番外編『忙しい王と王妃の休憩時間』
「宮本の案は理想論だ! 現実的じゃない!」
「木崎のプランは乱暴すぎる! 周囲に悪影響を及ぼすことは必至よ!」
さすがにこれは、譲れない――そう思ってキッと相手の顔をにらみつける。
向こうも引かずに、私の顔を睨んでいる。
「まあまあ、ムスタファ様もマリエット様も落ち着いて」
そんな声とともに、私たちの間にヨナスさんが割って入ってきた。
「お前は宮本と俺のどちらのプランがいいと思う。俺のだよな?」
すかさず木崎のムスタファが、ヨナスさんに尋ねる。ならば私も!
「ヨナスさん、私の方ですよね?」
にこり、とするヨナスさん。
「どちらも選びませんよ。あなたがたが余計に争うのは目に見えていますからね」
むぐ、と私は押し黙る。さすがヨナスさん。確かにそうなる未来しか見えない。
木崎のムスタファは……と見ると、彼も悔しそうに口をへの字にしている。
彼がこちらを向いて、視線がばちりとかち合う。
「この頑固者!」
「横暴木崎!」
ムスタファと私、同時に叫び――
そして私はテーブルに手をついて立ち上がると、夫婦共用の私室から出ていった。
◇
「いったいどうしてケンカしたのよ」
私のとなりを歩くルーチェが、不思議そうに尋ねる。
「途中からしか聞いていなくて、経緯がわからないの。ここまでこじれるのって、結婚後初じゃない?」
「そうでしたっけ?」
木崎のムスタファとの口論は日常茶飯事で……と思ったけど、よく考えたら、かつてに比べれば減っているような気がする。
「あとね。いい加減、私に敬語を使うのはやめてよ。あなたは王妃、私は侍女。なのに、おかしいじゃない」
「公式の場では気をつけているんですけどね」
そんなことを話しながら、夫婦共用私室からさほど離れていない自室に入る。
すると険しい表情をしたロッテンブルクさんが仁王立ちしていた。
「マリエット妃殿下。なにやら騒いでいる声がここまで届いておりましたよ。妃としての品格を!」
「すみません」私、素直に謝る。「でもムスタファが強情で」
「同じくらいあなたも強情ではありませんか!」
ロッテンブルクさんの小言に、ルーチェが声を出して笑う。
「ほんと、似た者同士ね。お似合いだわ」
「陛下はマリエット妃殿下を溺愛しているわりには、口論がお好きなのだから」ほう、っとロッテンブルクさんがため息を吐く。「これも愛情の一種なのでしょうね」
「いやいや、待ってください!」
あいつと意見が合わないのは前世の入社以来、ずっとだから! 愛情なんかでは絶対にない。どうしても受け入れがたいところはあるのだ。前世も今も!
そう反論しようとしたものの、それよりも先にロッテンブルクさんの尋問が始まってしまった。
どうしてケンカしたのかを白状させらてしまう。
「それがハロウィンの内容が、全然決まらなくて……」
「「ハロウィン!?」」
ルーチェとロッテンブルクさんがそろって、おかしな顔をする。そんなに驚くことではないと思うのだけど。もう残り一ヵ月を切っている。
「はい。カルラ様に楽しんでいただけそうな案が思いつかないんです」
私がそう言うと、ロッテンブルクさんは額を押さえて、長い長いため息をついた。
「国のトップである国王と王妃が、なにを激しく争っているのかと思ったら、ハロウィンですか」
「大事なことですよ!」
「むろん、カルラ殿下のことを考えれば」大きくうなずくロッテンブルクさん。「だけれど王宮中に、『国王夫妻は不仲!』なんて噂が広まりかねない口論をするほどのことでは、ありませんよね?」
「うっ」
そんなことはありえない、と言い切れないことがつらい。木崎のムスタファと私はおしどり夫婦と思われている。でもその一方で――
「お二人の御子が誕生しないことで、あれこれと憶測が飛んでいるのです。少しは行動に気を付けてください」
ロッテンブルクさんのお小言に、仕方なくうなずく。
私とムスタファの間にはまだ、お子は生まれていない。単純に私がまだ年若いから、ムスタファが気遣ってくれているという理由なのだけど、そんなことを知らない世間はおもしろおかしく噂する。
「実際にふたりの様子を見ていれば、どれだけ陛下がマリエットを大好きで嫉妬深くて面倒な人か、分かりますけどね~」
「ルーチェ! 侍女としての発言ではありませんよ!」すかさず嗜めるロッテンブルクさん。「……まあ、否定する部分は微塵もありませんが」
そ、そうなの? ロッテンブルクさんにまでムスタファは、『嫉妬深くて面倒な人』と思われているの?
……まあ、そのとおりなんだけど。
私も大きく息を吐いた。
そう。どれほど意見が合わなかろうが、ムスタファは私を大好きで、私もムスタファを大好きだ。
口論がこれほどヒートアップするのが久しぶりすぎて、つい部屋を出てきてしまったけれど、ちょっと後悔している。
本当ならふたりで午後のお茶をゆっくり取るはずだった。激務と激務の間の、ほんの短い憩いの時間だ。大切に過ごすために、わざわざ国王執務室から夫婦の私室に戻ってきていた。
それなのに……。
「大人げなかったかな」
ぼそりと呟くと、背後から
「そうだよ、アホ喪女め」との返事が返ってきた。
ムスタファの声で!
振り返ると、不機嫌マックスの顔をしたムスタファが、ぐんぐんと部屋に入ってくるところだった。
「ケンカなんてしているヒマはないんだ」
ムスタファはそう言って、私を抱きしめた。
「マリエットが足りない。なのに貴重な休憩時間に、俺はなにをやっているんだ」
どこか悔しそうな声音で、思わず笑ってしまう。
「無類の負けず嫌いだからじゃない?」
「お前もな!」
ムスタファは腹立たしげに叫んだかと思うと、私の頬にキスをした。
「でもそこが好きなんだから、俺も大概だ」
キスが額に目元にと、なんどとなく繰り返される。
「ちょっと、ムスタファ!」
ルーチェとロッテンブルクさんもいるのに!
ムスタファの木崎の胸を押すと、彼は少しだけ離れて私の顔をのぞきこんだ。にやりと笑う。意地悪そうな顔だ。
「無駄にした時間のぶんを取り返さないとな。――ああ、ロッテンブルクたちは退出しろ。我が最愛の妻はいまだ恥ずかしがり屋だからな」
ふたりが一礼をして、スススッと音もなく部屋を出ていく。でもルーチェさんはにんまりと意味ありげな笑みを浮かべていた!
あれは絶対、あとでからかってくる! そういう顔だ!
ムスタファに抗議しようと、見上げたら。彼は大きなため息をついて私の首筋に顔をうずめた。
「宮本とあれほど口論したの、久しぶりだったな」
「だね」
「ちょっと楽しかった」
「私もそうかも」
顔を上げたムスタファと視線が合う。お互いににっこりと微笑んで――
「でも、譲る気はないから。カルラを楽しませられるのは、俺の案だ」
「だからそれは強引すぎるってば!」
どうやらムスタファはまだ、意見を変える気はないらしい。私もだけどね!
「はぁ。仕方ない」やれやれ、という表情をするムスタファ。「この件は夜に持ち越しだ。今は休憩が最優先」
「賛成」
そうして私たちは時間いっぱい、存分に愛情を確かめあったのだった。
《おしまい》
 




