気を抜いていると抜かされるぞ」
「まさか」と取り巻きがすかさず反論する。「それにバルナバスは魔力で戦えるのだから、剣など極めなくてよいのだ」
「私はどちらも優秀だ」
フェリクスはそう言ったかと思うと、また私を見た。
「次は魔法の実力を見せてやろう」
「……だそうですよ、ルーチェ先輩」と私は先輩侍女を見る。「良かったですね!」
無理やり話をふられた彼女は、いや、流されたフェリクスも、非常に微妙な顔をしていた。
王子グループの元を離れると、ルーチェは呆れた顔で
「あなたはフェリクス殿下にいつもあんな対応なの?」と訊いてきた。
「そうです」
「隣国の王子よ。失礼すぎるわ」
「だけどロッテンブルクさんに、あれで構わないと許可はいただいてます。あの人はあの塩対応で全然めげないんですよ。絶対にドMですね」
あ、言ってしまった。さっきは飲み込んだのに。まあ、構わないか。
「ド……」とルーチェは言ってから、顔をくしゃりとした。おもいっきり笑ったのだ。「だったらあなたはドSじゃない」
おお。確かに。
「……それは気づきませんでした。だけどあんな対応するのはフェリクス殿下にだけですよ」
「案外似合いなのかしら」
「やめてください! 私はシュヴァルツ隊長がいいんです!」
「あなた、性格と男の好みにズレがあるんじゃない?」
からかうようなルーチェの言葉にギクリとする。私のことをろくに知らない彼女まで木崎と同じことを言うなんて。
いやいや大丈夫。ズレが本当にあったとしても、乗り越えてみせるから。
「そんなことはないですよ」
にこりと反論をするが、ルーチェはそうかしらとおかしそうな顔をするのだった。
◇◇
王女たちの部屋に行くと待っていた侍女が
「なんでマリエットなんかを連れてきたのよ」
と不機嫌に言ったものの、私が重い飲み物セットを持っているのに気づき
「そうね、適材適所だわ」
と機嫌を直した。これからはきっとこの仕事に呼ばれるだろう。
ついでに王女たちにも、お前かあという顔をされたけれど文句は言われなかった。
その代わりに散歩中、やたら私への我が儘と文句が多かったけれど、そんなことでへこたれるメンタルではないので問題はない。
◇◇
「あなたって鋼の精神ね」
散歩が終わりタオルやバスケットやらの片付けをするために、ルーチェと共に庭園から建物に戻る道。
私たちの他にひとはいない。王女たちともうひとりの侍女、護衛の近衛は別のルートで部屋に帰った。
「そうですか」と私。
「そうよ」とルーチェ。「今日の彼女たちはなかなか意地悪だったわよ。なのにあなたは顔色ひとつ、変えないのだもの」
ううん、と考える。確かに我が儘は我が儘なんだけど、13歳なりというか、享年30歳の元社畜からすれば可愛らしいものなのだ。彼女たちの我が儘は、もっと早く飲み物を出せ、言われる前に出せ、この味は今飲みたくない、他のものを走って取ってこい、なんてものばかり。罵倒だって、のろまとか、これだから孤児院出身はとか、ありふれたものだ。
「これじゃ苛め甲斐もない」とルーチェは呟いた。
「孤児院育ちの強みですね。簡単には折れない。市井でだって十分、虐げられていますから。それに私、根性だけは誰にも負けない自信があります」
「……そんな感じね」
そこからお互いに黙ったまま歩いていると、前からレオンが来た。ひとりだ。
「マリエット・ダルレ」と厳しい顔つきで私の名を呼ぶ。
「はい」と足を止めかしこまって答える。
「聞きたいことがあるから、こちらに」とレオン。
ルーチェが心配そうな顔をしながらも手を差し出した。
「バスケットを。片付けておくわ」
善意なのか、近衛への『私は苛めていない』アピールなのか、イケメンへ良いところを見せたいのか、どれだろう。が、どれだっていい。礼を言って一式を渡す。
彼女と別れてレオンの後をついていく。少し進んだところで彼は左右と上方を確認した。そしてやや憤然とした表情になる。
「宮本先輩に言っておきたいことがあります」
用があるのは綾瀬ということらしい。
「なに?」
「木崎先輩は、きちんと剣術を始めてからまだ半年も経っていません」
はあ、と私。
「対してフェリクス殿下は、近衛の僕でも勝てるかどうかという腕前です。持っている基礎が違うんですよ」
レオンのそれなりに整っている顔をまじまじとみつめる。
つまり綾瀬は大好きな木崎先輩が私にバカにされないよう、フォローしに来たということらしい。
「バッカじゃないの」
アホらしくて、つい大きな声が出てしまう。男前レオンの顔がひきつった。
「綾瀬、木崎のプライドをなめすぎ。『剣を始めて半年』『相手は本職級』なんて事実はあいつには関係ない。『年が近い』『立場が同じ』ってことのほうが重要なの。
そんな相手にお遊びで済まされたんだ。木崎にとっては完全な敗北。無様な完敗。それ以外のなんでもないの。
綾瀬がそんなフォローを私にいれたなんてあいつが知ったら、余計に屈辱なんだよ。分からないかな」
レオンの見開いた目が癇に触る。
「木崎のファンなんでしょ。私にフォローをいれる暇があったら、フェリクスの攻略法を考えるとか、木崎の練習メニューを作るとかしなよ。
どうせあいつ、どうやったら勝てる腕前になるかを、必死に考えているでしょ」
綾瀬は一度瞬いたあと、ほうっと息をついた。
「……騎士団長に稽古をつけてもらう手配済み。本格的な筋トレメニューも考えていました」
「でしょう! 綾瀬も付き合ってあげなさいよ」
「……宮本先輩って……」
「何よ」
「ずいぶん理解してますね」
「そりゃ伊達にライバルしてないから」
部は別でも同じ営業でフロアはとなり。いやがおうにも動向は分かるし、負けたくないから気にもなる。あいつのプライドの高さと負けず嫌いくらい、当然の情報だ。
「じゃあ僕はこれで。木崎先輩に変なことを言わないでくれるなら、それでいいんで」
綾瀬はそう言い捨てて去っていった。
変なことは言わない。だけど私が見ていたことを木崎は知っている。だから、知らないふりもしない。
とは言っても、しばらく会うことはないだろう。情けない姿を見られたのだから、向こうから声をかけてくることはないだろうし、私も用なんてないのだから。




