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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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7・3ゲームの判定基準

 第一王子ムスタファに出会うことなく数日が過ぎ、そのせいなのか他の攻略対象にも会わない。仕方ないのでロッテンブルクさんとヨナスを通じて木崎に連絡をとった。


 そうしてゲーム開始からちょうど一週間の深い時間に、ムスタファの私室をこっそりと訪れた。


 ヨナスに招き入れられる。すぐに奥の長椅子にゆったりと腰かけるムスタファと目が合った。

「よお。アレは始まったか?」木崎口調で彼がそう言ったとき。


 ぴこん!と電子音が鳴った。


 ムスタファの顔の隣にウインドウ。頭上に好感度と親密度を示すふたつのバー……。


「っ!!」

 バーを見た瞬間に目を疑い、思わずムスタファに駆け寄り近くからそれを凝視した。


「なにこれっ!!」

「は?」

 木崎のムスタファが立ち上がり振り返る。が、すぐに戸惑いの顔をこちらに向けた。

「……なにもねえじゃん」


 その顔の脇のウインドウには好きな言葉【結果こそ全て!】と書かれてあるが、それどころじゃない。


「どういうことよっ!」

「なんの話だよ」とムスタファ。

 そりゃそうだ。

 仕方ない。


「少し、ふたりで話せるかな?」

 不本意だけど。木崎はヨナスにこの世界がゲームの世界だとは話したくないらしいのだ。

「ヨナス、すまない」

 とムスタファが王子らしい声音で言うと、ヨナスは隣室で読書をしているとさっと部屋を出ていった。


「なんだよ、一体」

 再び椅子に腰かけたムスタファは長い足を見せつけるかのように組んだ。

 一瞬みとれるけれど、中身が木崎だと思うと腹立たしいだけだ。

 ステータスはもう消えている。

「ゲームが始まった」

「良かったじゃん。座れば?」


 どうも、と向かいに座る。卓上にはいつものようにワインやチーズなどが豪勢に置かれていた。


「飲むだろ?」

 と木崎がワインをグラスに注ぐ。


「攻略対象全員と出会いを済ませた。王子ムスタファが最後」

 淡々と説明する私。

「ふうん。対象って何人いるんだ?」

「12」

 多いっ、と笑う王子。差し出されるグラス。

「ありがとう。で、全員、出会いと共にステータスが出たの」

「ステータス?」

「そう。空中に」指をさす。「顔の脇に名前なんかのウインドウ。頭上に好感度と親密度を示すメーター。それぞれ10個のハートで表されるの」


 なるほど、とムスタファはニヤリとした。

「俺のがマイナス一万だったんだな」

「それで驚くはずがないじゃない」

「……そうだな」

 王子の顔が、あれ?というような戸惑い顔になる。


「好感度も親密度も5こずつあるんですけど、どういうことよ!」

「はぁっ!?」

 叫んだ木崎は頭上を振り仰ぐ。

「もう消えてるし」

「おかしいだろっ!」

 叫ぶムスタファは更に戸惑い顔だ。

「私のセリフ! 現在ぶっちぎりのトップ! 何で!」

「知るかよ!」

「フェリクスだって3:1だったのに!」

「え、俺、あの女たらしに勝ってるの?」

「勝ってても喜ぶところじゃないから」

「勝負に勝つのは好きだが、喜んでねえ」


 木崎はワインをごくりと飲んだ。

「どうなってるんだ」

「うん。ちょっと思うんだけど、これ」

 と卓上のワインや果物を見た。

「木崎、というかムスタファ殿下とはもう何度も会っていて、これでしょう?」

「あ? これを親密度高しと判断されたっていうのか?」

「そうとしか思えなくない?」


 木崎はため息をついた。

「だとしてもなんだよ好感度って」

「木崎、私のことを好きになっちゃった?」

「んな訳あるか。俺のタイプは可愛いしたたかな女なの」

「何? その相反する感じは」

「狙った男を落とすために可愛い女に擬態できる計算高いのが、好み」

「……は?」

「間宮見ればわかるだろ?」


 前世で付き合っていたという間宮さん。ふんわりした雰囲気で男性人気は高かった。その反面、女性からは男に媚びていると不人気だった。

 木崎はそれを全部承知で彼女が好きだった、と?


