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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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210/211

番外編『前世と今世のエイプリルフール』 

 《1》前世 


 新年度早々、忙しい。

 ありがたいけど、忙しい。

 必死になってキーボードを叩く。

 この企画書を正午までに仕上げなければいけない。猶予はあと一時間……。


「お疲れ」

 よく知った、そしてこの世で一番嫌いな声と共に、デスクの上にスタババのカフェラテが置かれた。

「やるよ、これ」


 手を止め、声の主を見る。


「マスタードでも入ってるの?」

「入ってねえよ!」と、顔をしかめる木崎。

 私の天敵。銀河系イチ、嫌いな存在。ゴキブリだって木崎よりはマシだ。


「じゃあ、カフェラテに見せかけたイヤガラセおもちゃだ。手に取ると中身が飛び出るとか」

「んなもん、どこに売ってるんだ。あるなら買いに行く」


 真面目な顔でそう言うと、

「ほら、おまけ」と木崎はチョコを付け足した。

「気味が悪いんだけど」

「餞別だよ。好敵手……になるには一歩及ばなかった、残念な同期にな」

「餞別?」


 聞き返すと、木崎はうなずいた。

「月末で退職すんの。引き継ぎはまだ半ばだけど」

「はあ!? 聞いてない!」

「隠してたからな」


 嘘でしょ、と思いながら第一営業部を見る。藤野と目が合った。うなずかれる。


「……転職?」と木崎に訊く。

「そ。来週から有給消化だから。感謝の花束用意しとけよ。デカいのな」

「……『退職してくれて、ありがとう』ってメッセージならあげるよ」

「なんでだよ、『頼もしい木崎くんがいなくなって不安です』だろ?」

「図々しい」


 いつものような、会話。

 だけどやけに胸はざわついている。

 だって。

 木崎はずっと私のライバルなのだと思っていた。転職組はそれなりにいるけれど、彼がいなくなる可能性を考えたことは、なぜかなかった。


 そうか。

 木崎がいなくなるのか。

 嬉しいね……。


 カフェラテを手に取る。

「じゃ、これは遠慮なくもらおうかな」

 一口飲んでみると、本当にふつうのカフェラテだった。

 ほっとしていいのか、肩透かしを食ったのか、自分でもよくわからない。

 パソコンの画面に視線を移す。


「転職先は同業?」

「まあね」

「コンペであったら、叩きのめしてあげるよ」

 木崎がふはっと笑う。

「やれるもんなら、やってみろ」

「ちゃんと私と渡り合えるところまで登りつめてよ、元エース」

「まだ元じゃねえよ」


『じゃあな』と木崎が去っていく。

 ああは言ったけど、木崎ならどんな会社でもすぐに頭角を現すだろう。

 見えないところに行かれて、気づいたら遅れをとっていただなんてことになったら、たまらない。


 ひとつひとつの仕事に、もっと気合をいれないと。

 まずは、この企画書だ。


 ◇◇


 企画書の最終確認をして時計を見ると、正午の五分前だった。

 よかった。間に合った。

 伸びをしたついでに、第一営業部が目に入る。

 藤野もちょうどなにかの区切りがついたのか、首をぐるりと回していた。すぐに目が合う。

 立ち上がると、彼の元に向かった。


「藤野、幹事?」

「なんの?」と聞き返す藤野。

「木崎の。追い出し会」

 藤野は数秒置いてから、パッと顔を明るくした。

「ああ! 追い出し会っていいネーミングだな。それで集合をかけるか」

「手伝うよ。藤野も仕事のしわ寄せが来てるでしょ」


 第一営業部に新しい人員は来ていないし、木崎は多数の仕事を抱えているはずだ。

 なんで増員しなかったのかは不思議だけど……


「そうしてくれると助かるよ」爽やかに笑って、藤野は今、電話を終えたばかりの木崎に向かって、「お前の追い出し会開催が決定したぞ」と告げた。

「なんの話だよ」と不機嫌な顔で木崎が私たちを睨む。

「送別会ならぬ追い出し会」と藤野。「時計を見ろ」


 時計?

 なんで?

 思わず私も見る。正午2分前。


「午前中に終わらせるのがルールだぞ」と藤野。「午後にもちこすなら、決定事項だ」

「ああ、そっか。忘れてたわ」と木崎は言うと、席を立ちこっちへ来た。私を見てにやりとする。「エイプリルフール」

「エイプリルフール……?」


 ちょっとだけ考えて、今日が四月一日だと思い出した。


「騙したの!?」

「まんまと引っかかってやんの」

 木崎がおかしそうに笑う。

「ごめんな、宮本」と藤野。「まさか信じてるとは思わなかった。こっちを見たのは『エイプリルフールだよね』って確認かと思ったんだ」

「じゃあ退職は?」

「しねえよ」と嬉しそうな木崎。「ほっとしたか?」

「するか! 私の喜びを返せ!」

「宮本が単純すぎるのが悪いんだろ。悔しかったら騙し返してみろよ」


 ニタニタしている木崎の鼻先に指をつきつける。


「来年の四月一日。見ていなさいよ!」

「どうせ俺には勝てないって」


 なんなんだ、その余裕は。

 ひとを騙しておいて、偉そうだし。

 ああ、腹が立つ!

