6・2推しの接近
カールハインツ・シュヴァルツ。男子はみな近衛に入隊する仕来たりの軍人家系で、代々の当主は近衛総隊長を任官されるのが当たり前。カールハインツ本人も若くして部隊をひとつ任されているエリートで、己にも他人にも厳しい氷の黒騎士。
異性に対してもそれは変わらず、ヒロインに永久凍土並みの氷対応、眼差しも不審者に与えるブリザード並みに冷たく攻撃的というキャラだ。
だけど精神も肉体も圧倒的に強靭で、どんな敵からも完全に守ってくれる。
ゆっくり時間をかけて親密度をあげれば、氷が溶けるかのように少しずつ距離が縮まって照れが見られるようになり、最後は甘々のデレデレでヒロインに骨抜きになる。
カールハインツはそんな攻略対象なのだ。
ところが。
まだゲームが始まっていないというのに、あちらから私に接近してくる。
と言っても、目付きはブリザードだけど。
私を見かけると必ずそばにやって来て、
「変わりないか」と尋ねるのだ。
私を心配しているというより、不審者が悪事をしていないかの確認に見える。だけど一度、
「カエルなどはされてないのか」
と訊かれたから、やはり心配しての声掛けなのかもしれない。よく分からない。
もしかしたら、まだムスタファが私を気に入っていると誤解していての配慮なのかなとも思うけど、意図が分からない。気に入られているとも思えない。
それに私は彼の前ではまだ猫をかぶって淑やかキャラでいるから、質問に答える以外の会話をしていない。心配される要素も興味を持ってもらえる要素もまったくないのだ。不思議すぎる。
◇◇
ひとりで庭の小路を進む。パウリーネの遣いで、彼女が明日、部屋に飾りたい花が書かれたメモを庭師の元へ持っていくのだ。彼女は花好きなだけあって、時々こういうことがある。
ちなみに朝の花の受け取りをひとりでするのは、一度しかしていない。初回に第一王子に絡まれたものだから、ロッテンブルクさんが用心して他の見習いを担当にすえたのだ。
こういうシチュエーションはゲームだと、攻略対象に出くわすか意地悪をされるかだよねと思っていると。
「捕まえた」
と背後から突然肘をとられた。
ひっ、と叫んで見れば、私の腕にするりと自分のそれを絡ませたのはチャラ王子だった。
「ひとりで庭を歩くのが見えたから、追いかけてきた。健気な私のために、少しは共に散歩を」
にこりとする王子。
「セクハラです」
「セ……? なんだそれは」
「セクシャルハラスメント。しかも王子の地位を利用して立場の弱い私に無理強い。最低です」
「無理強いではない。頼んでいる」
「どこがですか」
まあまあと言ってチャラ王子は
「息抜きも必要だろう?」
などとほざく。
「ストレスでしかありません」
「どうしてだ。これ程の素晴らしい男に口説かれているのに」
「自分を素晴らしいと自惚れる人に興味はありません」
「なるほど、謙虚なタイプが好みか。では君好みの男になろう――とは言わぬ。それは私ではないからな」
ドキリとした。
私はカールハインツの前で彼好みの娘のふりをしている。それを指摘されたのかと思った。
だけどフェリクスに深い意図はなさそうだった。
一瞬でも引け目というか後ろめたさのようなものを感じたせいなのか、なんとはなしに腕を振りほどけずに、彼の話を聞きながら歩く。話題は意外にもまともで、なぜ留学をしているかについてだった。
先々代の国王(フェリクスの国では先代国王)の頃に、両国間の友好と連帯強化を目的に交換留学が始まったのだそうだ。我が国からあちらにはフーラウムの従兄が留学をしている。
そしてフェリクスが留学生に選ばれたのは、王子たちの中で最も優秀だからだそうだ。アホそうに見えて (失礼!)修めた勉学は全てその道の専門家レベルで、剣術は護衛いらずの腕前、魔法は上級魔術師に相当。しかも人付き合いも得意。
自画自賛にもほどがある、と思ったけれどあながち嘘ではないのかもしれない。ゲームでチャラいキャラではあったけれどおバカキャラではなかった。それに程度の低い人物を留学させたら、バカにしていると捉えかねない。
「ほら。私に興味が湧いただろう?」
「少しは。今のところはその素晴らしさの片鱗も見せていただいてないので」
「また手厳しい」
嬉しそうに言うフェリクス。やはりドエ……。
と脇道に気配があると思ったと同時に、人が目の前に現れた。
なんと、カールハインツだった!