「……好みがひねくれてない?」

「いけねえかよ。お前だって男の趣味は悪いじゃねえか。ちなみに仕事のためなら恋愛なんて後回し、みたいのは女じゃねえと思ってた」

「私のことじゃん!」

「正解」

 ムスタファはまたワインをごくりと飲んだ。

「お前への好感度が高いなんて、ありえない」

「こっちだって気持ち悪い。ほんと、最悪。合わない。理解できない」


 私もワインを口に運んだ。

「美味しい」

「……お前、必ず『美味しい』って言うな」

「そう? 本当に美味しいんだもん」

「ま、チョイスのしがいはある。それが好感度判定に繋がってんのか?」

「分からないよ」

「ルート選択に関係あんの?」


 ハートが合計で10個ないと選べない説明をする。


「カールハインツは今いくつだ?」

「……ゼロ」

「期待を外さないヤツだな」と木崎が笑う。

「最初はそれが普通なの。木崎が異常」

「知るか。ゲームの判定がおかしい」

「……そうかもね」


 手の中のグラスを見る。

 すっかりご馳走になることに馴れてしまったけれど、前世がなければ第一王子と孤児院出身新人侍女見習いの間柄なのだ。ゲームの判定が狂うのも仕方ない気はする。


「でもちゃんとカールハインツの基準は満たせるんだろ?」

「もちろん」

 いきなり出会いで失敗したことは黙っておくのだ。

「頼むから俺とバルナバスしか選びようがない、ってのだけはやめてくれよ」

「当たり前」


 ちょっと考える。


「フェリクスが勝手に好感度を上げていきそうな予感はする」

「いいんじゃん、押さえにしとけば」

「ひどくない?」

「俺の未来がかかってるからな」

「大丈夫。絶対にカールハインツと結婚するって決めてるから」

「喪女の執着に期待しとくわ」

「腹立つ」


 木崎の言い方はムカつくけれど、ヤツもゲームが始まって不安なのかもしれない。


「食べねえの?」

「もらう」

 クラッカーにチーズをのせる。

「だけど念のため、今後は控えようかな」

「何を」

「木崎に会うの。用件は手紙にしよう」

 万が一ムスタファのハートばかりが増えて、他が変わらないなんてことになったら困る。ゲームの判定基準にいまいち不安が生じた以上、対策は必要だろう。


「そう」

「本当はラダー、私も混ぜてほしかったんだけど、しょうがない」

「お前もやりたかったの?」

「そりゃね。娯楽がないじゃない。ま、時間もないけど」


 それな、とムスタファは椅子の背にもたれた。

「せっかく前世仲間も増えたし、何かできねえか考えたんだ」

 ヨナスを入れて四人、と王子。

「テニス。バド」

「いいね。でも道具と場所。あと人目がないことだね」

 だけどやれたら楽しそうだ。

「卓球」と木崎。

「卓球か」


 思わず広い部屋を見回した。卓と椅子をどかせば卓球台は入りそうだ。


「ボールは弾まねえけどコルクで代用。ラケットはスリッパ」

「スリッパ!」思わず吹き出す。「温泉の酔っぱらいか」

「あとはほどよいサイズのダイニングテーブルがあればオーケーなんだよな」


「いいな、やりたい」

「だろ? ま、とりあえず気にしないで来い。カールハインツを攻略できるんだろ? 弱気な宮本なんて気味が悪い」

「弱気なんじゃない、慎重なの」

 木崎の命もかかってるじゃん、と心の中でだけ言う。心配しているなんて思われるのはシャクだから。


「カールハインツの進捗情報も聞きたいしな」

「なんで」

「絶対笑えるだろ?」憎たらしい笑みを浮かべている王子。

「そんなことないし」

「本当か?」

「当然」

「ふうん。なんならアドバイスもできるのに」

「いらない。ゲームをやりこんであるから」

「こっちにはレオンという内通者もいる」

「綾瀬が私に協力してくれるはずがないじゃない。ひとの恋愛で楽しまないでくれる?」


 腹が立ったので、おかわりのワインを勝手にグラスに注ぐ。


「もうゲームの話は終わり。ヨナスさんを呼ぼう。私はこれを飲んだら帰る」


 瓶を置くと立ち上がり、ヨナスが消えた隣室への扉へと向かった。ノックをしてから開けて、声をかける。


 それからひとりで戻り椅子に腰を下ろした。

「区切りがいいところまで読んだら来るって」

「何を読んでいるんだ?」

「知らないよ」

 注いだばかりのグラスを手にとって、口をつける。


「最近、噂になっているよ」と木崎のムスタファに、ゲームでない話を向ける。「剣の練習をしてる、って」

「ああ。前はこっそりやっていたけど、やめた。今は堂々」

「案外上手なんだって?」

「当然。ま、剣を構える筋肉をつけるのに時間がかかったけど」

 王子は左手で右腕を撫でた。

「ムスタファ王子のイメージが変わっちゃう、あ」


 そこで思い出した。先ほど現れたウインドウにあったムスタファの好きな言葉が、多分だけどゲームと違う。


「なんだ?」と木崎。

「さっきステータスが見えると話したでしょう? そこに好きな言葉も書いてあるのだけど、ムスタファ王子のはゲームと違ったんだよね」

「へえ。なんて?」

「【結果こそ全て!】」


 王子はなんとも言えない微妙な表情をした。


「それは木崎だったときの信念だな」

「そうなんだ。たしかに木崎らしいね」

「ゲームではなんて?」

「覚えてないけど、もっと優雅だったのは確か」

「てことは確実にゲームから変質しているんだな」


 王子は軽く息をついた。

「やっぱりお前任せにしておくだけでなくて、魔王化しないように対策を考えるべきだな」

 なんの手がかりもないけど、と付け足したムスタファは、少しばかり不安そうに見えた。


「確証はないけど、きっかけは怒りだろうから平静を保つ訓練とかどう?」

 真面目に提案すると、木崎はぶっと吹き出した。

「俺がそんな聖人みたいな人間になれるとおもうか?」

 そう問う顔にはいつものバカにしたような笑みが浮かんでいて、私はほっとしたのだった。


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