 絶対に木崎をぎゃふんと言わせてやるんだから――



 《2》今世



「――ということがあったんだよね」

 若干の懐かしさと多大なる悔しさを感じながら、語り終えた。


「それで僕にどうしろと?」綾瀬のレオンが眉を寄せる。「あなたとふたりきりで話していたことが木崎先輩にバレたら、クビにされかねないんですけど」

「仕返しの案が浮かばないの」


 前世で啖呵を切ったはいいものの、翌年のエイプリルフールは迎えられなかった。そして現在。明日は四月一日だ。


「木崎はちょとやそっとでは騙されないでしょ?」

「まあ、それは。効果が大きいのは離婚話でしょうけど、これはあとが怖そうだ」

 レオンの言葉に大きくうなずく。それに冗談でも言いたくない気持ちもある。


「やっぱり、アレ一択ですね」

「もう思いついたの! さすが木崎の弟分!」

「褒めてもムダですよ。僕はさっさとこの状況を終わりにしたいだけです」


 そして綾瀬のレオンは、対木崎用の嘘を説明し始めた。


 ◇◇


 緊張して長椅子に腰掛けていると、顔を強張らせた木崎のムスタファが入ってきた。

 となりに座っていたルーチェが慌てて立ち上がる。


「マリエットが記憶喪失とは、本当か!」

「はい。転んだ拍子に頭をお打ちになったようで――」


 ルーチェが説明するのを遮って、ムスタファが私のとなりに腰掛けて手を握りしめた。

「俺がわからないのか?」

 真剣な顔と声。どうしても騙したくて、綾瀬の提案に乗ってしまったけれど、早くも後悔。心配させるのは、よくなかった。


 謝ろうとしたとき、ムスタファは

「普段どおりにすれば思い出すだろう」と言うが早いか、私を膝の上に座らせた。

「ほら、甘えてくれ」

「はい!?」

「マリエットは俺の好きなところをひとつひとつ上げながら、可愛くキスをおねだりするんだ。やってみたらきっと思い出すぞ」


「わ、私は失礼しますね!」

 ルーチェが慌てて部屋を出ていく。ムスタファと共に来た護衛の近衛兵たちも、

「廊下で待機しております」と続いてしまった。


 ふたりきりになった部屋に、ムスタファのくっくっという笑い声が響く。


「宮本に俺が騙されるはずがないじゃん!」

「気づいていたの!」

「だって四月一日だからな。絶対に仕掛けてくると思った。あ、王妃と密会したレオン・トイファーには、三日間の謹慎と減給一ヶ月の処分をくだしたから」

「嘘でしょ!」

「エイプリルフール」


 木崎のムスタファはそう言って、また笑った。

 く、悔しい!


 ため息をつくと、立ち上がった。

「ちょっと修行してくる」

「なんのだよ」

「木崎を打ち負かす修行」

「どこで」と笑っているムスタファ。

「カルラ。彼女はいつもムスタファに勝っているでしょ。一週間くらい、お籠りしてくるね。あ、公務はちゃんとやるから安心して」


「は? ふざけんな」ムスタファが不機嫌な顔で立ち上がる。「卑怯な仕返しだぞ」

「そんなつもりじゃないよ。ムスタファに勝てるのってカルラとフェリクスかなと思ったから。フェリクスのところにお籠りはできないでしょ?」


 無言で抱き寄せられた。

 耳元で、

「諦めろ。お前には俺を騙せない」と囁かれる。

 ムッとして言い返そうとしたとき――。

「何年の付き合いだと思ってる。単純な宮本と違って俺は、お前の行動パターンくらいわかるんだよ」


 それって。

「私をものすごく理解していないと、できないんじゃない?」

「理解しているが?」

「前世から?」

「……優秀なんで」


 体を離し、ムスタファを見る。彼の頬はほんのり赤く、目はよそを見ている。

 ムスタファにもたれかかり、私も視線を外す。

「そういうことにしてあげよう」

「どうして上から目線なんだよ」


 うぅん。なんだか気持ちがもぞもぞするから?


 ふたたびムスタファを見た。今度は目が合う。

「キス、してほしいかな」

 ムスタファが首をかしげて近づいてきたのを、全力で避ける。


「汚いぞ!」と怒るムスタファ。

「エイプリルフールだもん」と答える私。


 それから素早く、キスをした。

「まだまだ私への理解が甘いね」




 キレたムスタファがその後どうなるか、私はまったくわかっていなかった。

 理解が足りないのは自分のほうだった……。 


 ま、いいか。

 エイプリルフールのリベンジする機会は、まだまだたくさんあるだろうから。


 《おしまい》


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