ラッキーと思ったのも束の間、ブリザードの眼差しが更に威力を増した。
「お前はフェリクス殿下も惑わしているのか?」
そのセリフにチャラ王子と腕を組んだままだったことを思い出した。
「違うのです、これはっ」
「おや、悔しいのか?」
私が言い終える前にフェリクスが訊いた。「堅物隊長は女性と腕組みなどしたことがなさそうだ」
いや、いやいやいや! チャラ王子はなぜ煽るようなセリフを吐くのかな。ゲームでだってそんなのはなかったよ。
「行きましょう。デートの邪魔をしては悪いですから」
と声がしたと思ったら、カールハインツの半歩後ろにレオンがいた。軽蔑の目でこちらを見ている。
違うと言って腕を振り払おうとしたら、それより先にフェリクスが離してくれた。
「そうだったらよいのだが違う。マリエットはガードが固いのだ。ようやく捕まえたところだったのに、残念。それからシュヴァルツ。彼女は私を惑わせてなどいない。これから私が彼女を惑わす予定なのだ」
カールハインツは興味のなさそうな表情で、そうですかと答える。
「仕方ない」とフェリクス。「では三人で彼女を護衛しよう」
意外な単語にチャラ王子の顔を見る。
「こんな人気のない庭にひとりだなんて、苛めてくれと言わんばかりのシチュエーションだ。男が三人いれば、仕事をさぼって密会だなんて誤解もされにくいだろう」
「もしや私を心配して同行しようとなさったのですか?」
チャラ王子の振る舞いとは思えないけど。
「そう」笑みを浮かべるフェリクス。「案外私も良いところがあるだろう?」
「腕組みは必要ない、というか余計ですよね?」
「それは私への褒美だ」
「苛めはされていないのではなかったのか?」
カールハインツが割って入ってきた。
「酷いものは」と答えたのはフェリクスだった。「彼女が『たいしたことはない』と判断しているレベルならば日常茶飯事だ」
レオンが目を見張っている。これは木崎に話さないように口止めをしないとまずいぞ。
というかフェリクスもよく知っているものだ。チャラいだけでなく目端も利くらしい。
「気になるのか?」
フェリクスが再び煽り口調になる。
「城内の風紀の乱れは正さねばなりません」
キリッとキメ顔のカールハインツ。
なんだ、私に頻繁に声をかけていたのはそのためだったのか。拍子抜けだ。
ま、当然か。
「本当にそれだけか?」とにやつくチャラ王子。
「他にどんな理由があるというのです」と堅物隊長。
「まあよいさ。彼女の左側を君に譲ろう」
「私は仕事があります」と言ったカールハインツは部下を見た。「レオン、彼女に付き添いを。道中で苛めについて聴取」
レオンが踵を合わせて背筋を伸ばす。
「侍女見習いに付き添い、かつ聴取。承知しました」
隊長はひとつうなずいて、他国の王子に丁寧に挨拶をし、最後に私をじろりと一瞥してから去って行った。
「どちらまで行くのですか」とレオンがフェリクスに尋ねる。
「どこだ?」とチャラ王子は私に訊く。
レオンが知らないんかいとツッコミしたそうな表情になる。が、さすがに口には出さない。
カールハインツの意図が分かってすっきりした。どのような理由だとしても、気に掛けてもらえるのは嬉しい。ここから徐々に距離を詰めればよいのだ。
それにしても。
美しい庭園の小路で王子とイケメン騎士 (ただしモブ)に挟まれて、これはヒロインぽいなあと他人事のように考えてしまったのだった。




